八話:彼の愛した人
冷たい言い草に嘲笑うかのような語気、完全に軽蔑した言い方である。
「話を戻そう。そんな事があって、俺達は民主党の政権を維持する為の暗殺者として使われるようになり、1ドル23円の超円高で日本経済がくたばって餓死者の出る中、中国の軍閥が暴走した」
狂気の時代だったと、サイハテは呟いた。
「生憎と、俺達はその頃は割と暇だったんでな。部屋でボーっとしているだけの俺の元に、アイツがよく遊びに来ていた」
やっと危ない話から、出会いの話へと戻った事に、風音は安堵の息を吐く。
「あんな事があったと言うのに、よく笑う奴だった。茶を点ててやれば、一日中機嫌が良かったし、俺が殺しなんかをした時は、いらねぇっつってんのに、一日中傍に居やがった」
嫌がっているような語りをするが、彼の表情はどこか穏やかである。本当に嫌なら、彼は何も語らないだろうし、嫌と口にするだろう。
僅かに残った窓ガラスから、走り抜けてきた森が見えており、樹木の間で、あの毛虫が蠢いているのが確認できる。
「……昔の俺は、もっと無口で愛想のない人間でな」
後ろに手を着き、サイハテは大きく体を仰け反らせて、天井を仰ぐと、顔だけを少女に向けて、呆れたような口調で、昔の自分を評した。
一つしかない眼で見据えられると、風音は球場での事を思い出してしまう。
「アイツが気に掛けてくれているのに、冷たい対応ばかりしていた。話しかけられても、生返事。何を振られても、知らんわからんどうでもいい、とばかり返事してな」
「……それは、ちょっと、アレだ」
「そうだな。どうしようもない奴だ」
今よりも、彼はずっとずっと根暗だった。
「それでも、アイツは諦めなかった。目を離していたら、俺がどこかに消えちまうと思ったらしい。冷たい対応をすればするほど、アイツは俺から離れなくなった」
そこまで語って、何か面白い事を思い出したのか、サイハテは口角を緩めながら、その事を口にする。
「何せ、便所まで付いて来ようとしたこともある。飯はよく一緒に食っていたし、風呂に入ってくるのなんて、日常茶飯事だ」
クツクツと、喉の奥で笑いながら彼は頬を掻いた。
いつもの困っている時の癖ではなく、少しばかり照れ臭そうで、どこか懐かしそうな、戻ってこない日常を想った仕草だ。
なんだか悲しそうと感じた風音の感性は、間違っていない。
「ま、そんな距離感だ。俺が根負けして、アイツに夢中になると、更に俺の部屋に入り浸るようになった。部屋には、コーヒーメーカーだの、下着だの、お揃いの歯ブラシだの、琴音の物が増えてきていた」
そこまで笑顔で語ったサイハテは突如として真顔になると、ぽつりと思い出したかのように呟く。
「……むしろアイツの物の方が、倍くらい多かったな」
要するにすっかりと住み着かれてしまったのである。
「まぁ、いい。そんなこんなで、恋人になるのは、さほど時間はかからなかった。他のメンバーの目を盗んで、映画見たり、飯を食いに行ったり、服を買ってやったりなんかした」
「デートって奴?」
「そうだ」
真剣な表情で尋ねると、彼は何かが面白かったのだろう。破顔一笑、カラカラと笑いながら答えてくれた。風音は、聞いた事も見た事も無い自分の母が、父に惚れた理由がわかったような気がした。
元々の顔立ちが、冷たい印象を与える整った要望を持ち、更に彼はいつもムスッとしていて、触ったら噛みついてきそうな印象を与える。
それが顔を崩して、子供の様に笑うのだ。
無邪気とでも言うのだろうか、とにかく楽しそうに、嬉しそうに笑われてしまえば、そのギャップに、コロッと行ってもおかしくはない。
「ふーん、そうなんだね」
なんだか気恥ずかしくなったので、冷たく返事をしたが、彼は特に気にしなかったようで、続きを話そうと口を開きかけた瞬間、楽しそうな表情が霧散し、いつものムスッとした表情で口を閉ざしてしまう。
「どうしたの?」
風音がそう尋ねると、サイハテは唇に人差し指を立てて静かにするよう伝え、その後、耳を突き、澄ませろジェスチャーする。
それに従って耳を澄ませると、階下から複数人の足音と、粗野な会話が聞こえてきた。
「……不味いな。移動しよう」
少女には会話ないようまで分からなかったが、彼にはそれが聞こえたらしい、ベッドに立てかけてあった、残弾僅かなサバトライフルを手に持つ。
風音は、小さく頷くと、素早くベッドから立ち上がると、腰の刀に手をかけた。
会話できる程度には元気になったけど、傷はまだまだ塞がっていない状態の西条さん。




