十一話:全部奪われたならば
武装勢力サバト、本拠地を関西のどこかにおいて、関東を侵略している軍閥の一つだ。日本で最も価値の高い赤い円を発行している事から、彼女らの勢力が如何に強大か想像できるだろう。
その本部は、関東侵略軍の総大将、ナイトメアリリィからの報告でてんやわんやになっていた。
サバトが掲げるのは武力による日本統一、関東を抑えればもう後は消化試合と言っても過言ではない程容易になるはずだった。
だが、最も危険な障害が出現した。
ナイトメアリリィからの報告には、
「最初の番号付きの隊長を発見し、交戦、取り逃がす」
だけ書かれており、敵対した兵士らしき人物の装備状況や、被害状況が彼女の率いる部隊から送られてきている。この電報を受け取った通信手は顔を青ざめさせた。
「し、死亡二十七人、負傷十五人!? おまけに戦闘ヘリも一機損失ぅ!?」
敵の装備はアサルトライフル一丁と拳銃一丁しか書かれていない、たったそれだけの装備で四十二人を死傷させられる人間が、この世界に居るはずがなかった。
しかも、接敵から二十分足らずでこの成果、サバト虎の子である航空騎兵大隊所属、一個小隊六十四人を壊滅に追い込んだ。
「お、おいおい。いくらなんでもジョークだろ?」
サバト大本営指揮所に勤める通信手の仲間、早田が声をかけてくる。最も練度の高い部隊が、たった一人の青年にやられたと言う報告に、誰もが信じられないと言う表情を浮かべた。
だが、実際に戦地で撮影された写真からは、それが真実だと裏付けていた。
まだ年若い男性戦闘員が、アサルトライフル一丁でサバト軍の陣地を正面突破している。
「……ジーク、アルファのジークだ」
写真を見た早田が絞り出したように呟く。
「バカな。何百年も前にジークは死んだはずだろう、それでなくても何百年も人間が生きていられるものか」
それは道理だ。
早田は送られてきた映像を見ながら思わず唸る。
「だが、被害が出たのは事実だろう。魔女様に報告しよう」
「ああ、そうだな」
「ぶえっくしょい!」
その頃サイハテは車内で盛大にクシャミをしていた。
ジープのモニターには豊かすぎる自然が映し出されており、鼠を捕える蛇や人間を捕えるグール等が見て取れた。
「風邪?」
助手席に乗った陽子が尋ねてくる。
「いんや、噂されたんだと思う」
鼻を啜りながらサイハテが返事をする。陽子はその横顔をちらりと見て、手に持ったチョコを口に放り込んだ。
「あんたが噂されるって、絶対碌な事じゃないわね。今度は何やったの?」
この信用の無さである、それが気持ちいいとはサイハテが言った言葉だ。
「さぁな、見当がつかねぇよ。俺は善悪両方から嫌われる。そこそこ平等だからな」
「どこが平等よ」
「俺は命を尊い物だと思ってない」
「……消耗品だから?」
「よくわかったな」
それはもしかすると自分の命も勘定の内なのではないか、と陽子は勘付いてしまった。
「……私、サイハテのそう言う所嫌い」
それだけ言うとぷいっと、陽子は顔を背けてしまう。
平和な時代に生きた少女だ、消耗品と言う意味が解ってないのだろう。
「無駄死にする気も、させる気もない」
「あっそ」
今日の陽子はツーンとしている。デレ期はまだ訪れないのだろうか、なんて下らない事を考えながらもサイハテは車を目的地へと導いていく。
しばらく無言の時間が続く。
ハルカは銃座に着いているし、レアは後部座席で何かを作っている。こちらに干渉する気は一切無い様子だ、薄情な奴らめ。
「長生きしようが意味等ない、何を成したかで人生は決まる。俺はそう思う」
故に、長く生きる事に執着しない。
サイハテの言葉を聞いて、陽子はミールの事を思い出していた。彼女も自分の命を消耗品だと思っているのだろうか。
何かを成した物は生に執着しない、そいつらは己が人生に答えを持っているからだ。
「…………長生きする事は悪い事なの?」
「悪いとか善いとか、そんな事は関係ない。自分が生きる意味を見出す、それが大切な事なんだ」
オタクと言う生き物は、あれはあれで人生の意味を見出している。心血を注いで人生を楽しむ奴らだから、死しても悔いはないだろう。
だから彼らは世の中に叩かれる、どんな状況でも、彼らは人生を謳歌出来るから人々は彼らに嫉妬する。
サイハテはサイハテで、人生を謳歌しているのだ。鮮血と硝煙に彩られた半生でも、最後まで利用され続け、明日の一円玉一枚に殺されても、西条疾風と言う人物は邦人達が言ったありがとうの一言で人生に意味を得た。
「あんたの手には何も残らなかったじゃないの」
陽子は言う。お前は全てを奪われただろうと、大多数の同胞が味わう人生の喜びを取り上げられて、それでいいのかと。
「それでいいじゃないか」
いつものむっつり顔でサイハテはそれでいいと言う、陽子はそれが我慢ならない。
「何がいいのよ!!」
陽子の怒鳴り声が車内に響く、少女は知っている、西条疾風と言う人物が、ジークだった頃、彼の人生には苦痛しか得られなかった事を。
「あんたは、散々苦しんだじゃないの!」
その言葉に、サイハテは眉を寄せた。
苦しんだ事なんか話していないし、本の内容は所詮フィクションだ。なのに、彼女はまるで自分が味わった事のように言い放つ。
「あんな重圧をかけられて、沢山の命を背負わせて……なのに何も貰えなかったのよ!? 日本政府も! 老人達も! あんたに何一つ与えなかった!! それのどこがいいのよ!!」
サイハテが得た物を全て横取りしていった政府と老人達に陽子は怒っている。それ以上に許せなかったのが最後を迎えたサイハテだ。
彼は殊更嬉しそうに笑って死んでいった。
「あんたの人生の意味も……全部奪われたじゃないの」
サイハテが成した事は全て改変され、伝説の諜報員としての名声も全て奪われた。
彼の名声は日本政府が用意したお偉いさんの息子に渡され、彼が後に利用しようと奪取した共産党の金塊は、老人特権に浪費しつくされた。
「確かに俺が得た物は全て浪費された。しかも無駄にな」
陽子に対して、サイハテは肯定してみせる。だが、奪われた物は全てどうでもいいものだった。
「だけどな、別に何を奪われたとか、そんなのどうでもいいんだ。俺にはあまり意味のないものばかりだったからな」
サイハテは語る、ちょっとした笑い話を語る様な口調で、語る。
「名声はどうでもいいが、確かに金塊は少し惜しかったな。千百トンの金塊だ。まぁ、持っていても純金の浴場を建てる位しか意味がないしな。欲しいと言うならくれてやるさ」
日本が保有する金塊を上回る量を持って、サイハテはとんでもない事を仕出かす気だったらしい。
「それに、何も持ってないと言うのも悪くない。拾える物が増えるからな」
拾える物と聞いて、陽子は思わず自分の事かと思ってしまう。千葉の街でしがらみから解放されたサイハテは、レアも陽子も拾ったと言っても過言ではないのかも知れない。
「陽子の言う通り、奪われるばかりの人生だったが、略奪者達はもう死んでいる」
サイハテは、続ける。
「俺は大人だからな。与えられるばかりが人生じゃない、時には自分で集めなくちゃいけない時もあるのさ。んで、それが結構楽しいんだ」
何一つ与えられなかったと言うのに、この言いようである。
「……でも、それじゃサイハテが可哀そうよ」
ここまで言われては陽子も反論できない、だが、納得出来ないものは出来ない。
「だったら君達がなんかくれ」
憐れみに対して随分な要求ではあるが、道理と言えば道理と言えるだろう。
哀れむ位なら金をくれ、と言う奴でもある。
「……考えとくわよ、それより、あんたから全部奪った略奪者にあったらどうするつもりよ」
「奪ったんなら奪われる覚悟もあるはずだ、当然、命を貰う」
怒っていない訳ではないらしい。
欲しいと言えばよかったものを……なんて誰かが考えていた。
大変遅くなって申し訳ありませんでした。




