五話:手術
壁を杖がわりに、ヨタヨタと歩きながらサイハテは手術室へたどり着いた。
薬の効果が切れてきたのか、目は霞み手が震え、瞳を閉じてしまえばそれだけで意識が無くなってしまうだろう。
結局、ここまで意地張ってきたはいいものの、最早限界近くまで体力を使ってしまったようで、手術室の扉を開くのと同時に、彼は床へ倒れ込む。
余命幾ばくもない。
そんな事はサイハテ自身がよく理解していた。
目を閉じて、一時間も待てば、眠るように死ねる。
それはとてもとても楽な死に方であり、ここまで頑張ってきたのだから、最後の最後位、楽になってもいいじゃないか。
彼の胸中で、そんな情けない言葉が去来する。
だが、今死ぬ訳にはいかない。とサイハテは強く頭を振ると、満足に動く腕一本だけで、這いずり始める。時間をかけながら、ゆっくりと手術台に向かって、彼は手を伸ばす。
「まだ、死ねん。まだ、死にたく、ないっ!」
最後の力を振り絞って、己の体を台の上に引き上げんが為、吐いた言葉なんだっただろうか。
彼が手術台にのし上がって、息を整える為に浅く小さな呼吸を繰り返していると、手術室のドアが荒々しく開かれた。
そちらの方に目をやると珍妙な風景が映っている。
「どっ……こいっ……しょぉぉぉぉぉぉぉ!!」
うら若き乙女にあるまじき雄叫びと、血走った目をした愛娘の姿だった。
その背中には、薬剤保管庫から引っ張り出してきたであろう棚が、三つ程括り付けられている。
サイハテが唖然とした表情のまま成り行きを見守っていると、棚を地面にたたきつけ、汗まみれの風音は口角を吊り上げてにんまりと笑い、口を開く。
「薬、よくわかんないから、全部持ってきちゃった!」
これは流石に予想外過ぎた。
どれがどれだかわからないから、とりあえず全部、しかも袋に詰めてくるのではなく、ビニールで圧縮梱包された棚を薬剤事担いで持ってくるとは、誰も予想できないだろう。
同じように口角を吊り上げたサイハテは、目尻を優しく微笑ませながら、棚の一つにある赤い瓶を指差した。
「とりあえず、その白い、蓋の赤い瓶……そうそれと、ホチキス、をくれ」
「これ?」
妙に素早い動きで、薬を手渡してくる風音の姿に、もう一度苦笑してしまうが、今はそんな事をやっている暇なんてないだろう。
ともかくまずは消毒止血縫合、その後、粉々に砕けてしまった腕の骨をなんとかするべきだ。
薬を受け取ったサイハテは、襤褸切れとなったマッスルアーマーを千切り捨てると、瓶の中身を、乱暴に振りかけ始める。
「うぇっ……わたし、これ嫌い」
嗅ぎ覚えのある独特な匂いに、風音は顔を顰めて、部屋の隅へと退避してしまう。
その姿を横目で見送りながら、サイハテは傷口を鉗子で広げると、体内に突き刺さったままの破片を除去する事にした。
手慣れているのか、大小様々な金属片が取り出されては、手術台の傍に積み上がっていく。
「出血はこれでよし、本当なら縫いたいのだが……まぁ、仕方ないだろう」
太い血管と大きな傷口を、高分子たんぱく質ポリマーで出来たホチキス針で縫い留めた彼は、医療用ホチキスを近くの手術台に置いた。
出血が止まって、体内の栄養素から急激な速度で血液が作られようとしているが、水分が足りない。
「よし、風音。生理食塩水を取ってくれ」
「点滴か?」
やはり素早い動きで生理食塩水のパックと、点滴針を渡そうとする風音であったが、サイハテが受け取ったのは、パックだけだ。
「いいや、飲むのさ」
「えぇ……」
彼はパックを噛み千切ると、中身をさっさと飲み干してしまう。
そして今度は唖然としている風音に向かい、こう言い放つ。
「もう五つ位寄越してくれ」
よくわからない状況だが、言われた通りに生理食塩水を渡してやると、サイハテはそれも、さっさと飲み干して、腕で口を拭ってしまった。
困惑したままの風音に向かい、彼は小さく肩を竦めると、自分達の体の事を話し始める。
「俺達アルファナンバーズの体は、凄まじく便利にできていてな。点滴六本分なら、輸液するより、経口摂取した方が早いんだ」
語られたのは恐るべき消化吸収能力であった。
土気色だった皮膚は、凄まじい速度で血色が戻ってきている。
「贅沢を言うなら、プロテインも欲しいが……ま、それは後で調達すればいい」
そう言いながら、彼は手術台から起き上がり、しっかりとした足取りで薬剤棚へと向かっていき、これからする手術に必要なものを取り出し始めた。
いくつかの薬剤や手術道具をトレーに乗せて、細胞増活剤を箱ごと持っていく。
「よく見て置け、俺とあいつの血を引いているなら、こんな無茶も出来ると言う事を、よく知って置いたがいい」
モシモシからごめんなさい。
PCのハードディスクが故障したので、修理中です。




