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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
七章:風音と疾風
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五話:手術

 壁を杖がわりに、ヨタヨタと歩きながらサイハテは手術室へたどり着いた。

 薬の効果が切れてきたのか、目は霞み手が震え、瞳を閉じてしまえばそれだけで意識が無くなってしまうだろう。

 結局、ここまで意地張ってきたはいいものの、最早限界近くまで体力を使ってしまったようで、手術室の扉を開くのと同時に、彼は床へ倒れ込む。


 余命幾ばくもない。

 そんな事はサイハテ自身がよく理解していた。

 目を閉じて、一時間も待てば、眠るように死ねる。

 それはとてもとても楽な死に方であり、ここまで頑張ってきたのだから、最後の最後位、楽になってもいいじゃないか。


 彼の胸中で、そんな情けない言葉が去来する。

 だが、今死ぬ訳にはいかない。とサイハテは強く頭を振ると、満足に動く腕一本だけで、這いずり始める。時間をかけながら、ゆっくりと手術台に向かって、彼は手を伸ばす。


「まだ、死ねん。まだ、死にたく、ないっ!」


 最後の力を振り絞って、己の体を台の上に引き上げんが為、吐いた言葉なんだっただろうか。

 彼が手術台にのし上がって、息を整える為に浅く小さな呼吸を繰り返していると、手術室のドアが荒々しく開かれた。

 そちらの方に目をやると珍妙な風景が映っている。


「どっ……こいっ……しょぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 うら若き乙女にあるまじき雄叫びと、血走った目をした愛娘の姿だった。

 その背中には、薬剤保管庫から引っ張り出してきたであろう棚が、三つ程括り付けられている。

 サイハテが唖然とした表情のまま成り行きを見守っていると、棚を地面にたたきつけ、汗まみれの風音は口角を吊り上げてにんまりと笑い、口を開く。


「薬、よくわかんないから、全部持ってきちゃった!」


 これは流石に予想外過ぎた。

 どれがどれだかわからないから、とりあえず全部、しかも袋に詰めてくるのではなく、ビニールで圧縮梱包された棚を薬剤事担いで持ってくるとは、誰も予想できないだろう。

 同じように口角を吊り上げたサイハテは、目尻を優しく微笑ませながら、棚の一つにある赤い瓶を指差した。


「とりあえず、その白い、蓋の赤い瓶……そうそれと、ホチキス、をくれ」

「これ?」


 妙に素早い動きで、薬を手渡してくる風音の姿に、もう一度苦笑してしまうが、今はそんな事をやっている暇なんてないだろう。

 ともかくまずは消毒止血縫合、その後、粉々に砕けてしまった腕の骨をなんとかするべきだ。

 薬を受け取ったサイハテは、襤褸切れとなったマッスルアーマーを千切り捨てると、瓶の中身を、乱暴に振りかけ始める。


「うぇっ……わたし、これ嫌い」


 嗅ぎ覚えのある独特な匂いに、風音は顔を顰めて、部屋の隅へと退避してしまう。

 その姿を横目で見送りながら、サイハテは傷口を鉗子で広げると、体内に突き刺さったままの破片を除去する事にした。

 手慣れているのか、大小様々な金属片が取り出されては、手術台の傍に積み上がっていく。


「出血はこれでよし、本当なら縫いたいのだが……まぁ、仕方ないだろう」


 太い血管と大きな傷口を、高分子たんぱく質ポリマーで出来たホチキス針で縫い留めた彼は、医療用ホチキスを近くの手術台に置いた。

 出血が止まって、体内の栄養素から急激な速度で血液が作られようとしているが、水分が足りない。


「よし、風音。生理食塩水を取ってくれ」

「点滴か?」


 やはり素早い動きで生理食塩水のパックと、点滴針を渡そうとする風音であったが、サイハテが受け取ったのは、パックだけだ。


「いいや、飲むのさ」

「えぇ……」


 彼はパックを噛み千切ると、中身をさっさと飲み干してしまう。

 そして今度は唖然としている風音に向かい、こう言い放つ。


「もう五つ位寄越してくれ」


 よくわからない状況だが、言われた通りに生理食塩水を渡してやると、サイハテはそれも、さっさと飲み干して、腕で口を拭ってしまった。

 困惑したままの風音に向かい、彼は小さく肩を竦めると、自分達の体の事を話し始める。


「俺達アルファナンバーズの体は、凄まじく便利にできていてな。点滴六本分なら、輸液するより、経口摂取した方が早いんだ」


 語られたのは恐るべき消化吸収能力であった。

 土気色だった皮膚は、凄まじい速度で血色が戻ってきている。


「贅沢を言うなら、プロテインも欲しいが……ま、それは後で調達すればいい」


 そう言いながら、彼は手術台から起き上がり、しっかりとした足取りで薬剤棚へと向かっていき、これからする手術に必要なものを取り出し始めた。

 いくつかの薬剤や手術道具をトレーに乗せて、細胞増活剤を箱ごと持っていく。


「よく見て置け、俺とあいつの血を引いているなら、こんな無茶も出来ると言う事を、よく知って置いたがいい」

モシモシからごめんなさい。

PCのハードディスクが故障したので、修理中です。

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