六話:人間の限界点
PC復活!
自分でパーツ買って、自分で積み替えればええねん!!
そう言うなり、彼は革ベルトで肩口を強く縛る。
砕けた方の腕を、採血台に乗せると、口で瓶の蓋を器用に開き、消毒液を二の腕に振りかける。空になった瓶が投げ捨てられて、部屋の片隅で砕け散った。
滅菌パックから取り出されたメスを腕に当てたサイハテは、麻酔も無しに腕を開き始める。
「……麻酔は!?」
流石に、そんな奇行を見せられてしまえば、風音も黙って見守る訳にはいかなかった。
素っ頓狂な声を上げて、彼に抗議するが、痛みは感じていないかのように、態度は変わらない。
「手元が鈍るから、いらない」
砕けた骨をパズルのように組み合わせながらの一言である。
ちらりと戦々恐々としている少女を横目で見ると、サイハテは小さく溜息を吐く。
「正しい外科知識があれば、切ってはいけない所や、痛みに対してどこまで冷静でいられるかがわかる。この程度ならば、まだ問題はない」
筋繊維に食い込んでいる骨の破片を除去しながら、彼は言った。
「それに、俺達の体は痛みに対しての嫌悪感が少ないから、こう言った無茶も可能だ」
喋りながらも、手元に狂いはない。
まるで機械のように破片を剥がしては、根本から組み立てていく。
その姿は人間らしさからは、大きく離れているが、こんな世の中では、彼の方が正しい生き物なのだと、風音は胸中で納得ににた感情を抱いていた。
「……まぁ、それでも、痛い物は痛い。好んでやりたい行為ではないな」
すっかり血色が良くなったサイハテは、そんな冗談も口にする。
痛みなど感じていないかのように、汗一つかかずにそんな事を宣うのだ。冗談以外の何物でもないだろう。
「さて、とりあえず完成だ」
開かれた腕の傷口からは、無理矢理はめ込んだせいか、少しだけ歪になった腕の骨が見える。
「この傷口を閉じて、細胞増活剤を投与する。箱で持ってきてくれ」
バチバチと、医療用ホチキスで傷口を縫い留めながら、サイハテはそんな事を願う。
釈然としない気持ちではあったが、今はとにかく彼の回復を待つ他ないので、言われた通りに、棚から増幅剤をもってくるのだった。
手渡された箱から、押し込み型注射器に封入された増活剤を、自分に打ち込み始めるサイハテ。
「……使いすぎじゃないか? 体に悪いよ」
七本目の注射器が転がった所で、風音は苦言を呈した。
細胞増活剤はナノマシンによって、傷の修復を手助けする薬剤ではあるが、役割を終えたナノマシンは、老化した赤血球と同じように、脾臓で分解され、尿と共に排出される。
接種し過ぎは、それだけ脾臓と腎臓に負担をかけるのだ。
「問題ない。俺達の体にあるマクロファージは、想像以上に食いしん坊だし、分解能力はそれこそ重金属でも問題ない位だ」
一箱分の細胞増活剤を使い切ったサイハテは、手術したばかりの腕に添え木を当てて固定すると、手術台の上からゆっくりと起き上がり、少しだけ辛そうに顔を顰めた。
「少し、眠りたい。ベッドを探そう」
彼がそう言うと、風音は呆れたように肩を竦める。
「……貴方は、勝手な人だね」
眉尻を下げて、如何にも困り顔と言った風情の彼女に対し、サイハテは肩を震わせながら懐かしそうに笑い、歩きながら言葉を返す。
「お前の母さんにも、よく言われた。心配をかけるだけかけて、自分で解決する。貴方は勝手な人だと、今の君みたいな表情で言っていた」
腕を庇いながら歩く彼は、どこか遠い、それでも懐かしそうな眼差しで遠くを見つめながら、思い出を語る。
「……そうだな。少し、お母さんの話をしようか。知りたいだろ?」
会った事も、見た事すらない母だと言うのに、知りたいと思う事が不思議であった。
しかし、それだけでなく、父親が語りたいのだと察した風音は、小さく頭を振ると呆れたような表情のまま、言い返すのだ。
「ハヤテが喋りたいだけ、でしょ?」
それに対し、サイハテは小さく肩を竦め、頷いた。
「バレたか。だが、聞きたくはないか?」
一つしかない眼で見据えながら、彼は訪ねてくる。
知りたいか知りたくないかと言えば、それはもう知りたいのだが、なんだか気恥ずかしいような気がして、少女は俯きながら押し黙ってしまう。
静かな院内には、風音の歩く音と、彼が歩いた際に発する衣擦れの音だけが響く。
「……そうだな。まずは、どんな人間だったか。それを話そうか」
黙ったまま病室についてしまい、この話は流れてしまうかと思ったが、そんな事はないらしい。
サイハテはベットに腰掛けると、自らの隣を優しく叩き、少女に座るように促した。大人しく従って隣に座ると、鉄錆の臭いと、消毒液の香りがする。
そっと、ベッドに置かれた父の手に自分の手を合わせると、太く、節くれだった指が、むず痒そうに動いた。
「アイツは……ジルは、琴音は、ちょっと変わった奴だった」
父親にせがんで語ってもらった訳ではない昔話が、廃墟となった街を背景に始めるのだった。
変態の昔語り。
昔々から始まって、めでたしめでたしでは終わらない、変態の過去。




