六話:滅んだ大体の理由
途中までは引き摺られていたレアだが、海面に近づくと大人しくなった。
流石にここから引きずられて行く気はないらしい。諦めたような表情でこちらを見つめている。
「きがえたい」
「着替え? そのままでも連れていけるぞ」
レアは毎度お馴染みの萌え袖白衣を着ている。
「はくいは、けんきゅーしゃのあかし。かいすいは、きじがいたむ。これしか、はくい、ない」
つまりは拘りだろうか。
「まぁ、それなら構わんが……」
じっとレアの行動を見つめるが着替える気配等はない。
「さいじょー、まなーいはん」
乙女の着替えを覗くな、と言う事だろう。
それでも未探索の領域であるからか、サイハテの元から離れる事はなかった。大人しくレアに背を向けて着替えを待つ。
衣擦れの音が周囲に響く、背中のリュックサックが弄られ、ビニールに梱包された衣服が詰め込まれる。何故わかるのかと言うと水面に映った姿が見えているからである。
「おわったー」
後ろを振り向くとレアはご丁寧にも白いゼッケンに黒いマジックペンで″れあ″と書かれたスクール水着を着ていた。
「どー? にあう?」
「似合うも糞も、君はそれを着ている年齢だろう」
サイハテもサイハテでばっさりだ。
世が平和だったならレアも普通に小学校へ通えたのだろう。大卒の彼女が通う意味はないが、それでも同年代の友達は出来たはずだ。
薬が完成さえしていれば、サイハテが予定通り目覚めていたならば、たらればの話をしていても仕方ないがついつい考えてしまう。
「すくみず、むかしのがくせーはこれをきてた。ぼくのじだいは、すいえーより、しょーじゅーをもったくんれんが、ゆーせんされた。あなたさえいれば、だれもがそーくちにした」
「亡者一人で何かが変わる訳でもないのにな」
「ほんとにそー」
ふにゃっとレアは笑う。
「……よく似合っているよ。それじゃ、行くぞ」
「うい」
手を差し出すと少女は小さな手で握ってくる。
ちらりと彼女の姿を見る。
まったく括れていない腰には工具の入ったベルト、平坦な体はスクール水着に包まれ、幼い顔には妙なガスマスクが着いていた。
「しゅこーしゅこー」
呼吸音もそんな感じだが、レアは口で効果音を出している。
「……おい、ふざけている場合じゃ」
「これ、しゅこー、さんそぼんべ、しゅこー、けっこうおもい、しゅこー」
「…………………………………………そうか」
天晴れな拘りぶりだ。
その小さなO2タンクでいつまで持つかは不明だが、もう無理矢理連れて行くだけである。
ホルスターの拳銃は既にビニールで梱包してある。
リュックサックを体の前へ、レアを背中に背負ってサイハテは海中に身を投じる。
瓦礫で埋まってしまった部分までは海面に顔を出して移動しているが……海流を全くと言っていいほど感じない。つまり、このショッピングモールは水が入るだけで出て行かないと言う訳である。
(急いだ方がよさそうだな)
流入する量から考えて長居はできないだろう。ショッピングモール周辺の水圧も心配だ。
まるで魚のように進むサイハテは瓦礫に触れないように水を掻く。
サイハテは着衣水泳だから問題がないが、レアは手足の素肌が露出しているし、水着は防刃性が高い訳でもない。
海中で怪我をしたら雑菌による感染症が不安だ。
ある程度進むと二階へと続くエスカレータの姿が見えてくる、そこまで来た所でレアが肩を叩いてくる。
「さいじょー、しゅこー、かいちゅーに、しゅこー、ぎょーむいんよーでいりぐちが、しゅこー、みえる、しゅこー」
その言葉を聞いて、サイハテは立ち泳ぎへと移行し、指差された部分を中止する。
水は濁っているが、塗装が剥げて錆びた金属製の扉が見える。
「あるな」
「どっちにいく? しゅこー」
「海中で扉は開かん、先に二階に行くぞ。あそこに通じる通路があるかも知れん」
迷わず二階へのエスカレータの元へと向かう。
エスカレータを登り、サイハテは拳銃をビニールから引っ張り出す。背後ではレアが犬の様に全身を震わせていた。
「着替えるなら早くしてくれよ」
「てったいじのことをかんがえて、このままでいく」
「わかった、行くぞ」
野戦服の兵士とスク水幼女の奇妙な組み合わせが遺跡の探索を開始する、愛用の45口径を前に突き出しながら劣化した商品の間を進んでいく。
「……ここはまるで日常から急に人が居なくなったような場所だな」
丸い足跡は三階と同じ位存在しているが全てが古い物だった。もうこの足跡の主はここにはいないのかも知れない。
「にほんにひゅーまんだいが、じょーりくしたばしょは、ここだった」
最近解説役が板についてきたレアは語る。
「ヒューマンダイ……H-DIEの事か。確か、レトロウイルス?」
サイハテは周囲の警戒を怠らずに、返事をする。レアはサイハテのリュックサックから例のカチューシャを引っ張り出した。
背後でコンデンサが充電される音が響く。
『そう言う事さ、正確に言うならば人間の遺伝子を後天的に弄るナノマシン。だけどね』
サイハテの足が止まる。
「後天的に弄るだと? なんの為に」
『様々な遺伝子病の修復、宇宙開拓時代の到来に合わせた人類の人工進化の為に作られたナノマシン。本来は新人類創生機と呼ばれるはずの素晴らしい発明だったんだよ』
「その素晴らしい発明が人類を滅ぼしていたら世話がないな」
『まぁそう言わないでよ、大多数の一般人が宇宙と言う環境に進出する為には次のステップに進む必要があったのさ』
宇宙と言うのは厳しい訓練と選別を潜り抜けた精鋭だけがいける場所だ、何しろ物資の補給手段も無ければ補給物資を輸送する手段も限られている場所だ。
そうでもなくても気が狂う場所だと言われる。何しろ、壁一枚の向こうは人類が生きてはいけない場所なのだから。
「それが何故人類滅亡機なんて呼ばれる様になったんだ」
滅亡機と創生機では大きな違いがある。
『創生機には面白い機能があってね、まずその一つが遺伝子情報の採取及び分析、その後選別。優秀な遺伝子を選別し、優秀な遺伝子で人間の遺伝子を上書きする機能だね。次にクイーンを中心とした社会性ウイルスとしての機能、クイーンが情報を管理して遺伝子の選別を決める……まぁ、これ以上は話す必要はないと思う』
「クイーンが暴走、人類の遺伝子を不要と判断。人類の抹殺にかかったとかか?」
『ちょっと違うね。人類の遺伝子を不要と判断したのは人類だ。クイーンはあくまでも機械、決められたルーチンに従って行動するだけのね。機械にそんな事は出来ない』
「ああ、どこぞの権力者がちょっかいを出して、他の権力者もちょっかいを出して気づいたらこうなっていたと……」
『そう言う事』
「安心した、人類はいつまでたってもアホだったとな」
『返す言葉もないね』
滅んだのは自業自得、もうどうしようもない自業自得だった。
百万の人命より明日の5セントの方が大事、人類はいつまでたってもチンパンジー以下の生き物だ。
お互い言葉を失ったまま、探索を続行する。
人類に救いあれ、誰が救うかは知らないが。
本日二話目の投稿になります。




