十九話:友を追いかけて
突如施設内の電源が落ちる、サバト第七連隊所属の安田は面倒臭そうに天井を見上げた。
第七連隊は遺跡漁り専門の精鋭だ、潜る遺跡は二百年以上も前の遺跡であったりして、何をどうしても電源が落ちたり、崩落したりのアクシデントに見舞われる。
こんな事は慣れっこ故に、その為の対応も非常に面倒臭いものであった。暗視スコープを使って電源を復旧しなくてはならない。
「こちらデルタ9、アルファチーム、聞こえるか。電源が落ちた、変電施設に異常はないか。オクレ」
無線機を引っ張り出して、変電施設の確保に向かったアルファチームへと連絡を入れる。
『こちらアルファ3、変電施設はボロいが現在も問題なく稼働中、発電施設も問題ない。恐らく送電線ではないか? オクレ』
「了解、こちらで確認する。オワリ」
案の定だ、ついてないと安田は溜息を吐く。
余所見をして煙草を吸っている小林を肘で突き、地下の送電線を点検するぞと伝える。
あからさまに嫌そうな表情を見せた小林を、再び肘で小突いて先導させる。小林は渋々と小銃を構えると、送電線が集中していそうな院長室の前までのっそりと歩み始めるのだ。
「おい、安田」
クリアリングをしながらの移動の為に、どうしても歩みが遅くなる。
「なんだよ」
まぁ、敵がいないのは、先に突入したチャーリーチームの働きで解っている。先程パッケージを確保した隊員が走り抜けたし、銃声は聞こえたが中村の敵を始末したの無線も聞こえた。
故に、小林が話しかけてきたのは、少し位のお喋り程度なら許されると判断しての行動だ。
「さっきから視線を感じないか?」
いきなり頓珍漢な事を言いだした小林に、安田は眉を顰める。
「おいおい、ここに来るまで見落とした部屋はないぞ。それにここは一本道だ。背後にも、前にも誰もいない。昔ここで死んだ亡霊でも居るってか? ありえないね」
安田は鼻で笑うような言動を取り、小銃の先で前へと進むように指示をする。
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ。マジで誰かに見られてるんだって、俺の兵士の勘がそう告げているぜ」
「小林~。お前の勘程当てにできんものはないぞ。この前だって銀蠅に行ったら料理長に見つかって大目玉だったじゃないか」
銀蝿とは食糧を盗むことである。
「あ、あれは……もういい。さっさと行くぞ」
小林は安田の反論にぐうの音も出ずに、仕方なしに会話を打ち切ってしまう。
だが、小林の直感は正しかった、何しろ、サイハテは和やかに会話する彼らの頭上、即ち天井に張り付いていたのだから……。
天上から、ぬっと腕が伸びて二人の背後に迫る。後に残るのは頸椎を砕かれた亡骸のみ、天井に張り付いていたサイハテは音もなく床に降りると、二人の死体を運び始める。
これで二人はMissing In Action、戦闘中行方不明だ。
『こちらアルファ3、デルタ9、応答せよ』
唐突に、無線機が鳴りだす。
サイハテは無線機を取ると何度か喉を鳴らし、無線機に向かって喋りだす。
「こちらデルタ9、アルファ3。要件を述べよ」
声色も、喋り方も、先程死んだ安田そのものだった。
『送電線に異常はないか?』
「送電線に異常はない、が灯りはまだ点かない。恐らく地上の送電線ではないか。我々はこのまま撤収する」
『了解、撤収は許可されている。ところでチャーリーチームは見たか? 応答しないんだ』
「チャーリーチームは見た。どうやら、戦闘中に無線機が故障し、連絡が取れなかった模様だ。現在、彼らは地上へと向かっている。我々も地上へと向かう」
『了解、パッケージはヘリに積み終わった。お前達が戻ってくれば出発だ』
無線機を切る。サイハテは情報をベラベラと喋ってくれた馬鹿どもに内心礼を言う。目撃者は全員死んだ、サイハテの姿を知る物はいない。
「待ってろよ」
通信機を握りつぶしながら、サイハテは呟く。
地下に居る敵は先程倒した二人組で最後だ。奴らが撤退するまで時間がない。
つまりはこれから強行突破するしかなくなったと言う訳だ。その事実に思わず笑ってしまう。
これらの結果は全て自分の慢心が招いたものだった。悪夢の百合が地下の部屋に訪れたのなら、その上階に敵が詰めている事位予想出来ただろう。
「レア、聞こえるか?」
おまけにレアからの応答もない。
彼女はエレベータを動かせる施設にいるはずだ。捕まったか、殺されたか、はたまた逃げてどこかへ潜伏しているか。
サイハテは自動小銃を構え、銃剣を取りつけると階段を駆け上がり、一気に出口を目指す。
一階に出ると、ヘリのローターを回す爆音が週に響いている、敵の足音も聞こえない程の騒音だが、先程の情報を信じるなら一階に敵はいない。
入り口から飛び出し、周囲を見渡す。一機のヘリが地上から離れる所だった。開けっ放しの扉からは縛られた陽子の姿が見て取れる。
撤収準備を終えていた兵達にフルオートでの射撃を加えて、サイハテは飛び上がったヘリに向かって走り出した。
走りながらもマガジンポーチに手を突っ込んで、新たなマガジンを取り出す事を忘れない。使い慣れた銃だ、体に染み込んだ発射レートから残弾数だって解っている。
セクターレバーをレからタに切り替えて遭遇する敵兵達に、射撃を加えていく。
「クソッタレ! なんであいつは走りながら弾を当てれるんだ!」
サバト兵からの悪態が聞こえ、サイハテはそいつを撃ち殺す事を返事とした。
手に持ったマガジンを、銃のマガジン底部に当てて、空になったそれを弾き飛ばし、新たな弾薬をリロードする。クイックリロードと呼ばれるそれだが、サイハテがやったのは曲芸に近い。
手元を一切見ず、走るスピードも落とさずに行われた曲芸に、サイハテ自身は舌打ちする他ない、何しろ、曲芸に頼るしかない状況にまで追い詰められているのだから。
コッキングレバーを引いて、チェンバーに弾薬を装填して、サイハテは再び目の前に立ちふさがるサバト兵を薙ぎ払う作業に戻る。
こうしている間にもヘリの高度はどんどんと上がっていく。もはやヘリの隣に建つ、三階建ての建物位の高さまで上がってしまっている。
「ぬぅあああああああああああ!!」
サイハテが吠える。
弾詰まりを起こした小銃を敵兵に投げて突き刺しながら、三階建ての建物へと昇り、ヘリに飛びつくのだ。




