九話:壊れ行く日常?
サイハテが帰還する。
背嚢に詰められた電子部品は案の定腐食しているものが多かったが、レアにとっては大して問題になる事はない、腐食している部品を取り外し、綺麗な部品を取り付ければ一から作るよりはずっと楽だからだ。
「さいじょー、ありがとー」
「どういたしまして」
無骨な手でレアを撫でてやると、少女は少しばかり嫌そうな顔をした。そう言えば乾いた泥が付着していたなと、サイハテは苦笑する。
「かみがよごれたー」
上がる抗議の声。
「あいや、悪い悪い」
さして反省している様には聞こえない声で返事をすると、サイハテは手をひらひらと振りながら家の中に入ってしまう。
建付けの悪い扉が鈍い音を立てる。
「ただいまー、陽子、めしー」
声をかけるが、返答がない事に首を傾げると、我が家と言う名の廃屋を見渡す。相変わらず黒くなった木で出来た壁や床と、カセットコンロやらなにやら調理器具が並べられた台所が見える。
そこには切られた食材やらが用意してある、後は煮込んだり焼いたり、十分もしない内に料理が出来るだろう、となるとだ。
(出かけているのかもしれんな)
玄関に靴もないからその可能性が高そうだ。
それなら怒られる前に、体中に付着した泥を落とすだけである。同じく泥だらけの野戦服を玄関先で脱ぐと、籠に入れて浴室へと向かう。
床を下手に汚すと陽子が怒るから、気遣っている。
脱衣所に服を置いて、浴室の扉を開けた時、サイハテは後悔した。湯船でまどろむ陽子がいたからだ。
玄関に靴がなかったのは風呂で洗濯したからだと気付くが、後の祭りだ。
「………………」
「………………」
視線が交差する。
気まずさと、陽子から膨れ上がる殺気に思わず額から汗が流れてしまう。
少女から女へと変わる最中の女性は、非常に気難しく面倒臭い事をサイハテはよく理解している。
「……む?」
だが、サイハテは陽子の気持ちより陽子の体に興味が出て来た、いやらしい意味ではない。
サイハテは半眼でこちらを睨む陽子に歩み寄ると、彼女の脇に手を突っ込んで湯船から引き揚げた。
「ちょっと!?」
抗議の声を無視して、陽子の体をマジマジと見つめる。持ち上げた感覚もそうだったが、目で捉えると尚顕著だ。
「……大分痩せているな」
あの病院で会った時より、マイナス4キロは減っていると見るべきだ。成長期の少女には致命的な体重となっている。
「…………っ!」
下から上に駆けて真っ赤に染まる顔、無論陽子のである。
年頃の乙女が、年頃の男性に赤子のような抱き方をされ、上から下までじっくり見られれば、誰だってこうなるだろう。
「……そろそろ健康状態に異常が出てきているだろう、大丈夫か?」
サイハテには珍しく、気遣うような言動だが、羞恥と怒りで真っ赤になった陽子には届かない。
サイハテが手を離すと、陽子は湯船に落下して水しぶきを上げた。
「食糧不足ここに極まれりだな……まったく度し難い」
陽子が痩せているのは過度な運動と栄養不足が原因だ、それと激しい戦闘と娯楽不足から来る強いストレスが原因だろう。
「度し難いのは……」
湯船に落下した陽子が声を上げる。
「?」
思考していたサイハテがそれを打ち切って、陽子に向かって首を傾げた。
「あんたでしょ!!」
向けられる機関拳銃、日本がパクって作ったアレである。
「ま、待て! 俺は君の健康状態を心配してだな!」
流石に今回は撃たれる覚えはないとサイハテは言いたいらしい、それは勘違いだ。
「乙女の柔肌まじまじと見て、何言ってんのよぉぉぉぉぉぉ!!」
「……ああ、成程。はっはっはっは」
そう言えば全部見たなぁとサイハテは爽やかに笑う、見てないのは尻の穴位じゃないだろうか。
そして引き金は容易く引かれて、サイハテの悲鳴が響くのだった。
余談ではあるが、ゴム弾は実弾で撃たれるより大分痛いらしく、これで撃たれた屈強な軍人はいっそ殺してくれと言ったのは有名な話である。
「いてぇ……」
浴室の外に叩きだされたサイハテは思わず愚痴る。
死なない様に急所を外して動目標を撃つなんて神業を、一匹の変態相手に披露しないでほしい。
「だいじょーぶ?」
いつの間にか寄って来ていたレアが、声をかけてくる。
「ああ、平気平気」
骨折もしていないし、負傷は打撲位である。
「なぐも、ずいぶんおこりっぽくなってる。せーしんじょーたいが、あまりよくない」
「……まぁ、今回は俺が悪いが、確かに最近イライラしている事が多いな。この前、生理かと聞いたら撃たれたよ」
「それは、あたりまえ」
デリカシーが無いにも程度がある。
サイハテらしいと言えばらしいのだが、この状況下でそれは悪手だった。
事実、風呂から上がり、夕飯の時間になっても陽子は怒っていた。大抵の事は銃弾で流す大天使陽子がである。
挨拶もろくにせず、夕飯を食べ終えた陽子は眠ってしまう。
所謂ふて寝だ。
「むぅ……」
サイハテは事態に恐怖した。
人工的に作られたデミヒューマンと言えど、彼は日本人の特徴が色濃く出ている。美味しい物がないと戦闘効率が落ちてしまう、作戦に自分の命まで勘定に入れるサイハテにとって、帰っても美味しい物がないと言う事態は、帰る意味を無くすに等しい。
紅茶があれば二十四時間戦える英国人や、アルコールを燃料にして動く露西亜人とは違うのだ。
「……どうすっかな、マジで」
今回はワザとではないが、今までの行いによってそれは理解を得られないだろう。
セクハラや露出などの行動を止める気もない、あれは存在意義の一つだ。
ではどうするか、と言うのが今回の話だ。
「どーするのー?」
膝の上にチョコンと乗ったレアが、心配そうな声をサイハテにかける。
「今の状況はストレスによるものだろう? レア先生はこういう時どうしたらいいと思う?」
近場に医者が居れば聞けばいいのだ。
「ぼくは、せーしんかはせんもんじゃない。だけど、こーいうときは、はっさんするのがいい。とおもう」
「やっぱりそうだよなぁ……」
だが、問題点が一つある。
「俺も遊ぶの苦手なんだよな」
「えー……」
お待たせいたしました




