十七話:狸
飛び散る空薬莢の音が部屋の中に響き渡る、発砲音と合わせればそれはまるで小さなオーケストラだ。それにしては少々喧し過ぎるが、味方にとってはこれ以上ない位の進軍歌に、敵にとっては最悪の鎮魂歌に聞こえるはずだろう。
劣化した火薬は不完全燃焼を起こし、硝煙による小さな煙幕と化してしまっている。鷹の目を持つ陽子も、この煙幕の前では目を凝らすしかない。
「……ちっ」
サイハテの舌打ち、フルオートにより熱を持った銃身が煩わしいのか。陽子はいい方にと考えようとするが、それは希望的観測でもなんでもない。
「目標顕在、ダメージゼロだ。化け物め、どんなグレードのプレートを入れてやがるか」
「い、いやいや……これ、対装甲兵器よ? 適正距離の400m地点から撃てば戦車の側面装甲をぶち抜く威力があるのよ? これを受けて無傷だなんて。そんなボディアーマーがあるわけないじゃないの」
苦虫を噛み潰しまくったような表情のサイハテに、陽子がツッコミをいれる。
ぼんやりと、そんな銃を競技用にしようするのは一体全体どういうことなんだと、サイハテは思ってしまう。
「銃なんて無駄よ♪」
硝煙の壁を、悪夢の百合が突っ切りこちらに姿を現す。百合と評されるだけの美しい容姿と、百合の香のような声を持つ女だ。
「……レアの持っていたものと似た、バリア系の防弾装置か」
サイハテの推測に、悪夢の百合はにっこりと微笑んでみせると、手を叩いて賞賛の意を送ってくる。
「流石、かつての英雄ね。貴方の時代にはないものも推測でピタリと当てる……もう、私に対する対抗手段も思いついた頃かしら?」
細くなっていた目が開かれて、青い瞳がサイハテの姿を映し出す。
「……」
対するサイハテは無言である、相手の動きに対応できるようにゆっくりを腰を下ろすと、背中のポーチへと手を伸ばすのだ。
「そうそう、戦いの基本は格闘よねぇ」
それに呼応するように、悪夢の百合も、腰を落とすと、何もない空間から一振りのマチェットナイフを引っ張り出す。まるで魔術師のような女と、陽子はガウスライフルの銃口を向けて思う。
「阿呆、俺はもう作戦目標を達したんだ」
相手を小ばかにするような口調、その口調と共に取り出したのは一つのグレネードだ。
「御飯事は一人でやっているんだな。お嬢ちゃん」
放たれるグレネード、放物線を描かずにピッチャーが投げるストレートのように、目標である悪夢の百合へと飛んでいく。
彼女は微笑む、陽子はその姿を見て、未来を感じる。
サイハテにひっつかまれながら見た未来では、そのグレネードは弾き返されて、脇をすり抜けたサイハテの元で爆発する。
信管は三秒、どう頑張っても、二回目は弾き飛ばせない。
「所詮伝説は伝説ねぇ……」
グレネードは陽子を抱えて走るサイハテの元まで飛んでくる。
サイハテは足元に転がったグレネードを飛び越え、開いたままのエレベータまで突っ走る。残り一秒、どう頑張ってもグレネードはエレベータへと辿り着く前に爆発し、鉄片を周囲に撒き散らして、生き物を殺傷するだろう。
陽子は恐怖のあまりに目を閉じる。
しかし、いつまでたっても、轟音やら爆風、または鉄片などは飛んでこなかった。思わず目を開けると、陽子を小脇に抱えたサイハテが、陽子と同じくキョトンとした表情の魔女を見つめてニヤリと笑っていた。
「閉所で爆弾を使うのはナンセンスだ。それにピンを抜いたか抜いてないか位は、判断しないとならん。相手が目視できる距離にいるのだからな。いい男ばかり見ていると火傷するぜ、お嬢ちゃん」
その捨て台詞と共に締まるエレベータの扉、二人を乗せた偽物の部屋はゆっくりと上昇を始めるのだ。
「……………………」
陽子は、魔女をすっかりと謀った男を見上げる。
「……凄まじいペテンね」
「無駄な戦闘を行うより、逃走した方が安全だからな。悪いが小手先の技術で騙させて貰った」
背後に隠したグレネードを、見せないように投擲し、本人は陽子をかかえて敵を迂回し、注意を集める。敵が焦っても、冷静に打ち返してきても本人は逃げれる三段だ。
おまけにアドバイスめいた挑発まで吐いて行きやがった。
「やっぱりあんたとんでもないわ」
「はっ、俺は伝説らしいからな。龍の息吹を吐いたり、聖剣を持ったりはしないが、ケツの青い小娘の一人や二人誑かすのは朝飯前だ」
おひさしブリーフ、PC故障から復旧しますた。
書き溜めが全部パーになりましたけd




