九話:スカベンジャー
ドタドタとベタ足で移動する三人組の足音は、文明の音が消え去った静かな廃墟街では、よく響き、酒にでも酔っているのではないか、と思う程に大きく粗野な会話は病院の分厚い床を隔てても、聴こえていた。
廊下に出たサイハテは、その会話を聞き取り、小さく舌打ちをする。
「……話は通じんだろうな。全く」
そう言いながらも、ライフルのマガジンを引っこ抜いて、残弾を確認し、チャージングハンドルを引いて初弾を装填した。
風音も真似して、刀の鯉口を切って見せるが、これに何の意味があるのかは、彼女自身も分からない。
「いいか、風音、奴等に俺達が潜んでいるがバレた。現在、威圧しながら一階を探索している」
「……何故バレた?」
「撒き散らされた、俺の血だ。どうにも、弱ったスカベンジャーが逃げ込んだと踏んだらしい」
階下から聞こえてくる荒々しい足音と、くぐもった叫び声のような物は、どうやら威圧の物らしく、向こうはこちらを狩り出したいようだ。
「どうにも、奴等は遺品回収業者の中でも、葬儀屋、と呼ばれる最悪の部類みたいだ」
「……葬儀屋?」
病室のドアから、外の様子を伺っているサイハテの口にした言葉が理解できなかった風音は、小さく首を傾げて、その言葉をそのまま返した。
「弱っている同業者を殺して、装備や資産をはぎ取る奴等だ。勝手に葬式を起こして、香典を頂いていく奴等だから、葬儀屋と呼ばれている」
すっと廊下に躍り出た彼は、油断なく前方を確認しながら、病室で待機している少女を、手招きで呼ぶ。
「陽子達と遺跡荒らしをしていた時にも、同じような奴等と対峙した事がある。一人一人はただの屑だが、ともかく数が多い。なるだけ相手をしないで、やり過ごしていこう」
彼の提案に、風音は小さく頷いて返事をした。
サイハテに続いて、廊下を歩いていくと、階下から物を叩くような音と、発砲音、そしてこちらを罵倒するような声が聞こえてくる。
額に汗を浮かばせ、高鳴る心臓を抑えつつも、彼女は気をはやらせないよう、細心の注意を払いながら、彼の後ろに続いた。
階段に差し掛かった頃、登ってくるものから死角になる位置へと身を隠したサイハテは、じっと耳を澄ませると、階下の様子を探り、小さく安堵の息を吐く。
そして再びハンドサインで、前へと進むよう促され、少女は再び頷くだけだった。
三階から一気に一階へと降りた二人は、再び歩みを止める事になる。
降りた瞬間、サイハテは眉間に皺を寄せ、近場にあるX線室に身を隠す。
急な行動に、少し慌ててしまった風音は、彼に続くように慌てて己も部屋に入り、中で外の様子を伺っていた彼に、少しだけ申し訳無さそうな表情で、軽く頭を下げた。
すると、気にするなと言わんばかりに優しく肩を叩かれる。
外の様子を伺っていた彼は、突如として風音に振り向くと、ジェスチャーで、外の様子を伝えてきた。
まず、部屋の外を指し、次に自分の両目を二本指で差すと、指を三本上げた。外に三人居る、と言ったジェスチャーだろうか、なんとなく理解した少女は、小さく頷いておく。
そして、彼は、自分のライフルを指差すと、指を二本上げ、銃器持ちが二人と伝えてくる。
最後に彼女の持つ刀を指差し、一本指を立てた。
近接武器のみが一人、と言う意味だろう。
刀を差した指を、そのまま風音を持っていき、彼は自分の首を掻き切る仕草をする。
近接武器はこちらで始末してくれ、と言う意思表示だろう。少女は小さく頷いて、音を立てないように、刀を引き抜いた。
サイハテの合図に従って、ゆっくりと部屋の外に出ると、彼等三人はガラスが無くなった窓に凭れ掛かりながら、仲良く煙草を吸っている。
こちらにすっかり背を向けているので、始末は容易だろう。
風音はゆっくりと忍び寄ると、マチェットらしきものを壁に立てかけている男を、肋骨の隙間を狙い、心臓を突いた。
「うぐっ」
突かれた男が、反射で声を出す。
隣で煙草を吸っていた男達が、呆気に取られ、こちらを振り向き、武器を取ろうとした瞬間、彼女の背後から飛んできたメスが正確に声帯を捉える。
「か、はっ、はーっ」
必死に声を出そうとしているが、メスで縫い留められた声帯が震える事はない。
少女の背後から、ゆっくりと歩み寄ってくるサイハテの姿を、ただ驚愕の瞳で見据えながら、喉に突き立ったメスを抜こうと足掻くだけだ。
彼はもがく二人にゆっくりと手を伸ばすと、彼らの蟀谷を掴み、握りつぶして無力化した。
砕いた頭蓋骨が、脳に突き刺さって脳挫傷を起こしているだろう。
彼は、二人の死体を漁って、ボルトアクション方式の狩猟用ライフルと警察が使っていたであろう拳銃の弾薬などを回収し、残されていた武器を回収、そして、風音の仕留めた男が持っていた錆びたマチェットまで、回収すると、口を開いた。
「行こう」
手負いの変態はジャッカルよりも狂暴だ!




