十三話:SF兵器なんてこんなもの
十分程歩くと、石柱が立ち並ぶ広間へと出る事が出来た。その姿はまるで巨大な神殿のようで自分達が随分と小さくなったように感じた。
「ほう、首都圏外殻放水路の調圧水槽っぽいな」
唖然とその神殿のような趣を眺めている陽子が、サイハテを見る。
「埼玉県春日部市にある世界最大の放水路だ。それに似ているだけで別物だがな。ここは」
陽子はとにかく頷く事しか出来ない、漆黒の闇に閉ざされた神殿の中で四人が持つ小さな光源だけがゆらゆらと揺れている。
「けんちくとちゅーで、ほーきされた」
レアの説明に、サイハテが頷く。
「だろうな。奥の方は岩壁が剥き出しだからな」
そう言って、随分遠くに見える岩壁を照らす。
「ここがそうなのか?」
「そー、あっちにたくさんのこんてな、ならんでる」
レアが照らす方を見つめると、確かに沢山のコンテナが並んでいるのが見えた。しかし、随分と暗い。
「あんなに沢山、持って帰れないわよ」
その量を見て陽子が呟く。たしかに、あのコンテナは一つたりとも運搬は出来ないだろう、だが、こちらには背嚢と言う物がある。
「……とりあえず電力を復旧させよう。レア、わかるか?」
レアは懐中電灯で配線を照らし、それを辿っている。しばらく無言の時間が続いて、ある一点で光が止まる。
「あそこ」
距離は意外と近い、指された場所には光を放たなくなった壊れたコンソールが一台鎮座しているだけだ。
「……動かすのは無理か」
普通に考えれば、壊れた機械は修理しないと動かないに決まっている。しかし、レアはそれを侮りと受け取ったのか。
「うごかせる」
といつもの表情で抗議の視線を向けていた。どうも、表情筋も動かないようだ。
「はるか、きて」
背後で控えていたメイド型戦闘ロボットを引き連れてコンソールへ向かっていく、果たしてハルカが何かの役に立つのだろうかと、サイハテはその姿を見送った。
「でんりょくがあればいい、それなら、できる」
ハルカの腕から配線を伸ばし、剥き出しの送電線へと繋いでいく。
「ちょーせいは、はるかにまかせる」
「了解しましたクリエイター。アイアンリアクターから電力を絞って送電致します」
ハルカの体に一瞬だけ紫電が走り、奥から段々に灯りが着いて行く。
漆黒の神殿が人工的な灯りに照らされて、その全容を露わにする。錆びた薬莢と黒く汚れた白骨死体とミイラのような死体が転がる死者の根城、そう表現するのが一番いいのだろう。
ミイラはグール、白骨死体は人間だった物だろう。
床一面に人間が撒き散らしたのか、それともグールが撒き散らしたのか解らない黒いシミが飛び散っている。
「激しい戦闘の後があるな、随分、ここの人間は頑張ったらしい」
壁に残った弾痕や転がっているミイラを見て、サイハテはそう呟く。
「あの崩落した所、入り口だったのかしら?」
灯りがあればこっちのもの、と元気になった陽子も現場の検分に参加し出した。
「ああ、敵の侵攻を防ぎきれなくて高性能爆薬でここを閉鎖したのだろう。だが、先にショッピングモールが陥落していたのだろうな。退路が無く自決するしかなかった……と見える」
決死の防衛戦だったに違いないと、サイハテは散っていった米国人達に向かって黙祷をした。
故郷でもないだろうに、銃後に家族でも居たのだろう。彼らは家族の為に戦い続けた、それは犯罪者達がとった行動とは言え、敬意を示すべきものだ。
「……どうしたの?」
唐突に押し黙ったサイハテに、陽子が尋ねる。
何をしているのかと、それは単純な疑問だった。
「自己満足だ」
それに対して、同じように単純に答えるが陽子の表情はまるで狐につままれたようだ。
思わず笑う。
「大した事はしていない。さぁ、武器と弾薬を集めるぞ。使えそうな物は片っ端から拾うといい」
そんな言葉に、陽子は考える事を諦めたようだ。サイハテは気まぐれ故、話す事と話さない事がある、後者はいくら聞いても無駄になる。
話さないと決めたらとことん何も言わない、この誤魔化すような言い分は後者のそれだ。
「んー……武器と弾薬ね。弾薬盒に詰められるだけ詰めるわ」
「随分古臭い物言いをするんだな……弾薬ポーチでいいだろう」
弾薬盒とは旧日本軍で使っていた弾薬ポーチのようなものである、革製布製ゴム製といろんなものがあった様だ。
ちなみにサイハテ達が使用しているのはデニム生地の弾薬ポーチだ。サイハテが夜なべしつつ昼寝して縫った一品である。
適当なコンテナに近寄り、扉を開けると保護ガスが噴き出してくる。
「……ふむ」
バズーカ砲のような見た目と、光学照準器の着いた筒。恐らくカール・グスタフ系列の無反動砲らしきものが雑多に並べられており、その奥にはそれ用の弾薬が詰まった箱が並べられている。
無反動砲と言うのはライフルと違って、安全装置を解除して薬室に弾を込め、引き金を引けば弾が出るなんて簡単な物ではなく、閉所では安全面の問題から撃てないし、そうそう多用する状況がある訳でもない。
サイハテはゆっくりと扉を閉める。
「現在のMBTには無力だしな」
装甲車を撃滅する能力位ならあるのである。
そして、歩兵を撃滅するなら手榴弾で十分だ。
気を取り直して、違うコンテナの扉を開けると、そこには見覚えのないライフルがズラリと並んでいた。
「なんじゃこりゃ、玩具か?」
そのライフルを手に取って見て見るとこれまたどうも、玩具みたいな恰好だった。
マガジンを入れる場所もなく、更には銃身内に銃口も空いておらず、よくわからないガラスが張ってあるだけだ。
サイハテの声を聞きつけたのか、小銃弾の入った弾薬箱を抱えた陽子がこちらに近寄ってきている。
「あら、イオンライフルじゃない」
イオンライフル、日本語に訳すと電子小銃だろうか。
「なんだ、その……イオンライフルと言うのは?」
「知らないの? 私の時代だと配備がようやく始まった米軍の最新装備だったんだけど」
それだったらサイハテの時代には無いのが当たり前だ。
「俺の時代にそんなSFじみた武器はない、全て硝煙の匂いがする物だ」
火薬で空を飛んでいくか、ヒドラジンで飛んでいく金属のものばかりだ。間違っても電子なんて不安定な物を飛ばす武器はない。
「ドローン兵器が増えてきたからね、歩兵がそう言った機械と戦えるようにって作られた物らしいわよ、バズーカの弾を山ほど担いで歩くなんて不可能だしね。生き物相手に効果は微妙らしいけど」
機械が壊れる程度の電子は照射出来るようだが、それは距離と共に減衰しないのだろうか。
「射程距離は?」
「……さぁ? 短いんじゃない?」
サイハテは持っていたライフルを元のコンテナに戻して大人しく扉を閉めた。キャッチアンドリリースの精神だ、自然環境は大事にしないといけない。
「もう少しまともな武器はないのか……」
サイハテの呟きに、陽子が苦笑した。
「終末を想定した装備なんてある訳ないでしょ」
御尤もだ。




