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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
七章:風音と疾風
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お詫び小話:スカベンジの武器選択

ちょっと長め。

お詫び小話です。


少しだけ変態の世界観にも触れています。

 南雲陽子はご機嫌だった。

 背負った背嚢はパンパンに膨れ上がり、顔や手足には古くなったグリスによる黒い油汚れが付き、愛らしい顔立ちには、小さな擦り傷が出来ている。

 その上、何日も風呂に入れなかったので、髪には脂が浮き始めていた。


 浮浪者のような有様で、年頃の女の子ならば、辟易するみすぼらしい格好なのだが、浮浪者のような恰好をしていても、陰りを見せない美しさを持つ彼女は、満面の笑みで、放浪者の街を闊歩している。

 陽子が通り過ぎると、スラムの男が鼻の下を伸ばしながら振り向き、娼婦は商売上がったりだと舌打ちする。だが、彼女を害そうとする者は一人もいない。


 何故なら、少女の背後には、スラムの顔役、身長二メートルもある筋骨隆々の大男が睨みを効かしているからだ。

 そして、陽子がその男の情婦である事は、皆が理解している。

 尚、情婦云々は誤解なのだが、その誤解は男、サイハテにとって、とても都合がいいので、否定する事はしなかった。


「えへへ……儲かっちゃったね!」


 突如としてクルリと振り向いた陽子は、後ろを歩く二人に向かって、そう声を掛ける。

 パンパンに膨らんだ背嚢には、この時代では製作できない電子部品や、精密部品がこれでもかと詰め込まれているのだ。


「ああ、そうだな。流すところを選べば……そうだな。六千円は行くだろう」


 同じように、パンパンに膨らんだ背嚢を揺らしながら、サイハテが答える。

 いつもの車はどうしたのかと言うと、地雷原を越え、湿地帯の奥深くにある工業地帯から、過去の遺物を発掘してきたのだ。車は使えない遺跡だった。

 おかげで、彼の隣を歩く機械侍女、ハルカの背に背負われたレアは、静かに寝息を立てている。


「六千円かぁ……いつも通り山分けにする?」

「そうだな、半分を共用貯金に入れて、弾薬代とメンテナンス代を差っ引いて分けよう。欲しい物があったら、レア以外は買い取りで行こう」


 ちらりと、寝息を立てるレアに視線を向けたサイハテが言った。


「……そうね。今回は大活躍だったもんねぇ」


 歩みを遅めて、ハルカの隣に並んだ陽子は、幼い少女の髪を撫でる。

 脂で指の通りが悪いので、家に着いたら起こして、風呂に入れてやらねばならない。


「ああ、レアはいい仕事をした。ジェノサイドモードになっている戦闘ドローンの無力化。警備システムを掌握までした。おかげで、大分楽な仕事になったな」


 むしろ、レアが居なければ弾薬が足りない所だっただろう。

 何しろ、工業地帯に居た警備用戦闘ドローンは、軽装甲車並の装甲を持つ重装甲の人型ドローンと、それをバックアップする、偵察機仕様の浮遊型ドローンが存在した。

 圧縮ストレージに詰め込まれた数千発の7.62mmNATO弾を、索敵した正確な情報を元にして撃ちこまれては、サイハテとて苦戦する。


「そうね。大口径の狙撃銃があれば、もう少し楽させてあげれたんだけどね」

「君は、狙撃で装甲型を撃破しただろう。十二分な活躍だよ」


 謙遜した陽子を、彼が称賛する。

 何せ、重装甲の人型ドローン、HAD-114は分厚い装甲を纏ってはいるが、人型と言う制約上、どうしても駆動部等に小さな隙間が産まれてしまう。

 HAD-114の鎖骨辺りにある装甲、そこの駆動部の小さな隙間、サイズにして十円玉程度の隙間を、陽子は手に持った半自動狙撃銃で撃ち抜いて破壊したのだ。


「そう? これ位誰でも出来そうだけど」

「無理だからな? 七百メートルもあるのに、あんな小さな動目標なんて撃ち抜けないからな? そもそも七百メートルも狙撃する事自体、難しい事だ」

「そうかなぁ……サイハテも狙撃自体は出来るんでしょう? だったらチャレンジしてみればいいじゃない。私がスポッターしようか?」

「……俺は七百メートルもあったら、人間大の動目標が精いっぱいだ」


 これでも、スナイパーとしては優秀な部類に入る。

 そんな会話をしながら、我が家である庭付き襤褸屋への道を歩いていると、陽子が唐突に話題を変えた。


「あ、そうそう。今回の遺跡なんだけど」

「うん? 取り逃しでもあったか?」

「ううん、そうじゃなくて」


 ふるふると首を左右に振った少女は、じっとサイハテの事を見つめると、とある事を尋ねてくる。


「サイハテ一人だったら、どうやって攻略したのかなって」


 純粋な疑問、と言った雰囲気ではあるが、彼にとってもいい質問であった。


「そうだな……」


 ぴたりと顎に手を当てて、何かを考え始めるサイハテ。

 彼はそんなに長く思考に埋没することはない。舗装もされていない踏み固められた土の道を歩きながら、陽子は答えが返ってくるまで、だまって歩く事にする。


「うむ、順を追って説明しよう。荷物を下ろしたら、説明しよう」


 考えた時間は二分程だろうか。

 襤褸屋の庭に辿り着いた瞬間、彼が口を開いた。


「では、あたしはお風呂を入れてきマス。どうぞ、ごゆっくり」


 そんな二人を見かねてか、寝ているレアをサイハテが作った畳スペースに降ろすと、ハルカは風呂場へと消えていく。

 背負っていた背嚢を下ろした陽子は、せがむかのように食卓の椅子に座り、彼は冷蔵庫から出した缶コーヒーを、陽子の前へ置いた。


「まず、事前情報として、車でたどり着けない遺跡である事、徒歩で向かったスカベンジャーチームが消息を絶っている。等を話したと思う」

「ええ、そうね。遺跡の中に、六人の死体があったけど、持っている武器と言えば、サブマシンガン位だったわね」

「それでも、彼らはいくつもの遺跡から発掘を行える凄腕チームだった」


 武装の貧弱さに陽子が言及すると、サイハテはそれを即座に否定する。

 普段はあれで十分だったとでも言いたいのだろう。


「して、ここから仮説が導き出せる」


 少女が缶コーヒーで唇を湿らせると、彼も同じようにコーヒーを口に運んだ。


「まず、サブマシンガンや拳銃、アサルトライフル程度では撃破できない敵が存在する、つまり装甲を持った目標(ハードターゲット)が敵だと言う事。そんな敵が存在する上に、重火器を持ち込めないから、その敵に損耗は少ない事だ」


 話を聞きながら、陽子は何度も頷いた。

 得られた少ない情報から、敵の情報を導き出した事に、感心しているのだ。


「して、ここから必要最低限の装備を想定する」

「なんで必要最低限なの?」

「向かう先は地雷原と湿地帯だからだ。装備が重くなれば、車両用の大型地雷が爆発可能性と、湿地に填まった際に抜け出せない危険性。それと、徒歩携行出来る重火器程度では、敵の殲滅が不可能と想定されるからだ」

「はぇ~……色々考えるのね」


 まぁなと返事をしたサイハテは、腰に結わえていた高周波ブレードと、ホルスターに入っていたサプレッサー付き45口径拳銃を机に置くと、二つを指差しながら、言い放つ。


「そこで、俺が持っていく装備はこの二つに限定されるだろう」

「……これは、ちょっと、少ない……んじゃないかしら?」


 陽子は今回の遺跡を思い出しながら、指示(さししめ)された拳銃と刀を見て、難色を示す。

 何しろ、刀で切ろうにもHAD-114は両手に装着した機関銃から弾幕を張ってくるし、拳銃程度では装甲に弾痕を残す位しかできないからだ。


「いいや、これでいい。刀はあの重装甲を破壊出来るし、拳銃は複数発で偵察機を破壊出来る」


 こう言い切られては、閉口するしかない。

 唇をへの字に引き結びながらドン引きしている少女を見かねて、サイハテは小さく溜息を吐いた。


「俺が正面から突撃するとでも、君は思っているのか?」

「え? ああ、隠れていくのね!」

「……思っていたんだな。まぁいい」


 後頭部を掻きながら、いつも通りの無表情な彼に対して、陽子は愛想笑いを浮かべて誤魔化しにかかる。

 そんな様子をみたサイハテは、小さく肩を竦めると続きを話しだした。


「そうだな。遺跡に着いたら、隠れながら進んで、警備室ではなく、動力の供給源へと向かうな」

「あら、どうして?」


 純粋な疑問を、サイハテに向けると、彼は再び肩を竦めると情け無さそうに言い放つ。


「……ハッキング出来ないから」

「ああ、うん。ごめん、続けて」


 あまり、自分がテクノロジーから置いて行かれた実質老人であるとは考えたくないのだろう。年寄り扱いが過ぎると、サイハテは拗ねるのだ。

 それはもう、面倒臭い拗ね方をするので、陽子はあまり触れないようにしていたのだが、時たま、こうやって触れてしまう事があった。


「うむ。そして動力源を解体するなりなんなりして、警備システムを無力化。そこからドローンに見つからないように遺跡を探索。価値の高い物だけ収集して、離脱かな」

「あら、もしかして武装は使わない事前提なの?」

「そうだ。欲しいのは、良い値段で売れる精密部品や電子部品、だからな」

「はぇ~……」


 二度目の関心だ。

 彼のやり口は、正しくプロフェッショナルそのものだろう。


「見つからない、見つかったら探索を中断して帰還。どうしても戦うのならば、不意打ちして一撃で破壊する。こんな感じだろうな」


 やり口は堅実そのもので、その日の上がりは運に左右されるかも知れないが、遺跡から確実に利益を引き出して、生還率を大きく高める行為だった。

 これがサイハテのやり方かと感心していると、風呂場からハルカが出てきて、二人の前に立つ。


「ヨーコ様、レア様の入浴介助をお願いしたいのデスガ……今、よろしいでショウカ?」

「え? あ、うーん?」


 ちらりと彼を見ると、大きく頷いていた。


「先に入ってこい。MVPは君達だから、一番風呂は譲ろう」

「……えっと、それなら、お言葉に甘えて」


 未だ寝ているレアを抱き上げたハルカを先行させて、陽子は風呂場へと消えていった。

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