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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
七章:風音と疾風
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二話:弱り切ったサイハテ

 かつては観光地として賑わっていたと、どこかの誰かから聞いた噂を、風音は思い出していた。

 彼女の知っている世界と言えば、息苦しい灰色の施設か、こうなってからの風景しか知らないので、それを想像する事は難しかった。

 それでも、大阪の街と比べると、おんぼろで、風の音しか聞こえない風化した町は、どことなく寂しさを感じさせる。


 あるべきものが居なくなった街と言うとは、どうしてこうもノスタルジックな気持ちになるのだろうかと、一人で首を傾げていると、背後から響いてくる足音が乱れた。

 慌てて振り返ると、彼女の父である西条疾風が、荒い息を吐きながら、朽ちた乗用車に寄りかかっているのが見える。


「……大丈夫か?」


 速足で歩み寄りながら、そう声をかけると、彼は動く手を差し出して、少女の事を制止する。しかし、彼女の歩みは、サイハテから垂れる黒い血を見てからは、走りに変わった。


「問題、ない……」

「あるの! 血が出てる!!」


 強がりを口にした父に対し、年頃らしい口調で反論すると、彼は、脂汗の浮かんだ土気色の顔で、少しだけ微笑んだ。


「笑っている場合ではないであろう!? 早く出血を止めないと……!」


 あわあわと、自分の荷物をひっくり返しながら、ガーゼの代わりになるものを探している風音を尻目に、サイハテはある一点を見つめている。

 しばらくその方向をじーっと見つめた後、寄りかかっていた車から身を離すと、担いでいたライフルを片手で構えてみせた。


「……何を」


 していると尋ねようとした矢先、サイハテが引き金を引いてしまい、静かな街に大きな破裂音が響き渡る。

 そして、柔らかい物が、固い物へと落ちる音がした。

 ライフルを担ぎ直した彼が、少女の方に手を置いて、先を見るように促す。


「……騒ぎ、過ぎだ」


 そう言われて、振り返ると、そこには一体の感染変異体が居た。眉間を穿たれて、四本の足を内側に折りたたんで痙攣している、精神にくる造形のアメンボ型感染変異体だった。

 変異体から目を反らして、父を見ると、置かれていた手は傷口を抑えていて、風音が進むのを待っている状態だ。


「……ごめん」


 一言だけ謝って、先に行こうとすると、弱り切った掠れ声で、語られる。


「怒って、居る訳では、ない。知らない、事は、知らない。のだから……」


 その言葉はフォローだろうか。

 あまり器用な言い方ではなく、突き放すようなニュアンスに聞こえてしまうが、風音はポジティブに考える事にする。

 あれは、フォローなのだと、強く信じて病院へと先行した。


 目指している大学病院は、歩いて二キロ弱の距離に存在する。

 ゆっくり歩いて一時間もかからない距離ではあるが、親子にとっては少しばかりリスクの高い賭けであった。

 サイハテの傷は、外科治療を施さなければ、まずどうしようもない程の重傷で、風音にそんな事を出来る程の高度な医療知識は存在せず、彼の意識を保ったまま病院へと連れていかなくてはならない。


 出血性ショックで失神している人間をバトルドラッグで叩き起こした上に、更なる出血と二キロのウォーキングに少しの戦闘がおまけで付いて来る。

 意識を保っているのがやっと言った有様の父を振り返ると、なんだか無性に泣きたくなる風音であった。

 涙を堪えつつ、彼を見つめていると、彼は弱々しく笑い、冗談を口にする。


「何故、泣く。お腹、でも、減った……のか?」

「泣いてない、減ってない……!」


 心配そうな表情が、引き攣って、膨れ面になるのを見たサイハテは、喉の奥を鳴らすように笑った。


「そう、か。それは、よかった」


 変な方向に心配しているのではなく、からかわれているだけだと理解した風音は、ぷりぷりと怒りながら涙を拭い、再び歩きだした。

 交差点を曲がり、枯れ果てたため池を超えれば、集合団地が見えてくる。

 未だ屋根と壁を残したコンクリート製の集合住宅が六棟、その先にもいくつかの施設があるようだが、風音は気にする事なく進もうとしている。


「風音、待ってくれ」


 サイハテは、彼女が感染変異体を知らないようだから、声をかける事にした。


「……苦しいのか?」


 すると、風音は小走りで駆けよってくる。

 左右に首を振って、そうではないと意思表示をすると、安堵の息を吐いている辺り、妻に似ているのだろうと、サイハテは感心した。

 尚、性格は父親に似ている。


「綺麗な、遺跡、は、感染、変異体の、繁殖、場所、に、なっている、可能性、が、高い。迂回、しよう」


 感染変異体は感染変異体同士で食い合う。

 既存の生物も含めた弱肉強食の新たな生態系を、彼らは二百年以上の時間をかけて構築している事は、意外と知られていない。

 調べても金にならないからである。


「だけど、父さ……」


 父さんと言いかけて、彼女は少し思案し、小さく頷くと言い繕った。


「ハヤテの体は持つの?」


 そう呼ばれて、サイハテはひっくり返りそうになる。

 寄りにもよって、その呼び方は勘弁してくれと、口を開きかけた所で、先に質問への返答を行うべきだと思い直す。


「……持たない、可能性の方が、高い」

ハヤテ呼びを忌避するのは、語るに及ばず。

多分、ここまで読んだ読者なら解ってくれるはず。

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