お詫び小話:スカベンジの武器選択
ちょっと長め。
お詫び小話です。
少しだけ変態の世界観にも触れています。
南雲陽子はご機嫌だった。
背負った背嚢はパンパンに膨れ上がり、顔や手足には古くなったグリスによる黒い油汚れが付き、愛らしい顔立ちには、小さな擦り傷が出来ている。
その上、何日も風呂に入れなかったので、髪には脂が浮き始めていた。
浮浪者のような有様で、年頃の女の子ならば、辟易するみすぼらしい格好なのだが、浮浪者のような恰好をしていても、陰りを見せない美しさを持つ彼女は、満面の笑みで、放浪者の街を闊歩している。
陽子が通り過ぎると、スラムの男が鼻の下を伸ばしながら振り向き、娼婦は商売上がったりだと舌打ちする。だが、彼女を害そうとする者は一人もいない。
何故なら、少女の背後には、スラムの顔役、身長二メートルもある筋骨隆々の大男が睨みを効かしているからだ。
そして、陽子がその男の情婦である事は、皆が理解している。
尚、情婦云々は誤解なのだが、その誤解は男、サイハテにとって、とても都合がいいので、否定する事はしなかった。
「えへへ……儲かっちゃったね!」
突如としてクルリと振り向いた陽子は、後ろを歩く二人に向かって、そう声を掛ける。
パンパンに膨らんだ背嚢には、この時代では製作できない電子部品や、精密部品がこれでもかと詰め込まれているのだ。
「ああ、そうだな。流すところを選べば……そうだな。六千円は行くだろう」
同じように、パンパンに膨らんだ背嚢を揺らしながら、サイハテが答える。
いつもの車はどうしたのかと言うと、地雷原を越え、湿地帯の奥深くにある工業地帯から、過去の遺物を発掘してきたのだ。車は使えない遺跡だった。
おかげで、彼の隣を歩く機械侍女、ハルカの背に背負われたレアは、静かに寝息を立てている。
「六千円かぁ……いつも通り山分けにする?」
「そうだな、半分を共用貯金に入れて、弾薬代とメンテナンス代を差っ引いて分けよう。欲しい物があったら、レア以外は買い取りで行こう」
ちらりと、寝息を立てるレアに視線を向けたサイハテが言った。
「……そうね。今回は大活躍だったもんねぇ」
歩みを遅めて、ハルカの隣に並んだ陽子は、幼い少女の髪を撫でる。
脂で指の通りが悪いので、家に着いたら起こして、風呂に入れてやらねばならない。
「ああ、レアはいい仕事をした。ジェノサイドモードになっている戦闘ドローンの無力化。警備システムを掌握までした。おかげで、大分楽な仕事になったな」
むしろ、レアが居なければ弾薬が足りない所だっただろう。
何しろ、工業地帯に居た警備用戦闘ドローンは、軽装甲車並の装甲を持つ重装甲の人型ドローンと、それをバックアップする、偵察機仕様の浮遊型ドローンが存在した。
圧縮ストレージに詰め込まれた数千発の7.62mmNATO弾を、索敵した正確な情報を元にして撃ちこまれては、サイハテとて苦戦する。
「そうね。大口径の狙撃銃があれば、もう少し楽させてあげれたんだけどね」
「君は、狙撃で装甲型を撃破しただろう。十二分な活躍だよ」
謙遜した陽子を、彼が称賛する。
何せ、重装甲の人型ドローン、HAD-114は分厚い装甲を纏ってはいるが、人型と言う制約上、どうしても駆動部等に小さな隙間が産まれてしまう。
HAD-114の鎖骨辺りにある装甲、そこの駆動部の小さな隙間、サイズにして十円玉程度の隙間を、陽子は手に持った半自動狙撃銃で撃ち抜いて破壊したのだ。
「そう? これ位誰でも出来そうだけど」
「無理だからな? 七百メートルもあるのに、あんな小さな動目標なんて撃ち抜けないからな? そもそも七百メートルも狙撃する事自体、難しい事だ」
「そうかなぁ……サイハテも狙撃自体は出来るんでしょう? だったらチャレンジしてみればいいじゃない。私がスポッターしようか?」
「……俺は七百メートルもあったら、人間大の動目標が精いっぱいだ」
これでも、スナイパーとしては優秀な部類に入る。
そんな会話をしながら、我が家である庭付き襤褸屋への道を歩いていると、陽子が唐突に話題を変えた。
「あ、そうそう。今回の遺跡なんだけど」
「うん? 取り逃しでもあったか?」
「ううん、そうじゃなくて」
ふるふると首を左右に振った少女は、じっとサイハテの事を見つめると、とある事を尋ねてくる。
「サイハテ一人だったら、どうやって攻略したのかなって」
純粋な疑問、と言った雰囲気ではあるが、彼にとってもいい質問であった。
「そうだな……」
ぴたりと顎に手を当てて、何かを考え始めるサイハテ。
彼はそんなに長く思考に埋没することはない。舗装もされていない踏み固められた土の道を歩きながら、陽子は答えが返ってくるまで、だまって歩く事にする。
「うむ、順を追って説明しよう。荷物を下ろしたら、説明しよう」
考えた時間は二分程だろうか。
襤褸屋の庭に辿り着いた瞬間、彼が口を開いた。
「では、あたしはお風呂を入れてきマス。どうぞ、ごゆっくり」
そんな二人を見かねてか、寝ているレアをサイハテが作った畳スペースに降ろすと、ハルカは風呂場へと消えていく。
背負っていた背嚢を下ろした陽子は、せがむかのように食卓の椅子に座り、彼は冷蔵庫から出した缶コーヒーを、陽子の前へ置いた。
「まず、事前情報として、車でたどり着けない遺跡である事、徒歩で向かったスカベンジャーチームが消息を絶っている。等を話したと思う」
「ええ、そうね。遺跡の中に、六人の死体があったけど、持っている武器と言えば、サブマシンガン位だったわね」
「それでも、彼らはいくつもの遺跡から発掘を行える凄腕チームだった」
武装の貧弱さに陽子が言及すると、サイハテはそれを即座に否定する。
普段はあれで十分だったとでも言いたいのだろう。
「して、ここから仮説が導き出せる」
少女が缶コーヒーで唇を湿らせると、彼も同じようにコーヒーを口に運んだ。
「まず、サブマシンガンや拳銃、アサルトライフル程度では撃破できない敵が存在する、つまり装甲を持った目標が敵だと言う事。そんな敵が存在する上に、重火器を持ち込めないから、その敵に損耗は少ない事だ」
話を聞きながら、陽子は何度も頷いた。
得られた少ない情報から、敵の情報を導き出した事に、感心しているのだ。
「して、ここから必要最低限の装備を想定する」
「なんで必要最低限なの?」
「向かう先は地雷原と湿地帯だからだ。装備が重くなれば、車両用の大型地雷が爆発可能性と、湿地に填まった際に抜け出せない危険性。それと、徒歩携行出来る重火器程度では、敵の殲滅が不可能と想定されるからだ」
「はぇ~……色々考えるのね」
まぁなと返事をしたサイハテは、腰に結わえていた高周波ブレードと、ホルスターに入っていたサプレッサー付き45口径拳銃を机に置くと、二つを指差しながら、言い放つ。
「そこで、俺が持っていく装備はこの二つに限定されるだろう」
「……これは、ちょっと、少ない……んじゃないかしら?」
陽子は今回の遺跡を思い出しながら、指示された拳銃と刀を見て、難色を示す。
何しろ、刀で切ろうにもHAD-114は両手に装着した機関銃から弾幕を張ってくるし、拳銃程度では装甲に弾痕を残す位しかできないからだ。
「いいや、これでいい。刀はあの重装甲を破壊出来るし、拳銃は複数発で偵察機を破壊出来る」
こう言い切られては、閉口するしかない。
唇をへの字に引き結びながらドン引きしている少女を見かねて、サイハテは小さく溜息を吐いた。
「俺が正面から突撃するとでも、君は思っているのか?」
「え? ああ、隠れていくのね!」
「……思っていたんだな。まぁいい」
後頭部を掻きながら、いつも通りの無表情な彼に対して、陽子は愛想笑いを浮かべて誤魔化しにかかる。
そんな様子をみたサイハテは、小さく肩を竦めると続きを話しだした。
「そうだな。遺跡に着いたら、隠れながら進んで、警備室ではなく、動力の供給源へと向かうな」
「あら、どうして?」
純粋な疑問を、サイハテに向けると、彼は再び肩を竦めると情け無さそうに言い放つ。
「……ハッキング出来ないから」
「ああ、うん。ごめん、続けて」
あまり、自分がテクノロジーから置いて行かれた実質老人であるとは考えたくないのだろう。年寄り扱いが過ぎると、サイハテは拗ねるのだ。
それはもう、面倒臭い拗ね方をするので、陽子はあまり触れないようにしていたのだが、時たま、こうやって触れてしまう事があった。
「うむ。そして動力源を解体するなりなんなりして、警備システムを無力化。そこからドローンに見つからないように遺跡を探索。価値の高い物だけ収集して、離脱かな」
「あら、もしかして武装は使わない事前提なの?」
「そうだ。欲しいのは、良い値段で売れる精密部品や電子部品、だからな」
「はぇ~……」
二度目の関心だ。
彼のやり口は、正しくプロフェッショナルそのものだろう。
「見つからない、見つかったら探索を中断して帰還。どうしても戦うのならば、不意打ちして一撃で破壊する。こんな感じだろうな」
やり口は堅実そのもので、その日の上がりは運に左右されるかも知れないが、遺跡から確実に利益を引き出して、生還率を大きく高める行為だった。
これがサイハテのやり方かと感心していると、風呂場からハルカが出てきて、二人の前に立つ。
「ヨーコ様、レア様の入浴介助をお願いしたいのデスガ……今、よろしいでショウカ?」
「え? あ、うーん?」
ちらりと彼を見ると、大きく頷いていた。
「先に入ってこい。MVPは君達だから、一番風呂は譲ろう」
「……えっと、それなら、お言葉に甘えて」
未だ寝ているレアを抱き上げたハルカを先行させて、陽子は風呂場へと消えていった。




