八話:間隙の物語
千葉市北東にある自由経済派の都市ワンダラータウンは中心の富裕街に住む人間は千人程で、その周りを一万程の浮浪民が住むスラムで囲まれている。
スラムにはいくつかの犯罪組織が跋扈しており、バスソルトや煙草などの隠語で呼ばれる危険な麻薬を売りさばいていたり、年端もいかぬ少女が家族の為にと立ちんぼをしていたりと、治安は最悪だ。
秩序なんてどこにもなく、死体が雑草のように転がっている。
「ねぇ~ん、お兄さ~ん♪」
死体を増やしている要因その一、西条疾風に対して一人の少女がしなを作って声をかける。
「お兄さん、すっごく強いのね。それはあっちの方も強いのかしらぁん」
レアとさして変わらぬ年の頃の少女は、今日の日銭を稼ぐ為に、どこの馬の骨とも解らぬ男に声をかける。それがたまたまサイハテだっただけの事だ。
「み、水~……」
まるで猫の鳴き声のような声が、サイハテの足元から上がる。自家製ガス式火炎放射器で燃やされた男が、焼けた喉から絞り出す懇願だ。
「ちょっとうるさいわよ! こっちは今商売してんの! 黙ってて!」
そう言って少女は、炭化した男へと蹴りを入れた。その様子を見て、サイハテは少しばかり悲しくなる。押し付けられた理想に従って、守った国がこの体たらくになっている。
あの時、本当に死んでおくべきだったと後悔する。
「おい、いくらだ?」
サイハテは少女の値段を聞く。少女は今日の稼ぎが見つかった事に対して喜ぶ。
「一円と二十三銭!」
少女は答える。
彼女の値段は拳銃弾25発分位の値段だった、サイハテはポケットを漁り、牛革の折り畳み財布を取り出し、彼女の手に赤い一円札を二枚握らせてやる。
気前のいいサイハテに対して、少女は最上級のサービスをしてやろうと心に決める。もっと貰えるかも知れないからだ。
「それじゃ、あたしの部屋に……」
少女はサイハテの腕を引き、サイハテはそれに大人しく従う。入り組んだ路地を歩いて20分の所に少女の家はあった。あばら家で、枯れ木のような老婆が、スラムを流れる汚水で洗濯をしているのが見える。
「お婆ちゃんか?」
耳打ちすると、少女は首を横に振った。
「お母さんだよ」
少しだけ悲しそうな少女の言葉に、
「そうか」
とだけ返答して、二人は家の中に入る。部屋の中はベッドが三つと小さなテーブルがあるだけのあばら家だった。
少女はサイハテを誘うようにベッドへと体を沈ませる、潤んだ目で男を見る娼婦の流し目だ。
「俺は君を抱きに来た訳じゃない、君に頼みがある」
サイハテの言葉に、少女はムッとする。
経験上、こう言った男は碌な頼みをしないからだ。やれマフィアの男から情報を探れだの無茶を言ってくる。
そんな事をしてしまえば、死ねれば、まだマシな最後を迎えれる事態になってしまう。
「遺跡漁りの男から遺跡に対する情報を得て欲しい、沿岸にある元自衛隊基地がいいな……前金で赤い十円、成功報酬でもう十円、如何かな?」
合わせて二十円、少女のひと月分の稼ぎが目の前にぶら下げられた。遺跡漁り達はすぐに死ぬ。生きて帰ってくるのは凄腕ばかりだった、そんな男に見初められて、抱かれて情報を抜き出す器量が自分にあるのかどうか、少女には疑問だった。
「それと、こいつは俺から君へのプレゼントだ」
悩んでいる少女にもうひと押ししてやる。
サイハテが鞄から石鹸と化粧品をテーブルの上へとおいてやる、陽子たちが持っていた物を拝借してきたのだ。
使えば金を持っている遺跡漁りから見初められるだろう、サイハテとの取引は自分にとって最大の転機だと、サイハテは少女に誤認させた。
「や、やる!」
少女から帰ってきた元気いっぱいの返事に、サイハテは優しそうな微笑みを浮かべて頷いた。これで情報源が増えた。
サイハテはワンダラータウン内で独自の情報網を得ている、この辺りは昔取った杵柄と言う奴だ。
適当に街をぶらついて、お金を沢山使って帰ってくるので、陽子には悪い事をしているんじゃないかと疑われているが……まぁ、怒られる位なら許容範囲だと思っていた。
暇さえあればこんな事をしているが、財源はなんとマフィアの金庫である。夜な夜な忍び込んでパクっている。
「む?」
スラム街を練り歩いていると、地上波携帯電話がバイブレーションで着信を知らせている。
受信画面を見ると、陽子からの電話だと解る。受信ボタンを押すと陽子の声が受話器から響いてくる。
『サイハテ―、お昼ご飯作るけど、食べるー?』
今日も今日とて出かけずにご飯を作っているらしい陽子に、サイハテは内心笑ってしまう。隙に遊んでいいのに、彼女は義務を放棄する事はない。
「おー、食べる食べる」
外で食べると碌な目に合わないのが終末世界なので、陽子の食事がサイハテにとっても一番いいのである。
『あ、そうだ。レアが電子部品を欲しがってるから、外をうろついてる自動機械を一台持ってきてー』
ちょっとそこまで醤油買ってきてなニュアンスだが、自動機械と言うのは暴走したドローン兵器だ。榴弾ロケットや機銃で武装しており、普通の人間なら出会った時点でアウトだ。
「わかった、適当なドローンをぶっ壊してもってくわ」
『ありがとー、じゃねー』
そう言うと、陽子は通信を切った。
適当なドローンと言っても、陸戦ドローンに限られるので扶桑重工のB―27タランチュラ辺りを狩る羽目になりそうだと、サイハテはM1911を引っ張り出す。
45口径程度じゃ火力は足りないのだが戦い方と言うものがあるのだ。せめて7.62mmをと言いたい所だが、それは贅沢と言うものだ。
拳銃もあるし、レア製高周波ナイフもある。
(ビジネススーツだけで中国に乗り込むよりは幾分かマシだわな)
中国軍兵士は決して間抜けでも弱くもない。合衆国軍相手でないだけマシだったが、それでも強い者は強いのだ。
サイハテはスラムの入り組んだ路地を、迷うことなく外までの道を歩いて行く。
装備は野戦服とボディアーマー、相棒とナイフだけだ。チタンプレートを入れれば、低速の小銃弾位なら防げるが狙っているタランチュラは50.Calが標準装備だ。直撃すれば弾ける。
(……居た)
ワンダラータウンの外は木がぽつぽつ生えた湿地帯に囲まれている。背の高い草が生い茂り、あっちこっちに泥と沼地が点在する嫌な場所だ。
その湿地帯の中にタランチュラと呼ばれる四足の小型戦車が存在していた。
頭部に着いた光学センサーと背中に着いた熱源探知機、機体下部に括り付けられた50.Cal、錆びた装甲板を持つ対人兵器。
今タランチュラは給水パイプを出して、沼地から水を汲んでいる。水素発電機を動かす為に補充しているのだろう。
その様子を見たサイハテは、沼地に腹這いになると沼地の冷たい泥を全身に塗り始めた。サーモグラフィーを誤魔化す一手だ、万全のサーモグラフィー相手だったら意味がないだろうが、劣化したあれには十分な欺瞞だ。
ジリジリとタランチュラに接近する。
サイハテは音も無く、草にも触れず、蛇のようにタランチュラへと接近する。
距離は30m、もう十分だろうと判断したサイハテはM1911を構えるとゆっくり狙いを定める。
狙いは古臭い光学センサーのレンズ部分。拳銃弾二つ分位の小さな穴だが、ピンホールショットが出来るサイハテには関係ない事だ。
「……………………」
そのまま引き金を引く、火薬の爆発力で弾きだ出された弾丸が空を裂く。
小石のような小さなメタルジャケットは、まるで吸い込まれるにレンズへと突き刺さり、タランチュラのAIに膨大なエラーを吐き出させた。
――――ギュイイイイイイイイイイイイ――――
タランチュラが大きく身を揺らすと、錆びた接合部が悲鳴のような音をあげる。
エラーで一時硬直したAIを再起動させたタランチュラは、センサーを光学から熱源へと切り替えて周囲の索敵を行う。
だが、その行動はあまりにも遅かった。
サーモグラフィーを作動させた時には高周波ナイフを抜いたサイハテがすぐそこまで迫っていたのだから。
「ふっ!」
背中に飛び乗ったサイハテは高周波ナイフで突き出た熱源探知装置に斬りかかる。
根本から派手に火花を散らせたそれは、僅かな抵抗の後、あっさりと切断される。
背中にあるメンテナンスハッチをナイフでこじ開け、中の巨大CPUに数発銃弾を放つと、タランチュラはあっさりと動きを止めた。
「……ふいー」
予備のCPUで再起動しないのを確認した後、サイハテは安堵の息を吐いた。
タランチュラを解体して、中の電子部品だけを取り出し、50.Calを拝借すると、サイハテは帰路に着く。帰ったら泥を落として昼飯だ、その後、何をしようかと悩んでいた。
書けば書くほどダメになってる感じがしますね
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