十六話:葬儀屋
スカベンジャー、大宗優紀は十六年に及んだ己の人生を、不運であったと結論付けた。
彼女が十歳の頃に農家であった両親が、流行り病でころりと死んでしまい、天涯孤独の身となった優紀は、仕方なしに銃を握って、スカベンジャーになる。
元々、害獣や草食性の感染変異体を追い払う為に、父から銃を学んでいた彼女は、回収業の中でもそれなりに一目置かれてはいたのだが、今回のスカベンジで、この様であった。
「はぁ……」
装備どころか衣服も奪われ、粗末な檻の中で素っ裸。
そんな有様で、彼女は小さくため息を吐く。
優紀のため息を聞きつけたのか、一緒に捕まった仲間の一人、早紀が小さな声で話しかけてくる。
「優紀、うちらこれからどうなるの?」
彼女は一年前にチームへ入って来たばかりの新人だった。
一年目の新人に、葬儀屋と言う名の野盗崩れが何をするかを、伝えるのは憚られたが、言っても言わなくても後でバレる状況なら、意味のない考えだ。
優紀は一度だけ口を窄めると、声を震わせないように気をつけながら、語る。
「子袋か、ベーコンか……それとも乳牛」
出来るだけ簡潔に、これから二人の身に降りかかる悲劇を教えると、意味が通じたのか、早紀は顔を青くしてへたり込んでしまう。
檻の外から度々送られる、男の下卑た視線と女の蔑むような視線を浴びせられれば、自分達が今、どんな立場に置かれているか位、想像つく。
「はぁ……」
優紀はまた、ため息を吐いた。
彼女達を捕まえた実働部隊が、キャンプへと帰ってきたのだろう。檻の外が一気に騒がしくなり、見張りの女が仕事を放り出して、どこかへと走っていく。
ちらりと檻に張り付いて外を眺めると、なんとか手が届きそうな所に、肉切包丁が放置してあった。
木製の格子にへばり付いて、恐る恐る手を伸ばしてみるが、小指一本分届きそうにない。
格子の隙間に肩をねじ込むようにして、ようやく届きそうな位にはなったものの、横から伸びてきた足に、掌を踏みつぶされてしまう。
痛みに呻いた優紀が見上げると、そこには不機嫌を隠そうともしない女が、怒りに満ちた目で彼女を見下ろしていた。
「このアマ!!」
怒りの雄叫びと共に振り下ろされたのは、どこぞで拾ったか奪ったであろう特殊警棒で、錆びて尚固いソレは、優紀の肩に叩き込まれる。
「うぐっ!」
痛みに呻くが、肩、肩、頭と連続で打ち込まれる警棒に、とうとう少女は倒れ込んでしまう。
捕まった他の仲間が、小さな悲鳴を上げて身を寄せ合うように、檻の隅へと逃げ込んでいくのを、見守る余裕はなかった。
格子の閂が外されて、優紀が引きずり出されると、キャンプに居た連中が向ける好奇混じりの視線と、何故か怒りに満ちた実働部隊が向ける視線に晒される。
「いいかっ!」
少女の髪を掴んで、無理矢理顔を上げさせた女は叫んだ。
「日が昇れば、奴等を探しに行く!」
その雄叫びに、集まってきている連中がわっと歓声を上げる。
「奴等を暁には、このアマと同じ目に合わせてやる事をここに宣言するよっ!」
相当な煮え湯を飲まされたのか、彼らの怒りは止まる事を知らず、恐らくリーダー格であろうこの女の言葉に、熱狂染みた叫びを返す。
だが、優紀の目は、勇ましい事を口にする女リーダーでもなく、彼女がピタリと喉元に当てた白刃でもなく、ましてや熱狂する群衆でもなく、更にその奥に向いていた。
「アタシに逆らう奴等は」
女は、喉元に当てた鉈を引くと大きく振り上げて、何か叫んでいるが、殺されそうになっている少女は、池を突き進んでくる可憐な少女侍に釘付けだ。
走ってくる彼女は、桜色の鎧に身を包んで、水飛沫を上げながらも、月明りの下で輝いていた。
「こうだ!」
大ナタが振り下ろされるが、優紀はどこか他人事であった。自分の命よりも、向かってくる彼女の姿を目に入れていたかったのかも知れない。
彼女が群衆を飛び越えて、少女の前に着地すると、今まさに振り下ろされている腕に向かい、黒刃を振った。
「ぎゃあああああああああああ!?」
濁音塗れの悲鳴と、鮮血が吹き上がる。
舞った刃は女リーダーの肘から先を斬り落としていた。
転げまわるリーダーを尻目に、膝を着いた体勢からゆっくりと立ち上がった桜色の侍は、肩口に刀を担ぐと、引き攣った微笑みを向けて言い放つ。
「君達を助けに来た」
明らかに、人助けは慣れていない様子だった。
それでも自己を省みず、見知らぬ他人を救いに来たと口に出来るのだから、いい人なのだろうと、優紀は直感する。
そうとなれば、彼女の行動は早い。切り落とされた腕から大鉈を回収すると、桜色の侍の背を守るように移動し、自己紹介する。
「あたし、大宗優紀! 貴女は!?」
ついでに名前を尋ねると、彼女は恥ずかしがるように唇をすり合わせると、小さな声で返事した。
「さ、西条風音……」
少しだけ頬を鎧と同じ色に染めて、そう返した彼女に対し、優紀は頷いてみせる。
「わかった。風音さん、あっちにあたしの仲間が居ます。どうか、彼女達も……」
色々と問答したい気持ちを抑えて、彼女はそう願う。
「うん、大丈夫。わかっているさ」
葬儀屋は奇襲の混乱から立ち直りつつあるのだろう、棍棒や刃物を持ち出して、風音へと挑みかかってきた四人を、斬り殺しながら、彼女は返事をする。
「優紀、君の背中を守りながら移動する。仲間を開放してやるといい」
遠くで、重機関銃を用意している奴等が居たが、どこからか飛んできた弾丸によって撃ち倒される。どこかに、狙撃手が潜んでいるのだろうと判断した優紀は小さく頷くと、速足で檻の方向へと歩き出した。




