四話:殺したい程に憎い
レア・アキヤマ。
日本人とドイツ人のハーフにして、時代を沸かせた天才発明少女だ。彼女が作った物は大抵が兵器、と呼ばれるソレだった。
正確に言うならば、作った物が兵器に転用された。のだが……。
彼女は天才だったが、誰かに利用される事しか出来なかった。彼女が二十歳を超えていて、政治方面にもその才能を使っていたら、人類の未来は違ったものになっただろう。
レアの記憶には、あの忌々しい老人の姿がまだ残っている。
彼はレアが完成させたALIVEの研究データを破壊せしめた。そして彼は、外部から破壊されつくした記憶媒体を見てこう言った。
「わしは見た、若者がやったのだ。そこにいるレア博士とレア派閥の奴らが、わしに嫉妬してやったのだ」
とんでもない嘘だった、完成させたのはレアだし、彼はダメ過ぎてレアに叱られる事もあった、それを恨みに思っての犯行だった。
レアがギフトボックスに押し込まれるとき、彼は懐からあるものを出してこう言った。
「わしが世界を救うから、君はそこで指を咥えてみているがよい」
それはレアが後生大事に持っていた珪素記憶媒体とALIVEのサンプルだ。
そこには死んでしまった父と母が、外国の大学に行くレアに対して送ったエールが入っている。
「でーたを……かえせ! それはぼくのだ!!」
レアが叫ぶ。
すると彼はレアに歩み寄り、年端もいかぬ少女の頬へと拳をお見舞いした。彼は言う。
「これは年上に逆らった罰と躾だ、子供達には年上は神であり、逆らってはいけない事を教えなくてはならない」
老人至上主義、現代日本では敬老の精神と呼ばれる主義を叫んだ彼は、周りの人間から非難されるどころか喝采された。そして周りの人間は思い思いにレアを罵ると、その小さな体を皆で楽しく叩いた。
彼らは満足するまでレアを殴ると外科治療ナノマシンを植え込むと、ギフトボックスへと押し込んで、レアを封印した。
「おまえたちを、かならずころしてやる。はるかさきのみらいでも、おまえたちにくつじょくのしをくれてやる。おまえたちにひとはすくえない、かならずみらいで、ぼくとあう」
温度の下がるギフトボックス内で、レアは呪詛を吐く。
そのレアの呪詛を、老人の彼は負け惜しみだと笑い飛ばした。
その後、彼はサンプルを患者に注入して、一人の患者をH‐DIEから救う。
彼は世界に対して発表をした。
レアの持っていた記憶媒体からデータを再生……巧妙に文章データに偽造されていたレアの思い出は解析ソフトを通して、全世界に発信された。
笑う壮年の男女、彼らが口にするのは愛しい一人娘に対するエールだけだ。
彼らは口にする。
「私達のかわいいレア」
「自慢の娘、レア」
「優しいレア」
彼女の名前には、無限大の愛情が詰まっていた。
それと同時に、排斥されたレア派残党が世界各地で一斉に蜂起する。彼らが世界最大手の動画サイトに発信した一本の動画は、先程の愛されている少女が、地球人類の為に尽力して、そして、得意げな表情をした老人達から袋叩きにされる映像だ。
「こ、これは嘘だ!!」
老人は叫ぶ。
「世界を救おうとしたわしに対する嫉妬から行った行動なのだ!!」
老人たちは確信していた、レアがギフトボックス内で眠っている今、地球人類を救えるのは自分達だけで、年寄りは全ての人間から愛され、例え犯罪を犯しても、笑って許されると。
「中田俊三を逮捕しろ」
これを見ていた合衆国大統領はホットラインでこう言ったらしい。
しかし、世界は秩序を失ってはいなかったのである。
すぐさま要職に着く老人達全員を逮捕し、ギフトボックスへとぶち込んだのだ。
世界はレアの願いを叶えた。
遥か先の未来で、老人達に屈辱的な死をくれてやれとレアに言ったのだ。
その数年後、文明は消え去った。
そして、更に長い年月が流れ、傾いたビルの一室で少女が目覚める。
「……」
少女はギフトボックスから起き上がると、いつも眠そうな目を擦る。傷跡一つないまっさらな体に、少しだけ膨らんだ胸の奥底で燃え上る憎悪の炎。
これがレア・アキヤマと言う少女だった。優しさは死した両親の元に、貰った愛情は中田に奪われ、目標は老人至上主義に破壊しつくされた。
レアはビルの外を覗いて、ほくそ笑む。
切り札が向こうから歩いてきてくれたと、彼女の視線は荒廃した都市を歩く二人の男女に向けられている。
「ありがとう、うんめい。ありがとう、せかい。ぼくのもとにジョーカーがねぎしょってやってきた!」
その後は知っての通りである。
地形を熟知したレアは、サイハテ一行の前に先回りし、ワザとバンデッドに見つかる計略を実行に移し、サイハテの仲間へと加わる事が出来たのだ。
「みかんかーん」
列車百足から逃げた一行の車内で、レアは無邪気に振る舞う。サイハテがこちらを見て、少しばかり微笑ましそうだ。
(西条疾風、僕を軽蔑するかい? 僕は復讐の為に君を躍らせる。それを悪い事だと、君は思うかい?)
舌ったらずないつもの口調とは違い、脳内での思考はスムーズ。
(いいんだ、軽蔑してくれ。憎んでくれ。それでも、あの老害達は殺して貰う! 君は僕の英雄なんだから!)
レアは演じ続ける。
己の憎悪が胸を焦がす限り、サイハテを利用し続ける。心にぽっかりと空いた穴を怨敵の血で満たすまで、レアは周囲を巻き込んで踊り続ける。
(それには、君は昔を思い出してもらわないと困る。君は僕の英雄なんだから、英雄らしくなくっちゃね!)
日本最強の兵士、ジークになってもらわないと困るのだ。
レアはシロップ漬けのみかんを口に押し込んではにかむ。自分がどう可愛く見えるのか知っている。
どんな顔をすれば、男は劣情を催すか、レアは知っている。無邪気で何も知らない研究一筋の美少女なんて嘘っぱちだ。
(ねぇ、西条疾風、僕は可愛いかい? 抱きしめたいかい? 頭とか撫でたいちゃいかい? 側は綺麗でも、中身は汚濁の如し僕を、可愛がりたいかい?)
レアは、自分の過去を話すサイハテの横顔を見ながら、心の中で問いかける。
(いいんだよ、西条疾風。君は僕の物だ、僕は君の物だ。この小さい身体に男の劣情をぶつけても構わないよ。娘のようにかわいがるのもいいね。気まぐれに殺されても君にならオールオッケーさ。だけど奴らは必ず殺して貰う、屈辱的な死を彼ら全部に与えて貰うよ)
憎悪を秘めた少女の思考は、既に壊れていた。
かわいいロリだと思った?
残念、毒婦でした!




