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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
七章:風音と疾風
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クリスマス特別編:血濡れのキャロル4

読者の皆さま、よいお年をお迎えくださいませ。



血濡れのキャロルはエピローグが増えるかも知れません。

終末変態、もしかしたら番外編の方が面白いかも知れない。


 かつて、ここで生きた人達が使っていた場所だろうか。窓に板が打ち付けられた小さな食料品店を発見し、四人はここに逃げ込む事に成功する。

 軽く息を乱したサイハテが、板の隙間から外の様子を伺い、室内で息を潜めている三人に向かって小さく頷くと、全員が安堵の息を吐いた。


「よかったぁ、撒けたのね……」


 最初に口火を切ったのは陽子だった。どさりとその場に座り込むと、チェストリグの中から一枚の布と革手袋を取り出し、焼け付いた拳銃の分解整備に入る。

 レアは近場にあった箱に座り込み、難しい表情をしながら生体レーダーの液晶パネルを見つめ始めた。


「参りマシタネ。確認できただけでも、敵数は二万を超えておりマシタ」


 そうぼやくハルカは、手に持っている赤熱する三十ミリ機関砲を見つめ、早く冷ます為だろうか、自身の冷却材を口から噴き出して、四つの銃身に吹きかけている。

 航空機用の三十ミリを、ハルカ型用に改修したソレは凄まじい威力を発揮したが、身長百六十センチちょっとの彼女が持つと、大分大きく見えた。


「フレームに異常は出てないか?」


 窓の横に張り付いたサイハテが、安否を確認する。


「問題ありマセン。砲戦タイプのハルカ型(あたし)なら、155mm野戦砲を使用できるスペックなノデ」

「あれを担いで立射するのか……」


 彼の脳裏にある百五十五ミリ砲と言えば、自衛隊が使用していた155mmりゅう弾砲だった。

 あの十トンもする大砲を担いで、彼女の速度で機動運動を行いつつ、敵に対して攻撃を敢行する等、悪夢以外の何物でもない。

 サイハテは、つくづくハルカ型の標的となった敵に同情した。


「……デスガ」


 呆れと畏怖を含んだ眼差しを贈り続ける彼を無視して、ハルカは一人呟く。


「この状況でシタら、掃射型衛星圧搾光砲(ギロチンレーザー)が欲しい所デスね。この遺跡ごと、真っ二つにして差し上げマスのに」


 恐ろしい事を呟いた彼女に向き直り、サイハテは首を左右に振った。


「自重しろ。近未来」


 お前は一体何を想定して作られたんだ、との言葉を飲み込んで、そう言ったのに留まる。

 昔、レアに聞いた事ではあるが、どうにもハルカの砲撃戦型は、戦略兵器の搭載を前提として開発されたらしい。サイハテが生きていた時代も、レアが生きていた時代でも、日本は戦略兵器の所有は拒否しており、そんな日本が戦略兵器搭載前提の兵器を開発したのならば、それなりの事情があったのだろうと想像する事は難くない。


「……まぁ、いい」


 産まれてしまった物に罪はないが、彼の持論だ。

 そんな事はさておいて、今回の敵は初めて遭遇するタイプだったので、サイハテは困ってしまった。

 ちらりともう一度外を見ると、先程戦闘を行った感染変異体が闊歩している。二万と言う数も問題ではあるが、それよりも挟撃された事実が、彼を悩ませている。


「おい、レア」


 難しい顔でレーダーを見続ける少女に向かい、語り掛けた。


「奴等は何だ?」


 そう問いかけながら、もう一度、外の変異体をよく観察する。

 日本の触覚を動かしながら、楕円形の複眼で周囲を見渡しつつも、敵が居なければ複数で移動を開始する、黒い外殻を持つ人型の昆虫。

 どうにも、巡回警備をしているようで、顎をすり合わせながら話し合っているような様子も見受けられる。


「あんとりおん」


 画面から顔を上げたレアは、一言だけ、そう言った。


「アントリオン? なんだそれは」


 名前だけ言われても、サイハテにはピンと来ない。


「えっとね。げんしてきな、ぶんめーをもつ。ありのなかま。ぜつめつ、しなかったみたい?」


 それだけでは分からんとばかりに、眉尻を下げる彼に、同じように眉尻を下げた少女が相対する。要するに、レアも分からないのだろう。


「……アントリオン? 聞いた事があるわ」


 唐突に上がった声に、眉尻を下げていたレアとサイハテ、そしてバルカン砲をふーふーしていたハルカも顔を上げて、そちらを見る。

 声の主は、拳銃のバレル交換作業を終えた陽子で、それをホルスターに戻しながら、語った。


「ミールさん曰く、ずっとずっと昔から居る種族で、人類とは絶えず文明圏を争って戦い続けてきた、戦士の種族なんだって」


 ミール。

 麦穂のミールと呼ばれる、放浪者の街で女性スカベンジャー達の顔役をやっている女だった。

 随分懐かしい名前を聞いたと、サイハテは頬を緩ませ、自分でも知らない情報を集めてきた彼女に、心の中で称賛を贈る。


「それで、どんな奴らなんだ?」

「あんまり詳しくはないけど……」


 彼の問いに、陽子は小さく呻くと、知っている情報は少しだけと前置きしつつも話し出した。


「女王を基点にカースト制があって、三つの軍団を率いる三匹の時期女王、その下に将来の旦那が率いる歩兵大隊が居て、旦那候補を外れた雄蟻が、働きアリで構成される歩兵中隊を率いているみたい」

「……つまり、指揮官が居る訳だな?」

「うん、倒せば敵は混乱するって言ってたわ」


 つまりはローマかと、サイハテは呟き、もう一度外を眺める。

 今度見たのは、巡回しているアントリオンではなく、その奥、廃墟群の中央に聳え立つ、天井を支えているであろういくつもの柱だ。

 その柱には、いくつか菌糸類みたいな物が付着しており、柱の表面でアントリオンらしき小さな粒が蠢いているのがわかる。


「……農耕に軍団。人間に代わる新たな知的生命体と、新しい文明圏か」


 思わず出てしまった言葉に鼻を鳴らし、サイハテは皮肉を口にした。


「彼らの血で染め上げたオルガン。それで奏でる聖歌(キャロル)は、さぞ美しく響くのだろうな」


 これ以上ない皮肉である。

 牧師は手に入るパイプオルガンが、一体全体どんな経緯で持ち帰られたかを知る事はない。知ってしまえば、彼はどんな顔をするのだろうか。

 肩を竦め、小さく息を吐くと、彼は三人組に向き直る。


「作戦が決まった。説明する」


 サイハテがそう言うと、三人は示し合わせたかのように、レジカウンターの周りへと集合し、彼はどこぞで手に入れた、このアウトレットモールのパンフレットを広げた。


「いいか、今居るのはこの店舗でな……オルガンが存在しているのはここ、ここから数百メートルと近い場所だ。だが、ここには巨大な柱があって……」


 パンフレットの地図を指差しながら、サイハテはこれより行う作戦を、軽く説明する。

アントリオン、ちゃんとした文明と文化を持つ、れっきとした知的生命体です。

顎をすり合わせる摩擦音で会話する他、その音を絵柄化した文字までも持っており、正しく人類に代わる生命体ですな。

ちなみに彼等、こんな高度な知性を持っているのに、脊椎動物じゃありません。

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