十一話:排水
発電機からコンセントを引っ張り、排水用の機械へと繋いでいるレアを、サイハテはジッと見ていた。
齢十歳の天才科学者と彼女は言っていた、見た目は小さな白人の少女。しかし、頭の中身は一つの時代を築く事が出来る傑物だ、そんな少女がこんな薄暗い場所で廃棄品の様な機械を必死に組み上げている。
こんな所で浪費していい才能ではない、しかし、今は彼女に頼らざるを得ない……この時代の機械は、サイハテが死んでから大きな転換期を迎えたらしく、基礎からしてサイハテが知っているソレではない。
(小さいよな)
白衣を腐った機械油で汚し、手持ちの工具を駆使してレアは機械を組み上げていく、この場面だけ見れば、レアの方がサイハテよりよっぽど立派だ。
だが、彼女の背中はあまりにも小さい。
(宿命を背負うには、幼すぎる)
人類種の復権、それがレアに与えられた宿命だ。
この時勢では、いつか人類は地球上から消えて無くなる、それは間違っていない。人類は……いや、普通の生物は環境が激変してしまえば、歴史から消え去る事しか出来ないのだ。
人類が未だ生き残っていられるのは文明の残り滓を浪費しているからであり、その残り滓が無くなってしまえば、結果は火を見るよりも明らかだ。
サイハテの宿命が正しいように、レアの宿命も正しい。
出来る人間がやらなくてはならない事なのだから。
だが、だが……。
(あまりにも残酷過ぎる)
サイハテは後戻りなんて出来やしない、もう存分にやらかしてしまったし、元より、その体は戦う事に最適化されてしまっている。他の生き方なんて出来やしない。
西條疾風は戦争無しでは生きられない。
だから、戦場の風に消えるのが一番いい。戦争に生きたのだから、戦争で死ぬ事しか出来ない。
「さいじょー」
考え込んでいると、レアが袖口を引っ張った。
「でけた」
彼女が指差す先には無理くり繋いだ発電機達に囲まれた錆びた排水システムが鎮座している。
「……よくやった。起動してくれ」
表情には出していない、だが、思わず言葉が詰まる。
褒めて良かったのだろうか、そんな疑念が頭をよぎったからだ。
「さいじょー」
人の気を知ってか知らないでか、レアは袖口を再び引っ張る。いつもの仏頂面、とても幼子に向ける表情ではないものを向けてやると、レアは自分の頭頂部を見せつけてきた。
ウェーブのかかった、黄金色の髪が見える。
彼女は頭を見せて何がしたいのだろうか。
「もっとほめて」
レアの言葉に、サイハテは唸る。
彼女が目的を話した日から、どうにも距離が近い。ワンダラータウンの廃屋に居る時は大抵、サイハテの膝に乗っているし、時折子猫が甘えるように頬を擦りつけてくる。
「………………」
父性に飢えているのだろうか、年齢を鑑みても別段おかしなことではない。
レアの頭に右手を置くと、乱暴に掻き毟ってやる。
「きゃあ」
楽しい悲鳴か、嫌な悲鳴か判別し難い声をあげるレア。
「悪いな、子供の褒め方なんて俺は知らないんだ。これでいいのか?」
虚しい事なぞ言いたくはないが、事実故に仕方ない。
「これでいい、これが、いい」
「そうか」
とだけ返事をして手を離すと、レアは切なそうな表情を見せてきた。
「もーちょっと」
「……ダメだ、早く起動してくれ」
父性を求める気持ちも解らない訳ではないが、危険地帯に長居する訳にもいかない。
「……わかった、さいじょー、けち」
唇を尖らせて、レアは機械の起動準備に入る。
そう、しばらく待つと機械は水を吸い上げ始める……ちょっとした疑問なのだが吸い上げた水はどこに向かうのだろうか。
「下水に向かって下水が詰まっていた。なんてオチはないよな」
「それはない、うみにみずをながす、せんもんのぱいぷがひかれてる」
結局、詰まったらアウトと言う事らしい。
ボーっと駆動する機械を見つめていると、再びレアが袖口を引いた。
「そろそろ、みずがひいたはず。いく」
レアの物言いに首を傾げつつ、ホールに戻ると水がきれいさっぱり引いていた。
駆動して数分、プール数十杯分の水を引かせることのできる機械に、サイハテは眩暈を覚えた。
一体全体、人類の技術は何がどうなってこうなってしまったのだろうか。
サイハテは無線機を起動する。
「陽子、水が引いた。一階を通って、こっちに来てくれ……無茶はしないようにな」
『あんたじゃないんだから、無茶なんてしないわよ』
通信先の陽子は随分と機嫌が悪いようだった。
「……さいじょー、また、なんかした?」
眉尻を下げて通信機を見つめているサイハテに、レアが声をかける。
「いいや、今度の今度こそ、俺は何もしていない……と、思う。先程の事を根にもたれていなければ」
随分と頼りない言い草だ。
レアの呆れたような視線と、自分への頼りなさから涙が出そうなサイハテであった。
かわいいロリだよ!
父性を求めてるよ!
だが毒婦だ。




