十三話:レアの誘い1
野外でのバーベキューは成功だったと言えないでもないだろう、陽子も慣れない環境でのストレスを軽減する事が出来た様で、泉の片隅に建てたテントの中で健やかな寝息を立てている。
ちなみにサイハテは同じテントで寝ると言うことはなく、外にレジャーシートを引いて寝ずの番を行っている。こんな場所に敵が来るとは思えないが、念の為、である。
「………………」
余ってしまった冷めた串焼きを口に運びながら、注意深く周囲に視線を這わしている。
宵闇の中に僅かな咀嚼音と、動物の鳴き声だけが響く不気味な空間がそこには広がっている。
嘗ての仲間が子守りをしている俺を見たらなんて言うだろうか、サイハテはそんな事を考えて、思わず笑った。
生きている訳がない。俄かには信じられないが、自分が死んでから何百年も経っている。誰にも知られることのない戦いもいつの間にか書籍化されて、使い捨ての平気だったサイハテは今や伝説の英雄だ。
「笑っちまうわな、なぁ……レア?」
首を回し、視線を後ろにやって、声をかけた人物を見据えると、ピタリと当てられたレアは身を竦ませた。
「ど、どーして?」
「足音だ。陽子はもうちょっと綺麗な規則正しい歩き方をするし、ハルカと比べると体重が軽すぎる」
特に、この辺りは枯葉が多いからなとサイハテは内心で呟いた。
「それで、こんな夜更けにどうした。良い子はもう寝る時間だぞ、おしっこか? うんこか?」
「さいじょーはもーすこし、でりかしーということばをしるべき」
流石のレアもドン引きの発言である。
「まさか、このご時世に宅配なんてやっている訳ないだろう」
「それはでりばりー。こうなるとおもった」
場を和ませる為、と言うか素で聞き間違えをしたサイハテにツッコミを入れ、レアは手招きをする。
「ついてきて、あなたがのぞむものをよういした」
レアの言葉に、サイハテはいつもの変態フェイスではなく、兵士の顔へと豹変させる。
如何にもスケベな男と言った風貌のサイハテが、一転してキリッとした好青年への変わりようは一見の価値がある。
先導するレアについていった先は薄暗い森の中、テントからわずかばかりに離れた場所だが、話をしても、陽子に聞かれる事はないだろう。
「ちょっとまって」
そう言うと、レアはポケットから猫耳カチューシャを取り出して、それを頭に装着した。
コンデンサーが電気を溜める音が響き、紫電が走ると、レアはいつも眠そうだった目をカッと開いた。
『これで少しは話し安くなったかな。着いて来てくれてありがとう。ジーク』
レアの口は動いてない、音を発しているのは猫耳カチューシャだ。しかし、機械特有のハウリングなどは一切ない、高級なコンポでもこうはいかないだろう。
「……カチューシャ型のスピーカー。脳波を読み取って音声に変える機械か」
サイハテの言葉にレアは頷く。
『そう言う事、僕は昔受けた暴力によって脳に障害を負ってね。舌が上手く動かないんだ。まぁ、喋りにくいだけで困った事はないんだけど。こっちの方が話が進む』
そう言うと、レアは幼女らしかぬ笑みを見せた。何かを謀んでいる者の表情、サイハテは警戒を高めるが……どこにも敵の気配はない、レアの護衛であるハルカの気配すらない。
「……それで、俺の望む物とは?」
だったら、話を聞いて損はないだろう。
『君を生き返らせた動機……それと、君の生きる意味とかどうかな? 満足して貰えるとは思うけど』
ニヤリと笑うレアに、サイハテは目つきを鋭くする。
『そんなに睨まないでおくれよ。僕だってこんな時代に君を起こすつもりなんて毛頭なかったんだからさ』
つまり、元々はちゃんとした時代に目覚めさせるつもりだったのだろう、そこに悪意はなかった。
『特効薬が完成していれば、世界はまだ存続していただろうにね。だけど、それは出来なかった。妨害で、僕の研究はパーになった……まぁ、実験データは脳内にあるから、設備と材料さえあればすぐに作れるけど』
レアの言葉には一塊の寂しさと、大きな憎悪が込められているように聞こえる。
夜の森に、レアの言葉は木霊する。
『君の体自体は僕の時代で組み上がっていたんだ。脳の移植も完了し、後は目覚めさせるだけ……だけど、人類を救えた可能性は僕がギフトボックスに押し込まれて、ゼロになった。ギフトボックスは切羽詰まった人類の救済策でね、一度タイマーをセットしたらその時間までもう二度と開けられないんだ。核攻撃にも耐えられる設計なんだけどね、それが欠点だった』
その言葉を信じるなら、人類は相当切羽詰まった状態だったのだろう。明らかな欠陥装置に、才能と言う人類の希望を詰め込まなくてはならなくなった。
それほど、追い詰められていたのだろう。
「……そこまではわかった、だが、君が押し込まれたと言うのはどういう事だ?」
レアは僕が押し込まれて、見込みがゼロになったと言った。しかし、レアは機材と材料があればまた作れるとも言っていた。そんな人間を切羽詰まった人類が、希望を欠陥冷蔵庫に押し込むとは考えられない。
『それはおいおい話すよ、まずは君の事……ね?』
と言って、レアはセクシーにウインクした。
幼女がやっても滑稽なだけである。
「……わかった、続けろ」
蘇らせた理由もまだ聞いていない。
『君は僕の時代ではヒーローだった。そして、僕の時代には映画のヒーローじゃなくて、本物のヒーローが必要だった。薬によって優位になった人類の陣頭になって、若者を戦場に駆り立てる。それが予定していた君の役目だった……だけど』
ジークの伝説はレアの時代では誰しもが知る伝説だった、過去の時代に実在し、たった数十人で悪の帝国をやっつけた、伝説のヒーロー、そして、老人によって使いつぶされた哀れな兵士。
「予定はダメになった。そして俺には次の役目が与えられるようになる……か。俺の役目は戦力を整えて、目覚めた旧時代の人間達を保護する事。それが今度の俺に与えられた役割って訳か……」
サイハテは死の間際、自分の意味ある死に満足していた。道具の様に使い続けられた人生だったが、その中でも、誰かを救い、その者達に顔を覚えられ、戦いが、死して骸も残らなかった仲間達の死が一切無駄でなかったと証明できた事が、西条疾風として嬉しかった。
『正確に言うなら、貴方はそうならざるを得ない』
レアは語る、恐ろしい日本政府の陰謀を。
『貴方の知名度は今の時代でもとてつもなく高い、僕もミールさんに聞いたけど、伝説の諜報員ジークの名前は戦う者には憧れのような称号になっている。貴方の活躍が知れれば知れる程、貴方の周りには銃を持った強い人間が、貴方を慕って集まってくる。貴方がそれを悪用する悪人なら別だけど、日本政府は貴方が真に平和を尊ぶ者と知っている』
サイハテはその言葉を聞いて眉尻を下げた。
『貴方は若い身で戦争を知り、戦いを知った日本人。甘ったれの九条信奉者とは違う。平和を維持するには沢山の武器が必要だって知っている。沢山の人間を守る為には統率された武力が唯一の道だと知っている。平和の木は武器で守る事を知っている、何故なら貴方は平和の為に戦ったから……貴方は平和の木を育てられる人物だから』
一部の権力者の私利私欲から使われたのが最初としても、サイハテは結果的に大多数の国民を救った。
「違う、俺は他に方法を知らなかっただけだ」
『んーん、どこの時代でも、いかなる場所でも、平和を守ってきたのは武器とそれを持った人間が生み出す武力だよ。人類史を紐解けば、幼稚園児だってわかる理論』
「……だが、武力は統制を失えば、全てを傷つける物へと変わるだろう」
『そんな考えを持っているから、貴方が選ばれた。貴方は武力を統制し、管理すれば平和を生み出せる事を知っている。貴方なら、道を誤る事だけはしない。それが選ばれた理由』
レアの言葉は、サイハテの口を閉ざすには十分な理論だった。
出張から早めに帰って来れました。




