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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
七章:風音と疾風
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六話:人間の限界点

PC復活!

自分でパーツ買って、自分で積み替えればええねん!!

 そう言うなり、彼は革ベルトで肩口を強く縛る。

 砕けた方の腕を、採血台に乗せると、口で瓶の蓋を器用に開き、消毒液を二の腕に振りかける。空になった瓶が投げ捨てられて、部屋の片隅で砕け散った。

 滅菌パックから取り出されたメスを腕に当てたサイハテは、麻酔も無しに腕を開き始める。


「……麻酔は!?」


 流石に、そんな奇行を見せられてしまえば、風音も黙って見守る訳にはいかなかった。

 素っ頓狂な声を上げて、彼に抗議するが、痛みは感じていないかのように、態度は変わらない。


「手元が鈍るから、いらない」


 砕けた骨をパズルのように組み合わせながらの一言である。

 ちらりと戦々恐々としている少女を横目で見ると、サイハテは小さく溜息を吐く。


「正しい外科知識があれば、切ってはいけない所や、痛みに対してどこまで冷静でいられるかがわかる。この程度ならば、まだ問題はない」


 筋繊維に食い込んでいる骨の破片を除去しながら、彼は言った。


「それに、俺達の体は痛みに対しての嫌悪感が少ないから、こう言った無茶も可能だ」


 喋りながらも、手元に狂いはない。

 まるで機械のように破片を剥がしては、根本から組み立てていく。

 その姿は人間らしさからは、大きく離れているが、こんな世の中では、彼の方が正しい生き物なのだと、風音は胸中で納得ににた感情を抱いていた。


「……まぁ、それでも、痛い物は痛い。好んでやりたい行為ではないな」


 すっかり血色が良くなったサイハテは、そんな冗談も口にする。

 痛みなど感じていないかのように、汗一つかかずにそんな事を宣うのだ。冗談以外の何物でもないだろう。


「さて、とりあえず完成だ」


 開かれた腕の傷口からは、無理矢理はめ込んだせいか、少しだけ歪になった腕の骨が見える。


「この傷口を閉じて、細胞増活剤を投与する。箱で持ってきてくれ」


 バチバチと、医療用ホチキスで傷口を縫い留めながら、サイハテはそんな事を願う。

 釈然としない気持ちではあったが、今はとにかく彼の回復を待つ他ないので、言われた通りに、棚から増幅剤をもってくるのだった。

 手渡された箱から、押し込み型注射器に封入された増活剤を、自分に打ち込み始めるサイハテ。


「……使いすぎじゃないか? 体に悪いよ」


 七本目の注射器が転がった所で、風音は苦言を呈した。

 細胞増活剤はナノマシンによって、傷の修復を手助けする薬剤ではあるが、役割を終えたナノマシンは、老化した赤血球と同じように、脾臓で分解され、尿と共に排出される。

 接種し過ぎは、それだけ脾臓と腎臓に負担をかけるのだ。


「問題ない。俺達の体にあるマクロファージは、想像以上に食いしん坊だし、分解能力はそれこそ重金属でも問題ない位だ」


 一箱分の細胞増活剤を使い切ったサイハテは、手術したばかりの腕に添え木を当てて固定すると、手術台の上からゆっくりと起き上がり、少しだけ辛そうに顔を顰めた。


「少し、眠りたい。ベッドを探そう」


 彼がそう言うと、風音は呆れたように肩を竦める。


「……貴方は、勝手な人だね」


 眉尻を下げて、如何にも困り顔と言った風情の彼女に対し、サイハテは肩を震わせながら懐かしそうに笑い、歩きながら言葉を返す。

 

お前の母さん(アイツ)にも、よく言われた。心配をかけるだけかけて、自分で解決する。貴方は勝手な人だと、今の君みたいな表情で言っていた」


 腕を庇いながら歩く彼は、どこか遠い、それでも懐かしそうな眼差しで遠くを見つめながら、思い出を語る。 


「……そうだな。少し、お母さんの話をしようか。知りたいだろ?」


 会った事も、見た事すらない母だと言うのに、知りたいと思う事が不思議であった。

 しかし、それだけでなく、父親が語りたいのだと察した風音は、小さく頭を振ると呆れたような表情のまま、言い返すのだ。


「ハヤテが喋りたいだけ、でしょ?」


 それに対し、サイハテは小さく肩を竦め、頷いた。


「バレたか。だが、聞きたくはないか?」


 一つしかない眼で見据えながら、彼は訪ねてくる。

 知りたいか知りたくないかと言えば、それはもう知りたいのだが、なんだか気恥ずかしいような気がして、少女は俯きながら押し黙ってしまう。

 静かな院内には、風音の歩く音と、彼が歩いた際に発する衣擦れの音だけが響く。


「……そうだな。まずは、どんな人間だったか。それを話そうか」


 黙ったまま病室についてしまい、この話は流れてしまうかと思ったが、そんな事はないらしい。

 サイハテはベットに腰掛けると、自らの隣を優しく叩き、少女に座るように促した。大人しく従って隣に座ると、鉄錆の臭いと、消毒液の香りがする。

 そっと、ベッドに置かれた父の手に自分の手を合わせると、太く、節くれだった指が、むず痒そうに動いた。


「アイツは……ジルは、琴音は、ちょっと変わった奴だった」


 父親にせがんで語ってもらった訳ではない昔話が、廃墟となった街を背景に始めるのだった。

変態の昔語り。

昔々から始まって、めでたしめでたしでは終わらない、変態の過去。

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