十二話:泉の妖精
朝早くからこんにちわ。
暇を見つけて更新させていただきました。
こちら夜8:20になります。仕事帰りです、オナカイタイ
泥と汚水に塗れた湿地帯の中に、深く澄んだ泉が木々に隠されるように存在していた。
大地によって濾過された清い水を湛える泉に、陽子は思わず見とれてしまう。陽子が今まで見た水よりも、ずっと澄んでおり、深い底まで見通せる位の綺麗な水だった。
泉の中には旧来の魚たちが住んでいて、この辺りにこっそり家を作れば、飲み水にも食糧にも困らず暮して行けるだろう。
美しい泉には美しい妖精が居る、そんな事をヴィクトル親父が言っていたなとサイハテは、ビーチチェアに座りながら思い出していた。
無論、妖精など居ないが、ここから少し離れた泉の浅瀬では白い布を水着替わりに纏った陽子とレアが遊んでいる。アレはアレで妖精だと言えなくもないのではないか、なんて出来の悪い詩人の様な事を思いながら、サイハテは釣竿を垂らす。
目的地に到着してから三十七分、陽子とレアは釣りに飽きて水遊びにすっかり夢中だった。
日はまだ高く、地平線へと沈むまでまだまだかかる頃合いだ。
「……」
水辺で遊ぶ少女達の艶姿を見つつ、釣り糸にかかった岩魚を取り外した。
大きさは十分、塩で焼いても、醤油と酒で甘く煮ても美味い魚だろう。
「ニジマスのがデカくて食いでがあるんだがなぁ」
釣りをしているサイハテは、楽しいか楽しくないかで尋ねられれば、楽しいと答えるだろう。
しかし、サイハテにとってはこの行動はあくまでも食糧確保の一手だ、必要に応じて行動したに過ぎない。言わば仕事の中にある楽しさと同義の物の楽しさだ。
娯楽としての楽しさなど、そこには存在しない。
手元にある岩魚をサクッと〆て、氷を詰めたアイスボックスへと入れる。そこで気が付いた。
岩魚はこれで三十匹目、鮎でも十匹は入っているだろう。
「……取り過ぎたな」
もう既に腸は抜いてあるので、後は塩を振って焼く位しか出来ない。手持無沙汰になってしまった。
魚ばかりだと食卓の彩に難があるので、立て掛けてある陽子のハンティングライフルを取る。
「おーい、俺、山菜とか肉とか取ってくるから、ここからあまり離れるなよー!」
水辺で遊んでいる少女二人に声をかけると、
「はーい!」
と返事があったのでサイハテは悠々と森の中へと入っていくのだった。
豊かな水源を湛えているおかげか、周囲には広葉樹の森が広がっている。針葉樹は根が深いので地下水脈から水を吸い上げれるが、広葉樹はそうもいかないので、地表に露出している水源が多い。
あくまでも、多い、である。
実際に森で迷って違うじゃないかと言われても困る。
「よし、いいか。よく聞け陽子、鹿を追うにはな………………げふんっ」
そこまで言って、サイハテは思わず咳払いをしてしまう。
陽子は遊んでいるのだ、いつもの様に背後に居る訳じゃなく、解説がいる訳じゃない。
ついいつもの癖で、虚空に向かって説明をしそうになったサイハテは、思わず顔を赤らめる。
あんな小さな女でも、掛け替えのない仲間になりつつあると言う証左だろう。サイハテにとっては忌むべき事実だ、単独潜入を得意とする戦闘工作員が現地で仲間を作るのはご法度だ。
(だけど、まぁ……潜入している訳でも明確な任務がある訳でもない。これ位なら許容範囲か)
羞恥で茹った頭を冷やしつつ、サイハテはそうやって言い訳をする。
命は消耗品だ、激しく使えば使う程目減りしてしまう。だからこそ、作られた目的の為に正しく使わなくてはならない。
(……そう言えば、俺を再び生み出したのはレアだよな。あの子が知的好奇心で俺を蘇らせるとは考え難いよな)
もし、サイハテが日本政府を恨んでいたら、もし、サイハテがそのまま死にたかったら、危険だったのはレアの方だろう。
(あの子の目は何かを成そうとする目だ、知的好奇心で無駄死にする馬鹿の目じゃない)
となれば、目的があるに違いないとサイハテは予測する。
レアが以前言っていた人類の救済はそれじゃないと推定できる、人類と言う種類は決して弱くはない、放っておけば再び隆盛する事も彼女には解っているだろう。
「おっ」
などと考えていたら鹿を発見した、百メートル程先で呑気に草を食んでいる。
ボルトを起こして、初弾を薬室に送り込み、ゆっくりと照門を覗き込む。照門と照星の先には鹿の頭がピタリと合わさっている。
「フーッ」
猫の威嚇音のような息を吐きつつ、呼吸を止める。
引き金は絞るように引き、銃身内部で撃針が雷管を引っ叩き、火薬を爆発させる。
ライフリングに沿って弾丸は押し進み、銃口から吐き出され、目標に向かって飛翔を続けていく。
鹿の瞳に螺旋回転する弾丸が映し出された頃、サイハテは跳ね上がった銃身を抑え込む。
「……よし、仕留めた。運がいい」
猟銃の癖を把握していなかったので、弾丸が右に逸れたが、どうやらうまく当たったようだ。
立ち上がったサイハテはレア特製ナイフを抜くと、血を流して痙攣する鹿に、ゆっくりと近づいた。




