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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
序章:傾いた総合病院
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三話

 サイハテの言葉に頷いて、向かった先の食堂ではクーラーが効いていて涼しく、なんて事は一切なかった。

 ただ、食堂の奥にある貯蔵室には食糧と飲料水が存在していた。

 流石に生物は風化し過ぎて化石のようになってしまっているが、未来の技術で保存されたパック食品や缶詰などは十二分に食べれそうだ。

 そして何よりうれしいのは水だ。

 真空ボトルに詰められた水は、流した分の汗を補給してくれる。

 陽子はボトルに直接口を着けてがぶがぶと水を飲んだ。


「で、自己紹介だっけ? 改めてやるってのも、なんだかねぇ」


 陽子は水を置くとそう言って、唸った。

 喋れることなんて、さっきので大体全部だ。


「えっと、私は西暦2055年7月7日生まれの14歳で、さっき言ったようにオリンピックの射撃のメダリスト、他は……うーん、さっきまで学校の帰り道にいたわ。起きたら全裸であそこだった、それ以外は普通の女の子、だと思うわ」


 彼女の言葉は自身なさげである。

 逆にあんたは? とでも聞くような視線をサイハテへと向けている。


「……西条疾風、西暦2000年6月28日生まれ、今年で19、外務省に勤務する役人だ」


「がいむしょぉ? あんたが?」


 意外にも程がある、しかも19で外務省に入省するのは普通に有り得ない。


「ああ、日本情報局、通称NIAの役人だぞ。俺は」


「……役人じゃなくて、スパイじゃないの」


「そうとも言うな」


 半眼になった陽子のツッコミに、サイハテはカラカラと笑う。


「任務内容は中立国への親日化工作、敵対国の弱体化などだな。要人警護なども俺の仕事だ」


「へぇー」


 ちゃんとスパイやってるんだと陽子は感心してしまう。

 映画で見たスパイなどがやっている事をサイハテもやっているのだろうかと想像すると、妙にしっくり来てしまう。彼の体は傷だらけだったし、よく鍛えられている。

 それにあの記憶力なども頷ける。


「あの変態行動にも何かしらの意味があった訳ね!」


 変態行動後のサイハテは真面目であった、だからなんらかの意味があったに違いないと陽子は思う。


「ああ、あれか。あれはな……」


 出会った頃の行動を思い返し、サイハテは笑う。

 そして人差し指を突き出して意味深な間をあける、陽子は目の前のスパイ、サイハテが何を言い出すかと生唾を飲み込んで聞き入る。


「趣味」


 陽子は椅子からずり落ちてしまった。


「……あんた色んな意味でとんでもない男ね」


「よく言われる」


 再びサイハテはカラカラと笑う。

 とてもじゃないが、スパイには見えない人物だ。反応は爽やかな好青年と言った具合であろうか、人懐こそうに笑みを浮かべるサイハテに、陽子は警戒心を抱けないでいる。

 スパイと言われても、変態行為をされても、目の前の男が悪い人間には見えないのだ。


(それが狙いなんでしょうね)


 警戒心を抱かせず、心にさりげなく入ってくる。

 からかう行動もして、非常に人間臭く見えて、親近感を与えてくれる。故に陽子は少しだけサイハテの事を怖くなった。

 目の前でカラカラと笑う男がいつ任務だと言い放って、銃を向けてくるかわからないのだ。出会って一時間程しか経っていない、なのにこれほど信頼してしまう。

 多分、殺される瞬間まで、サイハテを信頼してしまうのだろうな。なんて考えていた。


「それも、作戦の内?」


 陽子の言葉に、サイハテは口角を釣り上げた。

 喧嘩した事もない、見栄っ張りな口先だけの男が浮かべるようなセールのモヤシより安っぽくて悪そうな笑み、非常に自然で違和感のない、超小物の笑みだ。


「ああ、無駄に警戒心を抱かせるのは素人のやり方だからな。俺は強いですよ、なんてオーラを纏う必要なんてさらさらないのさ」


 言い方も安っぽい、まるで超小物が必死に取り繕っているような言い方。

 思わずこの男に付いて行って大丈夫だろうか、なんて考えてしまう。先程の外務省のスパイなんて言葉も途端に嘘くさくなってしまう。


(私でも、ぶっ殺せそうだわ)


 陽子は思わず半眼になってサイハテを見つめる。

 出会った時は変態で、部屋から出た時はタフガイで、移動中は兵隊のようで、階段の時は凄まじく、今の彼はただの雑魚……どれが本当の彼なのだろう。

 超小物の言い草と表情でも、先程の言葉は理に適っていた。

 警戒心を抱かせずに敵の中へと侵入する。それが諜報員にとっては何よりも大事な技術なのだろう、背後に居る。それが諜報員サイハテなのだろう。


「ま、幼気な少女を騙くらかすのはこれくらいにして、建設的な話をしよう」


 サイハテは陽子が向ける視線を感じ取ったのだろう、大体、陽子を殺す気ならこんな話をする必要がないだろうし、殺るなら出会った時に素手で殺ればいいのだ。


「ええ、続けて」


 まるで海外ドラマのワンシーンだなと、サイハテは苦笑して頭の中にある病院見取り図を広げる。


「この食堂から廊下を三本渡った先にエレベータホールが存在する、エレベータから鋼線を伝って三階、もしくはそれ以下の階へと到達して三階へと戻り……」


「まって、今地図を広げるわ」


 陽子は脇に抱えていた警備企画書から病院の地図……見取り図を出すと先程説明した順路を確認している。そして順路を辿り終わったのだろう。


「続けて」


 と言った。


「……三階中央にある渡り廊下を渡って、一階の調剤室から薬剤を確保、その後に正面玄関、もしくは物資搬入口から脱出。これがこの病院の脱出計画だ、異論は?」


「ないわ。ここの病棟って隔離病棟だったのね、それだから出入口も三階しかない」


「その通り、通常病棟には先程の奴ら、フェーズ1感染変異体、通称グールが溢れてると思う。なるべく無音必殺(サイレントキル)で進んでいくつもりだが……見つかったら容赦なく撃て、君の腕なら信頼できる」


 陽子はこくりと頷くと、サイハテが食糧探索の際に見つけたバックパックに警備企画書のファイルを突っ込み、6リットルの水とパック飯で満たされたそれを背負う。

 双肩にかかる重みが、いやでも現実(リアル)を感じさせる、映画でもなく、ましてや夢でも、妄想でもない。撃たれたら死んで撃ったら死ぬ、ヒーローでもなければヒロインでも、ヴィランでもない自分に、陽子は武者震いした。


「任せておいて、なるべく期待は裏切らないから」


 サイハテは優しそうな笑みを浮かべると、缶詰が入った背嚢を僅かに鳴らして、陽子の前を歩いて行く。

 まずは廊下を三本渡ってエレベータホールまでたどり着かなくてはならない。

 一体何匹のグールがいるのやらと、少女は強くSIGのグリップを握り込むのであった。








「……なんか想像したのと違ったわ」


 結局、廊下を三本渡っても敵には出くわさなかった。


「そりゃなぁ」


 エレベータのドア、その前に立つ二人は対照的である。

 やる気が空回りした陽子と、その様子を見て苦笑するサイハテだ。


「だってこう……敵がぐわーって来て、私がばんばんばん!って……」


「そんな状況になったら弾が足りんだろうに」


 ごもっともである。


「……まぁいいわ、それで、この中にどうやって入るの?」


 軽く息を吐いた陽子は気を取り直して、サイハテに尋ねる。

 軽くエレベータのドアを蹴飛ばしてみたが、中二女子の脚力ではびくともしない位には頑丈で、警備室のドアのように怪力で引き千切る事は無理そうだ。


「ふんっ……! ぎぎぎぎぎぎぎぎ……」


 彼の返答は言葉ではなく、行動であった。

 ドアの僅かな隙間に指を押し入れるとそのまま力任せにドアを開き始めたのだ。感情なエレベータのドアですら、年月の浸食には勝てなかったのか、鈍くて、油を差す必要がありそうな音がエレベータホールへと響き渡る。


「よし、開いた」


 両手を叩いて手袋についた汚れを落としているサイハテ。


「力任せってスマートじゃないわ」


 そんな彼に苦言とも言えぬ苦言を齎す陽子。


「スマートではないが、スピーディだ。兵は巧遅よりも拙速を尊ぶって言うだろ」


「私は兵隊じゃないわ」


 ごもっともである。

 どちらに対してかは言わないが。

 サイハテは口を尖らせる陽子の唇を人差し指で押した後、文句が出ない内にエレベータを吊り上げるワイヤーに飛びついて、ラベリングの容量ですぅーっとエレベータがある階まで下がって行った。


「ついてる! 三階で止まってるぞコイツ!」


 エレベータが降りる縦穴から反響したサイハテの声が響く。


「……これ、私も降りるの?」


 ワイヤーは想像したよりも遅く、グリスたっぷりの仕上がりだ。

 滑って叩きつけられるのが落ちじゃないかとも思ってしまう。


「受け止めてやるから、さっさと降りろ!」


 どうやら、独り言は聞こえていたらしく、下からサイハテの声が聞こえてくる。


「い、今行くわよ!」


 裏声で返事をし、2、3歩下がってからエレベータのワイヤーに駆け出して、全力で飛びつく。両手両足でがっちりとワイヤーに捕まるが、悲しいかな少女の握力ではグリスたっぷりのワイヤーに食らいつくだけの馬力が足りない。

 そのままズルズルと陽子の体は下降を始め、その内悲鳴を上げそうな位には速度が上がるのだ。


「ひぃ、やあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 情けない悲鳴が上がり、サイハテが苦笑しながら陽子をキャッチする尻の下に手を当てて、もう一方の手を背中に回す、変則お姫様抱っこ。

 陽子はお礼を言う前にエレベータの天井、二人にとっては床に降ろされる。


「怖かったわ……」


「だろうな」


 がっくりと頭を垂れる陽子の肩を、サイハテは優しく叩く。

 少しばかり恐怖の残る笑みをサイハテに見せると、彼は優しそうな笑顔のまま、陽子の膨らみかけを揉んだ。


「なにすんのよ!!」


 反射的に張り手を一発、サイハテにお見舞いしてしまう。

 四方を壁に囲まれた密閉空間だからか音がよく響き、痛そうに感じてしまう、が、陽子にとってはそれどころじゃない。怖かったし、恥ずかしいしで感情がパンクしたのだ。


「それだけ元気ならまだ大丈夫だ。ほれいくぞ」


 エレベータ天井の脱出口を蹴破って、入り口に変貌させたサイハテはカラカラと笑いながら中へと身を沈ませてしまう。


「全くもう……!」


 そんな様子のセクハラ男を、腰に手を当てたまま見送ってぷりぷりと怒りながら彼の後へと続く。

 飛び降りた先ではサイハテが再びエレベータのドアをこじ開けている音だった。僅かに錆びたドアが、軋みを上げながらゆっくりと開いて行く、陽子は銃を構えてゆっくりと開くドアの先を見通す。

 昼間でも星が見える程の視力だ、長い廊下の先でもよく見えている。


「敵はいないわよ」


「ありがとよ」


 サイハテは簡素に礼を言うと、人一人分の隙間となったドアからさっと身を出して、周囲の状況を観察、敵影が周囲にもない事を確認すると振り返らずに手だけで合図し。


「行くぞ」


 とだけ言うと先に歩を進め始める。

 非常にゆっくりとした、足音も衣擦れ音もしない歩き方だ。その歩き方で先を確認するとサイハテは振り返って口を開く。


「……敵はいないか、通常病棟まで後少しだ。ここを抜けたら、俺から絶対に離れるなよ」


「心得てるわ、さっさと行きなさいよ、おっぱい揉み怪人」


「はっ!」


 陽子の嫌味に対して、サイハテはサイズをバカにしてくる。

 視線は胸で、それはおっぱいですかぁ? と言わんばかりの表情でだ。陽子の頬が膨れて怒りで真っ赤になる。


「私はこれから成長すんのよ……!」


 事実、年齢的にそうであろう。


「人の夢と書いて儚いか、いい言葉だぜ……」


 とことこんムカつく奴である。

 懐柔するのも得意だが、おちょくるのも得意とはなんて奴だと陽子は憤慨する。


「……リラックスしていけ、気張ってもいい事はない。緊張は思考がクリアになる程度にで十分だからな。死ぬときゃ英雄だって簡単に死ぬんだ。俺達(パンピー)らしく、気軽に行こうぜ」


「……そうね、行きましょ」


 一応、あれでリラックスさせているつもりであったらしい、どうにも、この男はずれているようだ。

 陽子は少しばかり疲れた脳みそを奮い立たせて、彼の隣で歩を進めるのだ。この棟はもう安全だろう、普通病棟には危険が一杯だろうが、ここで気張って体力を消費するのは無駄なのだ。

 気張るのは向こうに行ってからで十分だ。

一週間に一万文字更新を目標に致します(死にかけ)

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