三話:港町へ
銚子、千葉県で最も東にある港町だ。
サイハテは昔、ぬれせんべいを食べにわざわざここまで足を延ばした事がある。
昔も活気がなかったが、今はもっと活気がなくなっていた。人一人も見かける事はなく、危険な感染変異体も存在しなかった。
理由はなんとなくわかる。
この辺りは地殻変動によって海中に没している、その証拠に水上に浮いているジープの窓から顔を出すと、海の底に昔の町が見えた。
「これ、入り口見つけても入れないんじゃないかしら……」
陽子がサイハテの予想していた事を言った。サイハテは思わず、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「かも知れない」
骨折り損のくたびれ儲けになりそうな予感がする。
水上には人間の手が足になったアメンボのような感染変異体が水の上を滑っているが、こちらを襲ってくることはないようだ。
「もーそろそろみえてくる。はず」
レアも自身が無さそうだが、引き返す事を進めないのは地下部は無事である理由でも知っているのだろう。
気味の悪いアメンボがこちらの姿をじーっと見つめており、先を急ぐ事を強いられたような気がする。
レアが指し示す方向に十二分程進むと、目標物らしきものが見えてきた。コンクリート製の建築物、昔のショッピングモールかなにかだろうか。
色褪せた看板からは何も読み取る事が出来ない。
「あれか?」
水面からぽつんと一軒だけ飛び出ている建築物を指差し、サイハテが尋ねる。
「それ」
レアの不安そうな表情は未だ変わる事はない。朽ちかけたショッピングモールが、傾きながらも水面にその姿を出しているが……どうにも不安だ。
サイハテは手際よく車を接近させると、銃座から屋根へと出る。肩に縄梯子をかけて、人工の崖を見上げる。
「クラッククライミング出来るな」
罅割れも多く、中の浸水は酷そうだがとりあえず行ってみない事にはわからないだろうと、サイハテは罅割れに手をかけてスルスルと壁面を登り始める。
「わ、わわ……なんて危なっかしい……」
それを下から見上げる陽子は不安げだ。僅かな罅に指を突っ込んで体を固定、後は腕力だけで登り続けるサイハテを見て、不安にならない訳ないだろう。
だが、そんな不安は杞憂だったのか、サイハテは無事に屋上に辿り着いたようだった。
屋上へと体を移動させた直後、拳銃を引き抜いてのクリアリングも忘れない。
「……エレベータ式の屋上駐車場だったのか、ここ」
ショッピングモールの屋上には消えかけた白線と縁石、それに錆びた車らしきものが数台存在していた。車に関しては潮風のおかげか、原形を保っておらず風が吹くたびに錆が宙を舞っている。
この車には縄梯子はつけられないなとサイハテは判断し、何か適当なものがないかと周囲を見渡す。
目に入ったのはコンクリートが砕けて、格子状に組まれた鉄筋と、ショッピングモールの中が見える破損個所だった。
「露出したばかりの鉄筋か。強度も十分……俺が支えていればいざと言う時も平気だろう」
声出し確認は大事だ、拳銃をホルスターに戻す。
縄梯子の鉤爪を鉄筋に引っかけて、車を停泊させた階下へと垂らしてやる。
「いいぞ! 上がってこい!」
声をかけると縄梯子が揺れて軋みをあげ、加重がかかった事を予想させる。
しばらく待つと、陽子達が上がってきた。それから少し遅れて、高周波ブレードで武装したハルカが上がってくる。
「周囲、概ね異常無しデス」
「ご苦労」
陽子達が無事に上ってこられたのを見て、ホッとする。
縄梯子と言うのは普通の梯子と違って、上るのに少々コツがいる梯子だ。何しろ、普通の梯子と違ってロープな訳で、風が吹くと揺れる。風が吹かなくとも、上り下りの衝撃で揺れる。
運動神経が悪い人間だったら、頭から地面に落ちて即死だ。
「よし、内部の探索を始めるぞ。ハルカは基本、陽子とレアの護衛だ。陽子とレアは俺かハルカから絶対に離れるなよ。陽子とレアは使えそうな物、食べれそうな物、その他もろもろ欲しいものを捜索しろ。それらは出来る限り持って帰るぞ」
今回は持ち帰り先もあるし、車だってある。持ち込み制限などない
「ゲームとかあるかな」
欲しいものと聞いて口火を切ったのは陽子だ。
彼女の趣味はゲームらしい。そう言えば、いつしかそんな事を匂わせる発言があったなと思い出す。
「おかしほしい」
随分と子供っぽい事を言っているのはレアだ。大人ぶってても、所詮、まだまだ子供だと言う訳だ。
こういう時、ハルカはあまり喋らない。
ガイノイド故に欲しい物とかないのだろう、その辺りはやはりプログラムの組まれたAIだからと納得するしかないだろう。
「よし、行くぞ」
拳銃を引き抜いて、サイハテは未来特有の不思議な透明金属の自動ドアを蹴り破るのだった。




