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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
序章:傾いた総合病院
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四話

 隔離病棟から通常病棟へと向かう渡り廊下、そこには感染者が逃走しないようにと鉄格子が嵌められている。

 鉄格子の先には防護服を洗い流す除染シャワー室が設けられており、ここに隔離されていた患者達がどんな病を患っていたかは想像に難くない。

 人権団体が隔離病棟は人道的配慮に反するなんて訳の分からない事を言っていたが、なれば彼ら、若しくは彼女らもここに入って同じ病気に罹ればいいのだ。大人が発する言葉にはそれ相応の責任が降りかかる、それが解らない奴らがこの世界を作ったのだろう。


「……ちっくしょー、これは無理だな」


 陽子が小難しい事を考えている間に、サイハテは鉄格子を開けようと四苦八苦していた。

 鉄格子の錠前は電子制御で、電源が落ちると絶対に開かない仕組みになっているようである。


「……開かないの?」


「ああ、電源を復旧させたい所だが……主電源は向こうにある。ここを開くなら40アンペアの電源が必要だな」


 ここの電源じゃ全く持って足りない事は言わなかった。

 なにせ脱出不能ではないのだ、これくらいのピンチならサイハテは何度も現役時代に経験してきたのだ、ここは病院だし、構造上から脱出不能と言う訳でもないのだから。


「一階に行ってみよう、脆くなった壁から脱出できるかも知れない」


「うん」


 サイハテの言葉に、陽子は追従する。

 一階へと降りる階段で、陽子はある事を疑問に思う。

 電源が落ちたならば、中にいるのは人間なのだからどうして開かなくなるのだろうか、人道的配慮からこう言った場合は開く様になるのではないのだろうか。


「ねぇ、電源が落ちると開かないって、それどうなのかな?」


「……」


 サイハテは足を止めると陽子の顔をじっと見つめる。

 何を考えているかはわからない表情だ、無表情と言うのはこう言った表情なのだろうと陽子は思う。


「……一般的に隔離病棟ってのはな」


 彼の口調は妙に重苦しい。


「感染力が高くて、治療法が存在しない病気にかかった人間が入院するところだ。警備員も対ウィルス処理されたガスマスクを持っていただろう」


 それを言ったきり、サイハテは再び階段を下り始めてしまう。


「それじゃ、中に居る人は? 災害の時とか……閉じ込められちゃう」


「……その場合は災害時に行方不明になるんだ」


 行方不明。

 その言葉に陽子は目尻に涙が浮かんでしまう。家族に会うこともなく、この狭苦しい病棟で飢えと病気に苦しんで死んでいくのだ。

 大多数を生かすために、真実すら隠匿されて、ここで腐って行くのか。


「そんなの、間違ってるわよ……」


 陽子の呟きにサイハテは答えない。

 黙って階段を下るのみである。

 一階に辿り着くと、そこは地盤が沈下しているのだろう、罅割れた壁から水の浸水に置かされていた。薄暗い湿地に生えるような植物が咲き出している。


「何が正しいか、何が間違っているかはそんなもん自分で決めろ。他人に認めて貰わないと解らない程度の正しさなんてなんの意味もない」


 サイハテは膝下まで浸水した一階の床に降りると、そう言い放った。


「……それって何? 私を慰める為の言葉?」


 陽子は目尻に浮かんだ涙を拭い、サイハテに問いかける。


「違う」


 サイハテは一階をどこで拾ったか解らないL字ライトで照らしながら言葉を続ける。


「正義の抱き方だ」


 返答は重かった。

 決して他人に与えられるものでも、ましてや学校で教えられるものでもない。自分で決めて、自分で実行して、自分が責任を取るものが正義と言うのだ。


「正義ね……」


「ああ、正義だ」


 英語のジャスティスと日本語の正義は似ているようで違う。

 その後、二人は黙って浸水した一階をゆっくりと進んでいく。壁から流れ出て一階を侵食する水は透明感があって非常にきれいだ。

 足元の罅割れてデコボコになった床がよく見える。


「ねぇサイハテ、ここ、とめどなく水が流れてきているのに水没しないのは何でかな?」


 陽子は水草に足を取られないようにしながら、サイハテに尋ねる。

 この重苦しい空気を換えたいのもあったし、単純にだんまりで関係が悪くなる事を避けたかったのだ。


「ん、多分、どこかからか水が流れ出ているんだろう。小さい穴ではなさそうだな。もしかしたら外へと通じてるかも知れない」


「へぇ、私達ツイてるわね!」


 無理に明るくしようとする陽子に、サイハテは苦笑する。

 彼女の肩を優しく叩くと水の流れに視線をやってゆっくりと一階を進んでいく、五分程歩いた頃だろうか、その水流が地面へと流れ込んでいる場所を発見する。


「……なるほど、地下室か」


 地図には存在しない地下室がそこにはあった。


「……地下室なら通じてないんじゃない?」


「いや、多分どこかに繋がっている。地下水脈の可能性が高そうだが」


 そう言うや否やサイハテは陽子に自分が背負っているバックパックを押し付ける。


「ちょ、もしかして潜る気なの!? 死んじゃうわよ!!」


「流れは緩やかだ、多分いける」


 多分では困るのである。

 陽子がおろおろとしている間にサイハテはとっととその穴へと飛び込んでしまう。


「俺が30分戻ってこなかったら、他のルートを探せ。間違いなく死んでるからな」


「ちょ、ちょっと!」


 陽子はそう言い放って潜るサイハテに手を伸ばす、しかし、彼は止まる事もなく水中へとその姿を消してしまう。


「どうしろってのよー……」


 仕方ないので、陽子は近場にあるセリ出た岩……恐らく崩落した天井の一部に座ってサイハテを待つ事にする。

 ブーツを脱いで、足元を流れる水につけてパシャパシャやっていると十分でサイハテが戻ってきた。


「おかえりなさい、どうだった?」


 全身びしょ濡れのサイハテに陽子は声をかける。


「通じてるぞ」


 濡れた前髪を搔き上げたサイハテはそう答えてくれる。どうやらこの水路は向こう側に通じており、脱出できると言うことなのだろうが……問題がある。


「……サイハテ、私、着衣水泳出来ないんだけど」


 そもそも服着て泳ぐ事が出来る人間はごく少数である。


「……脱げばいいだろ」


 サイハテの言うこともごもっともではあるが、陽子の背中には食糧と水の入ったバックパックが存在するのだ。


「これどうする?」


「俺が持つ、それくらいなら持てる」


 どうやら、この水路を進むのは確定らしい。

 陽子は視線でサイハテに背後を向かせると溜め息を吐いて、自分の服に手をかける。素っ裸で水泳など一体何年ぶりであろうか。

 白昼で素っ裸になったのはさっきぶりではあるが、泳ぐとなると話は別だ。というか、恥ずかしさが別だ。


「……こっち見ないでよ」


「ああ、俺は脱がしたい派だ。安心するといい」


「これっぽっちも安心できないんだけど!?」


 そんなやり取りをしながら、陽子とサイハテは水路の中へと身を沈ませる。

 水中は綺麗な水で満たされており、かなり先まで透き通って見えている。プールの水位綺麗なんじゃないだろうかと陽子は思ってしまう。

 平泳ぎで水中を進むサイハテの後に、陽子は続く。

 あの缶詰やら水やらを積載したバックパックを二つも担いで、どうやったら水中をあのように進めるのかと気になってしまう。


(い、息が……息がヤバい……!)


 そんな事より水中を進んで30秒で、陽子は死にかけていた。

 サイハテは往復で十分程かかっていた、恐らく、三分程の道のりなのだろうが……陽子は一部除いてただの中学生である、三分も息継ぎ無しで泳ぐのは不可能なのである。

 潜ってから今は一分、故にもう限界。

 陽子の視界はブラックアウトするのであった。

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