九話:あいつの目的は
「むう~……」
陽子は屋上で不機嫌そうな表情を隠そうともせず、右足で地面を叩いていた。
傍らには荷物を積み終わったハルカが陽子を興味深そうに見つめている、安全地帯におり、自身に危険がないと言うのに何が不満なのだろうかと考察しているのだ。
「陽子さま、一体何がそんなに不満なのデショウカ? 生理デスカ?」
キョトンとした表情で、とんでもない事を聞いてくるハルカに、思わず舌打ちしてしまう。
「サイハテの真似なんてしちゃダメよ。私はイライラしてるだけ」
少女の返答に、機械は思案する。
「陽子さまはてっきり、西条さまにああ言った事をされて喜んでおらレルカト、お思いデシタガ……違うのデスカ?」
その遠慮もTPOも、はたまた一般常識もない物言いに対応し、意思の強そうな瞳がハルカを貫く。
眉間に皺を寄せた、凄く不機嫌そうな視線だ。
「だとしたら私もとんでもない変態ね」
そう言って鼻を鳴らした陽子に向かって、ハルカは合点が言ったように相槌を打った。
「ああ、陽子さまも西条さまと同じ穴兄妹と言う訳ですね」
思わず、がっくりと肩を落としてしまう。
言葉も誤用しているし、そもそも陽子は変態じゃない。至ってまともだ。
「それを言うなら同じ穴の貉よ。そして私は喜んでないし、そもそも女を抱く趣味も無ければ、セクハラをする趣味もないわ。恋愛するなら、殿方がいいわよ」
目頭を押さえての反論に、ハルカは思わず。
(そう言う所が西条さまに似てきているような気がするのデスガ。でもアタシはそんな事いいマセン。あたし、良い子デス)
と電脳内で処理した。
「はぁ、デシタラ。陽子さまは何に対し、不安になっておらレルのデスカ?」
小首を傾げながら、幼子のような表情を浮かべて、本当に解らないとアピールしている。
「……あんたねぇ、さっきから銃声が何回も階下から聞こえてくるじゃないの。と言う事はサイハテが戦ってんのよ? 不安にもなるでしょうが」
額に青筋を浮かべながら自分の足元を指差す陽子に、ハルカは殊更解らないと言うように、更に首を傾げるのだった。
「不安デスカ? それは一体、なんの不安デスカ? 貴女の安全デショウカ?」
恍けたような反応に、強い口調での反論になる。
「サイハテよ! サイハテが心配なの!」
いい加減にしなさいよ、とでも言いたげな口調であったが、それがハルカには殊更疑問を深くさせる。エラーが出そうな位にだ。
「陽子さま、西条さまの何が不安なのデスカ? 流石に、マネキン相手に何かをする程、性癖を傾倒させてないと思うのデスガ……」
「……余計な心配事が増えたじゃないの」
流石にサイハテでも人形相手に欲情する趣味はないと思われる。
「では、何が不安なのデスカ?」
「……あんたに言ってもわからないと思うわ」
陽子はそう言うなり、膝を抱えて座り込んでしまう。視線は海に向けて、今度は苛立ちを見せないよう、器用にイラついている。
「聞かせてくだサイ。後学の為ニモ」
だが、ハルカはそうそう引き下がったりしない。話しかけるなオーラを出している陽子にもガンガン話しかけてしまう、何しろ空気を読むなんて日本人にしか通用しなさそうな機能は搭載してないからだ。
ちらりとハルカを見て、また海を見て、諦めたように陽子は語り出した。
「私とサイハテは文字通り、生きてきた世界が違ってきた」
「西条さまと同じように生きてきた人間なんて、そうそういマセンヨ」
「それはそうよ。あれだけ苛烈な人生を送ってきた人間はいないわ。フィクションの世界でも、そう多くはないと思う」
そこまで言うと、足元の小石を拾って海に投げつけた。水面に小さな波紋が産まれ、それはあっと言う間に他の波にぶつかって見えなくなってしまう。
「サイハテはね、自分の意思で戦ってきたの。日本の為とか、国民の為とか言ってたけど、あれは理由の一つじゃなくて本心じゃない。私は、サイハテが戦うしか出来なかったんだって思ってる。例え、間違ってたとしても、私はこれが正解だと思い続ける」
大体正解ではあるが、ハルカにまた新たな疑問が浮かび上がる。
「間違ってないと思いマスヨ。デスガ、どうやってその答えを導き出したのデスカ? 西條さまは本心を見せない方デスヨ」
そもそもサイハテと言う人間は性癖を隠さず、本心を隠すタイプの人間だ、プロ故にそこから気持ちを察するなど不可能に近い。
「……笑わないで聞いてくれる?」
「……ええ、聞かせていただきマス」
「夢で見たのよ」
「はぁ……」
「……本当だからね」
ハルカはこの事をレアへの報告案件にするつもりだ、疑ってなどいない。夢で見たと言う割には、語った内容が的確過ぎる。
「でもね、私、サイハテを見た時、あいつが戦いの為に生きたと知った時……いいえ、今までずっと、怖いと思った事無いのよ。今の今まで、一度もね」
怖いと思った事が無い、それがなんなのだろうか。
「……口は悪いけど、別にサイハテを貶めてるとか、嫌悪してる訳じゃないからね? サイハテって言うなれば人殺しじゃないの。それも仕事の為に殺す必要と殺さない必要を分けるプロフェッショナル」
それがジークと呼ばれた男、西条疾風の過去だ。
「でも、知った今も、知らない昔も……サイハテは怖くないのよ。私、そう言った道のプロはお父さん以外みんな怖かったのに」
陽子の父は空自に勤めていた、三十八歳の一等空佐だった。昔は父が連れて来た同僚や後輩のパイロット達は凄く怖かった記憶がある、あれは恐らく、覚悟の座った男が怖かったのだろう。
自衛隊は警察の特殊部隊だ、法律上はそうなっていても、彼らは軍人である。彼らは見知らぬ誰かの為に死ねる英雄だ。
陽子はそれがたまらなく怖かったのだろう。
「……でも、サイハテは違う気がするのよ。知ってから、ううん。知る前からずっと」
誰かの為に戦う軍人と、自分の為に戦うサイハテは明確に違う。
だが、陽子はそれが理由ではないと踏んでいる。
「あいつは、多分、自ら望んで死地に赴いてる訳じゃないのよ」
「それが怖くない理由にはならないと思いマスガ」
「……それもそうね、怖くない理由はわからないわ」
ジークは常に自らの為に戦うが、望んで戦っている訳じゃない。とんでもない矛盾だ。
「それで、話は最初に戻りマスガ、陽子さまは何が不満なのデ?」
そう言えばそんな話だったと、陽子は少し頬を朱に染める。
「私はね、サイハテに戦って欲しくないの。と言うか、一人にさせたくないの。どっちも本心よ、それだけ」
戦いを得意とする者に戦って欲しくない。陽子の言い分は些か高慢であった。
「西条さまに戦って欲しくない……西条さまは戦う事が本領だと思いマスガ」
「本領であっても、サイハテは戦って勝つことが目的じゃないもの、意味がないわ」
「エ? それはどう言う……」
「あんたはレアに教えて貰えなかったの?」
困り切ったハルカに対して、陽子は深く溜め息を吐いた。
「サイハテの目的は全力で戦って殺される事よ」
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