クリスマス特別編:血濡れのキャロル4
読者の皆さま、よいお年をお迎えくださいませ。
血濡れのキャロルはエピローグが増えるかも知れません。
終末変態、もしかしたら番外編の方が面白いかも知れない。
かつて、ここで生きた人達が使っていた場所だろうか。窓に板が打ち付けられた小さな食料品店を発見し、四人はここに逃げ込む事に成功する。
軽く息を乱したサイハテが、板の隙間から外の様子を伺い、室内で息を潜めている三人に向かって小さく頷くと、全員が安堵の息を吐いた。
「よかったぁ、撒けたのね……」
最初に口火を切ったのは陽子だった。どさりとその場に座り込むと、チェストリグの中から一枚の布と革手袋を取り出し、焼け付いた拳銃の分解整備に入る。
レアは近場にあった箱に座り込み、難しい表情をしながら生体レーダーの液晶パネルを見つめ始めた。
「参りマシタネ。確認できただけでも、敵数は二万を超えておりマシタ」
そうぼやくハルカは、手に持っている赤熱する三十ミリ機関砲を見つめ、早く冷ます為だろうか、自身の冷却材を口から噴き出して、四つの銃身に吹きかけている。
航空機用の三十ミリを、ハルカ型用に改修したソレは凄まじい威力を発揮したが、身長百六十センチちょっとの彼女が持つと、大分大きく見えた。
「フレームに異常は出てないか?」
窓の横に張り付いたサイハテが、安否を確認する。
「問題ありマセン。砲戦タイプのハルカ型なら、155mm野戦砲を使用できるスペックなノデ」
「あれを担いで立射するのか……」
彼の脳裏にある百五十五ミリ砲と言えば、自衛隊が使用していた155mmりゅう弾砲だった。
あの十トンもする大砲を担いで、彼女の速度で機動運動を行いつつ、敵に対して攻撃を敢行する等、悪夢以外の何物でもない。
サイハテは、つくづくハルカ型の標的となった敵に同情した。
「……デスガ」
呆れと畏怖を含んだ眼差しを贈り続ける彼を無視して、ハルカは一人呟く。
「この状況でシタら、掃射型衛星圧搾光砲が欲しい所デスね。この遺跡ごと、真っ二つにして差し上げマスのに」
恐ろしい事を呟いた彼女に向き直り、サイハテは首を左右に振った。
「自重しろ。近未来」
お前は一体何を想定して作られたんだ、との言葉を飲み込んで、そう言ったのに留まる。
昔、レアに聞いた事ではあるが、どうにもハルカの砲撃戦型は、戦略兵器の搭載を前提として開発されたらしい。サイハテが生きていた時代も、レアが生きていた時代でも、日本は戦略兵器の所有は拒否しており、そんな日本が戦略兵器搭載前提の兵器を開発したのならば、それなりの事情があったのだろうと想像する事は難くない。
「……まぁ、いい」
産まれてしまった物に罪はないが、彼の持論だ。
そんな事はさておいて、今回の敵は初めて遭遇するタイプだったので、サイハテは困ってしまった。
ちらりともう一度外を見ると、先程戦闘を行った感染変異体が闊歩している。二万と言う数も問題ではあるが、それよりも挟撃された事実が、彼を悩ませている。
「おい、レア」
難しい顔でレーダーを見続ける少女に向かい、語り掛けた。
「奴等は何だ?」
そう問いかけながら、もう一度、外の変異体をよく観察する。
日本の触覚を動かしながら、楕円形の複眼で周囲を見渡しつつも、敵が居なければ複数で移動を開始する、黒い外殻を持つ人型の昆虫。
どうにも、巡回警備をしているようで、顎をすり合わせながら話し合っているような様子も見受けられる。
「あんとりおん」
画面から顔を上げたレアは、一言だけ、そう言った。
「アントリオン? なんだそれは」
名前だけ言われても、サイハテにはピンと来ない。
「えっとね。げんしてきな、ぶんめーをもつ。ありのなかま。ぜつめつ、しなかったみたい?」
それだけでは分からんとばかりに、眉尻を下げる彼に、同じように眉尻を下げた少女が相対する。要するに、レアも分からないのだろう。
「……アントリオン? 聞いた事があるわ」
唐突に上がった声に、眉尻を下げていたレアとサイハテ、そしてバルカン砲をふーふーしていたハルカも顔を上げて、そちらを見る。
声の主は、拳銃のバレル交換作業を終えた陽子で、それをホルスターに戻しながら、語った。
「ミールさん曰く、ずっとずっと昔から居る種族で、人類とは絶えず文明圏を争って戦い続けてきた、戦士の種族なんだって」
ミール。
麦穂のミールと呼ばれる、放浪者の街で女性スカベンジャー達の顔役をやっている女だった。
随分懐かしい名前を聞いたと、サイハテは頬を緩ませ、自分でも知らない情報を集めてきた彼女に、心の中で称賛を贈る。
「それで、どんな奴らなんだ?」
「あんまり詳しくはないけど……」
彼の問いに、陽子は小さく呻くと、知っている情報は少しだけと前置きしつつも話し出した。
「女王を基点にカースト制があって、三つの軍団を率いる三匹の時期女王、その下に将来の旦那が率いる歩兵大隊が居て、旦那候補を外れた雄蟻が、働きアリで構成される歩兵中隊を率いているみたい」
「……つまり、指揮官が居る訳だな?」
「うん、倒せば敵は混乱するって言ってたわ」
つまりはローマかと、サイハテは呟き、もう一度外を眺める。
今度見たのは、巡回しているアントリオンではなく、その奥、廃墟群の中央に聳え立つ、天井を支えているであろういくつもの柱だ。
その柱には、いくつか菌糸類みたいな物が付着しており、柱の表面でアントリオンらしき小さな粒が蠢いているのがわかる。
「……農耕に軍団。人間に代わる新たな知的生命体と、新しい文明圏か」
思わず出てしまった言葉に鼻を鳴らし、サイハテは皮肉を口にした。
「彼らの血で染め上げたオルガン。それで奏でる聖歌は、さぞ美しく響くのだろうな」
これ以上ない皮肉である。
牧師は手に入るパイプオルガンが、一体全体どんな経緯で持ち帰られたかを知る事はない。知ってしまえば、彼はどんな顔をするのだろうか。
肩を竦め、小さく息を吐くと、彼は三人組に向き直る。
「作戦が決まった。説明する」
サイハテがそう言うと、三人は示し合わせたかのように、レジカウンターの周りへと集合し、彼はどこぞで手に入れた、このアウトレットモールのパンフレットを広げた。
「いいか、今居るのはこの店舗でな……オルガンが存在しているのはここ、ここから数百メートルと近い場所だ。だが、ここには巨大な柱があって……」
パンフレットの地図を指差しながら、サイハテはこれより行う作戦を、軽く説明する。
アントリオン、ちゃんとした文明と文化を持つ、れっきとした知的生命体です。
顎をすり合わせる摩擦音で会話する他、その音を絵柄化した文字までも持っており、正しく人類に代わる生命体ですな。
ちなみに彼等、こんな高度な知性を持っているのに、脊椎動物じゃありません。




