十九話:そっち系のパパ疑惑
空が白み始めた頃に、サイハテはようやく合流を果たした。
身綺麗にはしているが、彼の体からは濃厚な鉄錆の臭いが漂っており、戦いなれた人間ならば、彼の身に何が起こっていたのかは、想像に難くない。
その悪臭か、それとも見知らぬ男が現れたからか、先程までへばっていた優紀達は慌てて、風音の後ろへと逃げてしまう。
「……ん?」
サイハテの眉間に刻まれた皺が、より一層濃くなった。
普段は目付きが悪いで済んでいるが、今はもう睨みつけているようにしか、見えない。
「父さん、おかえり。後、顔怖いよ」
しかし、彼からは怒気や殺気等は感じないので、怒っている訳ではないと理解した風音が、眉間を指差しながら教えると、顔を背けて肩を竦めた。
少女達が隠れている、半分崩れた喫茶店の壁をしばらく見つめた後、皺を幾分か柔らかくしたサイハテが向き直り、未だ服すら着ていない少女達を見据えると、もう一度肩を竦めて、柔らかい口調で語り掛ける。
「怖がらせてすまないな。大人になってから、ずっとこんな面なんだ、勘弁願いたい」
怖い目にあった年端もいかない少女達が、唐突に現れた強面の大男に睨みつけられたら、怯えても仕方がない。
裸の少女達を前にして、いつも通りのサイハテであったら、小躍りしていたかもしれないが、今日の彼は紳士であった。
そんな雰囲気が伝わったのだろう、リーダー格である優紀がおずおずと前に出て、口を開く。
「あのぅ……この人は?」
風音の肩から顔だけ覗かせて、その父と娘を交互に見ながら、娘の方に問いかけた。
「この人はわたしの父さんだ。強いぞ!」
鼻息荒く言い放たれた評価に、少女達が年齢順に、困惑の表情を浮かべる。
父と紹介された人物は、多めに見積もっても二十代半ば位にしか見えず、十代後半である風音のような、大きな子供が居る年齢には、到底見えなかった。
何を考えたのか、優紀は驚愕の表情を一瞬だけ浮かべると、頬を赤くして、今度は父の方に訪ねてくる。
「あのぅ……随分お若いですけど」
少女の表情は、風音が着ている甲冑の袖と呼ばれる肩甲に、半分以上引っ込んでしまった。
「もしかして、お父さんってアッチのお父さんですか……?」
アッチのお父さん。
その言葉に秘められた意味を理解したサイハテは、目頭を押さえながら僅かに俯き、意味の解っていない風音は、小さく小首を傾げ、自分の背後にいる彼女に聞き返す。
「父さんは父さんだろう? アッチとかコッチとか、あるのか?」
まさか聞き返されるとは思ってもいなかったのだろう。
優紀は更に顔を赤くすると、しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を捻り出した。
「ほら、こうお金の代わりに……ね? 一緒のお布団で、ええと……その、定期的に?」
彼女が何を言いたいのか、サイハテは痛い程理解できた。そして、その内容が朝っぱらから語る事ではない事も、彼は熟知している。
軽く頭を振って、風音が余計な事を聞く前に答えを教える事にした。
「俺は正真正銘、その子の父親だ。若い理由はコールドスリープで、目覚める時期が違ったからだ」
本当は違うのだが、そう言う事にしておいた方が丸く収まるのだ。
「あ、貴方達、放浪者だったんですね」
放浪者。
サイハテの知っている放浪者と言うのは、終末世界での俗称としての放浪者であった。
過去の遺跡からふらりと現れる、過去の知識や技術を持った不思議な人間の事を、今の世界に生きる人々はそう呼んでいる。
金属加工技術や、銃弾の製造能力等は、この放浪者が伝えたものであるらしい。
「ああ」
彼女がどう行った意味と理由で、こちらをそう呼称したかは分からないが、とりあえずは頷いておく。
肯定した瞬間、今まで風音の背に隠れていた少女達が、安堵の息を吐くと張り詰めた表情を弛緩させて、気が抜けたようにお喋りを開始した。
「なんだー、放浪者かー」
「警戒して損したね」
「お父さん、色男じゃーん? ねね、早紀、声かけてみなよ」
「い、いきなり失礼じゃない?」
「そんな事ないってー」
女三人寄れば姦しいとは言うが、五人もいたらこうなるのだろうか。
閑散とした廃墟街に響き渡る程ではないが、静寂の似合う廃墟の喫茶店にそぐわない賑やかで、華やかなお喋りが場を支配している。
そんな状況の最中、サイハテは目頭を押さえて、黄色い談笑の中に消えてしまう小さな声で、呟くのだった。
「……前位隠せよ」
そんな呟きは聞こえていないのか、少女達は堰でも切ったかのように、お喋りを続けている。
無理矢理止める事はできるが、粗末な檻の中で畜生のような扱いを受けていたので、ストレスが溜まっているのだろう。
もう少し位は、好きに喋らせておくことにした。




