十五話:かいぶつ
本棟の地下、そこに金属プレートの掲げられた院長室がある。
昔、子供だった頃に徹底的に調べ上げたはずの部屋に、レアは何かあると言う。増築されたのか、それとも、サイハテが気が付かない何かがあるのかは、不明だ。
「ここが院長室ね!」
部屋をクリアリングしたサイハテの後ろに続いた陽子が、そんな事を言い放つ。
「ああ、ところでそのポンチョ。ちょこっと捲ってみ?」
「絶対イヤ」
サイハテも、元の調子を取り戻して、陽子にセクハラをするようになってきている。
ともかく、院長室に来てみても、既に調べつくした部屋であり、何かを調べると言うことはしなかった。
「ちっ……レア、院長室についたぞ」
『わかった、いまからえれべーたをうごかす』
無線機から響いた言葉に、何かを言う前に、部屋全体が振動する。それと同時に僅かに体が浮遊するエレベータ特有の感覚に襲われて、無理矢理納得させられてしまった。
「部屋全体がエレベータだったのか」
おまけに、離れた場所にエレベータを動かす機械があったらしく、配線も中からは見えない様に地面と壁に埋め込まれたタイプのようだ。
出入口はエレベータだけの、秘密資料室行き……って訳でもなさそうだなとサイハテは思考する。
「レア、この先には何があるんだ」
再度、通信機に向かって疑問を放ってみるが、返答はこない。
先に何があるか位は教えてほしいものだが……説明するより見た方が早い、と言うのはどういう事なのだろうか。
そんな思考や問答をしている内に、エレベータは音を立てずに停止し、サイハテは木製のドアへと手をかける。
86式……89式に先駆けて開発された特殊部隊用の小銃を構えながらゆっくりとドアを開き、外に敵が居ない事を確認する。
「……クリア」
敵影無しと、後ろの陽子に伝えてから、エレベータから身を出す。
周囲はまるで研究所であった。壁一面にズラリと並んだ巨大なビーカーに、等間隔に置かれたコンピュータの光る計器が、薄暗い部屋をコントラストに映し出している。
「……なにこれ、怪しいわね」
後ろで陽子がそうぼやく。
確かに、怪人を作り出してますよーと言われても、疑う事が出来ない位には怪しい研究室なのだ。置かれているコンピュータは全てサイハテの時代より古い物ばかりだ。
「ビーカーの中には、何かしらの溶液……この色合い、まるで羊水だな」
恐らく、美肌効果を期待できるような液体なのは間違いないだろう。
いくつかのビーカーをみながら、部屋の最奥にあるドアへと近づいて行く。距離にして12メートルほどの短い距離をゆっくりと歩き、サイハテはドアノブへと手を伸ばす。
「ここ、なんなのかしらね」
後ろではビーカーを見ながら陽子がぼやいている。
ドアノブをゆっくり回し、押しながら開けると、サイハテはその部屋の中央にあるものに、思い切り顔を顰める羽目になるのだ。
「……俺が居る」
部屋の中の巨大なビーカーに、西条疾風が浮かんでいたのだ。
しかも、その西条疾風は、サイハテが覚えている最後の姿と酷似している。両腕が無く、鳩尾から下が消失している明らかな死体。
浮かんでいる西条疾風は、両目を閉じて眠っているような様子に見える。まるで今にも動き出しそうな位には血色もよく、健康的ではあるが……五体不満足どころか、三分の一位しか残っていない状態では動き出したくとも動けないだろう。
「わ、なにこれ……」
追ってきた陽子も、驚いているようだ。
「グロイサイハテがビーカーで浮かんでる……」
失礼な評価である。
どうせレアは答えるつもりはないのだろう、それならば、自分自身で調べるのみである。サイハテはビーカーに向かって、86式を構えると迷うことなく、引き金を引き絞る。
5.56mm弾がカービン銃の銃身から発射され、容易く強化ガラスに罅を入れる。すると内部の圧力によって、その罅が大きく広がっていき、最後には音を立てて砕けて、内容物をサイハテの眼前まで押し出してくれる。
「ひぃ!」
陽子が怖がっている、流石に死体が流れてきたらこれが普通の反応であろう。
「変態が二人に増えた!」
失礼な奴である。
先ほど見せたやさしさはまやかしだったに違いない。
腰のホルスターからナイフを引っ張り出し、吐き出されたサイハテ(欠片)へと近寄る。そしてそのまま、サイハテはサイハテの額にへとナイフを叩きつけるのだ。
肉を裂き、骨を砕く嫌な音が狭い空間へと木霊する。
「ちょ、ちょっと、何してるの? 変態って言った事怒った?」
ちっとも怒ってなんかいない。変態なのは事実だ。
しかしそれより、確認しなければならない事がある。サイハテがサイハテの死体の頭部を砕くと中身を露出させる。
陽子が気分が悪くなったのか、青い表情をして目を反らしている。
「……やはりか、脳がない」
頭の中はからっぽであった。
それは決して、青い狸型ロボットがやってくる小学生と同じ理由なのではなく、物理的に、脳が消失していたのだ。ご丁寧に脊髄まで抜き取られている。
「脳がないの? ……それって」
それが意味している事はただ一つ、死んでいるサイハテの方が本物で、生きているサイハテは脳移植をされた別人であると言うことだ。
「間違いなく、エージェントジークは死んでいる」
サイハテはそう言い切ると、頭の中に次々と湧き上がる疑問を整理していく。
少なくとも、あの時代の最先端医療でも、西条疾風は助からなかったはずだ。しかし、奇跡的に脳が残った西条疾風をサンプルとして冷凍保存した奴らがいる。結果、後の時代で、西条疾風の脳を誰かに移植して、蘇らせた誰かが居る。
少なくとも、この体に拒否反応も違和感もない。まるで人形焼のように傷跡から何から全て違和感ないように仕上げられている。
「レア、俺を復元したのは君だな」
疑問形ではなく、確認の為に問う。
そもそもがおかしいのだ、西条疾風の姿は、小説の一枚位しか残ってはいない。あれは横顔で、顔にマフラーを巻いていて目しか見えてない写真だ。
レアが何故西条疾風の事を……それも日本名で知っていたかは不思議であった。あの小説には諜報員ジークとしか書かれていない。ならば答えは単純だ、サイハテの姿を見たか、それともこの体を作ったかのどちらかなのだ。
『……そう、あなたをよみがえらせたのは、ぼくだよ』
白状までには時間はかからなかった。
「そうか」
サイハテの反応も淡白なものだ。
咽頭マイクに手を当てたまま、サイハテはゆっくりとレアに対して語り掛ける。
「君は、何故俺を蘇らせた?」
科学技術を復活させるレアの護衛であるならば、もっと適正のある人間だっていただろう。何しろ、西条疾風は協力するかどうかもわからないイレギュラーなのだから……目的は別にあるとみていい。
『あなたには、なぞがおおすぎる』
レアの言葉が、イヤホンから流れてくる。
『あなたはしらないだろうけど、あなたのいでんしは、かこすーひゃくねんにさかのぼっても、るいじするものがそんざいしない』
サイハテは、その言葉を聞いて首を傾げる。
一応遺伝子工学の触り位は、サイハテとて収めている。人類としての遺伝子なのだろうが、世界中の誰にも似ていないと言われた。
つまり、西条疾風は人間の子宮から産まれた訳ではないと言っていいだろう。
(つまり、この部屋は……)
『そこにあるしりんだーは、じんこーしきゅー』
予想は当たっていたようだ。
『さいじょーは、きゅーわりのかくりつで、じんこーてきにつくられたにんげんであると、ぼくはろんずる』
デザインヒューマン。
それは遺伝子を組み替えて生み出される人類の事、人工的に天才を再現する画期的なシステムであり、外道の分野になるであろう。
『さいじょーは、ごみすてばでひろわれたこどもじゃない。あなたは、じんぞーにんげん。そこでうまれた、ひとりのかいぶつ』




