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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
二章:生きる為の道しるべ
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十話:外交手段

 ともかく、陽子と話し合う事が大事だと判断した。話し合って、どこかでストレスを解消して貰おう。


「と、言う訳でどこかに遊びに行こう」


 朝食が終わった後、珍しく皿洗いを手伝っていたサイハテが唐突にそんな事を言った。

 陽子は訝しげな視線をサイハテに向けた後、提案を無視した。

 しばらく皿を洗う音と、嫌な空気が場に流れる。サイハテの弱り切った視線と、昨日の事をまだ怒っている陽子の視線が交差する。


「……遊ばないのか?」


 サイハテの表情を見て、陽子も僅かに溜飲を下げる。非常に母性の強い少女だ、捨てられた犬のような表情をされては下げざるを得ない。


「それで、何して遊ぶの?」


 そして交渉の余地が見え始める。

 遊ぶ事はサイハテだって苦手だ、ギフトボックスで眠るまでは遊びと言うのはジーク・ワンと言う人物に外連味を着ける為に行われた物だ。

 故に何が楽しいか、サイハテは解っていない。テレビゲームでも与えておけば、陽子は勝手にストレスを解消してくれるだろう。だが、今のご時世そんな物は見つからないし、見つけたとしてもレアが分解して機械の部品に転用していただろう。


「釣りなんてどうだ? 南南西十五km程に綺麗な泉を見つけたんだ」


 街の外は基本的に湿地帯である。

 しかし、サイハテが行った一晩に渡る探索で隠された泉を発見したのだ。


「へぇ、いつ見つけたの?」

「今日」

「………………そう」


 レアとハルカが固唾を飲んで見守る中、陽子の呟きは呆れ半分、嬉しさ半分の響きを持っていた。

 女性に対する苦労と言うのは、貴方にそれだけの価値があると言う意思表示がある。


「それじゃあ、お昼に出発しましょうか。どうせ寝てないんでしょ? それまでお昼寝でもしてなさいな」


 いい女とは男の苦労に報いる女の事である、とは誰の言葉だっただろうか。その言葉に従えば陽子はいい女の部類だ、自分の身銭を切らずに相手に恩賞を与える部分など、最高だ。


「ふむ、それだったら向こうに一晩泊まり込むか。魚だけじゃなく、可食できる動植物も多く見かけた」


 だが、サイハテはこれである。

 釣りを提案したのは、陽子に少しでも食事を取らせよう、なんて魂胆も含まれている。


(……ふーん、昨日の言葉は出任せじゃなかったのね。それはそれでムカつく)


 昨日のサイハテは、変態としての矜持よりも戦友を心配する友情が勝ったと言う所だろう。

 即ち、サイハテにとって陽子は、女としてはまだまだと言うことだ。


「ちっ!」


 思わず舌打ちをしてしまい、サイハテが眉根を寄せた。


「歯になんか詰まっているのか? 糸楊枝探して来ようか?」


 思いやられるのは悪い気分ではないが、見当違いに思いやられると若干腹が立つ。


「いいから寝なさい、朴念仁」

「?」


 サイハテは首を傾げながらも、陽子の物言いに従って寝具へと潜り、速攻で寝息を立てはじめた。

 早飯も芸の内ならば早寝も芸の内だ。


「はー……気持ちよさそうに眠っちゃってまー」


 憐れませて、嬉しくさせて、ムカつかせて、モヤモヤさせて、寝やがった。

 これを素でやっているのなら、サイハテは大したジゴロだと陽子は思い、溜め息を吐いた。恋愛に必要なのは感情の隆起である、適度に怒らせるのも、悩ませるのも恋愛に重要なテクニックだ。


「陽子さま、西条さまの事が気になりマスカ?」


 子供のように眠るサイハテの寝顔を見ていたら、ハルカが声をかけてきた。


「そりゃね」


 戦闘能力は恐らく人類でも最強クラスに食い込む元破壊工作員兼諜報員、その割にはジェームス・ボンドの様にアダルティックな大人と言う訳でもなく、ビッグボスのように精練された戦士と言う訳でもない。

 中身は不器用で子供な男、それが西条疾風と言う男だ。


「どの辺りが気になるのでスカ?」

「そうねー、強くて成熟した男なのに、まるっきり未熟な所かしら」


 幼少期に人格の形成が行われずに戦闘マシーンとして育て上げられたとの事だから、精神面が未熟なのはわかる。


「あたしにインプットされたデータによるト、西条さまは幼少期に強要された殺戮で、どうやら脳の情緒を司る部分がマヒしてしまったようデスネ」


 人工声帯の質が良くないのか、ハルカは所々変な棒読みで喋る。

 それでも言っている事は伝わってくる。人間と言うのは自分が持たない程のショックを受けると、自身の防衛を行う為に脳の機能を遮断して自己閉鎖モードらしきものになってしまう。


「そうね、サイハテは優しい子供だったのね」


 眠っている時だけは、元の性格が出てくるのか、サイハテは普段より年若く見える程、穏やかな表情を浮かべている。


「優しい子だったら、仲間を殺害しないと思いマスガ」


 このデータをインプットしたのは、会話を聞いていたレアだろう。


「優しいけど、人一倍憶病だったのよ」


 陽子の言葉に、ハルカは合点が言ったように頷いた。


「アァ、そういう事デスカ。最も容易く殺人を行わせる感情は恐怖、デスからネ」


 陽子は知っている、サイハテが最も恨んでいるのは日本政府でも自分達の利益を守らせた団塊世代の老人達でもなく、NOと言えなかった自分自身であると言う事を。


「そう言う事」


 陽子はそう返事をすると、ベッドのヘリに両手を重ねておいて、その上に顎を載せた。

 目と鼻の先には、サイハテの顔がある。


「……ハルカ、私達はこのままサイハテに頼ってていいのかしら」


 このままだとサイハテを利用して使いつぶした団塊世代の老人達になってしまう予感がする陽子。ハルカはそんな陽子に。


「他に頼る相手もいないでしょーニ。西条さまに黙って家出して、みんなで娼婦でもやりマスカ? お金持ちのオメカケになると言う手もありマスヨ」


 サイハテに頼る他はない、そんな事を見越しての発言だったが、


「ダメよ、レアにそんな真似はさせられない」


 自分の身柄は既にBETしていた陽子に面食らった。だが、それでもハルカの答えは変わらない。


「デシタラ、答えは一つしかありマセンヨ」


 その答えを聞いた陽子は少しだけ悲しそうに呟く。


「そうね……」


 とだけ。

 陽子がイライラしていたのは、環境から来るストレスだけが原因ではない。

 サイハテのような殉教者までも引っ張り出して、戦わせているのに自分は何もしてあげられないのが、彼女をイライラさせている原因だった。


「……そうデスネ、女にしか出来ない慰め方でもしたらいかがデス? 喜ぶんじゃないデスカー」


 揶うような物言いに、陽子は顔を赤くして立ち上がる。


「ばっ!? ばっかじゃないの!? あ、あああああ、赤ちゃんとか出来ちゃったらどうするのよ!」

「アレ、あたし、女にしか出来ない慰め方、までしか言ってマセンヨー。何を考えたのデスカー?」

「むきいいいいいいいいいいいいいい!!」


 両手を振り回して追いかける陽子に、逃げるハルカ、ドタバタとした状況の中でサイハテは。


(うるせぇなぁ……)


 と脳内で文句を言った。


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