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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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五十話:敗者の足掻き

 立ち上がった瞬間、彼は敗北を確信する。

 失血と重度の打撲、そして骨折と五百年前の体ならば、この程度で根を上げたりしないはずだった。しかし、今の体は、立ち上がっただけで心臓が止まりかける位、消耗してしまっている。

 まともなトレーニング設備どころか、その体を維持する為の栄養にすら事欠く世界であり、その世界で過ごした日常は、間違いなくサイハテの体を蝕んでいた。


 それだけではない。

 風音を迎えにくるまでに、繰り返した戦闘と、潜入任務によって、全盛期の半分以下になったスタミナを消耗し過ぎてしまったのだ。

 特に、マクニールと、最後の装甲化歩兵部隊相手の戦闘によって、残った力の殆どを使い切ったと言っても過言ではなかった。


「……下がってて」


 暗くなっていく視界の中、それでもなんとか戦おうと、ノワールを睨みつけている最中、突如として、視界に風音の背中が入ってくる。

 彼女の手には、持っていたはずの高周波ブレードが握られており、今更ながら、蹴り飛ばされた際に取り落としていた事を実感した。


「危ないぞ……下がっていい!」


 だが、彼女を奴と戦わせる訳にはいかない。

 サイハテは、泡を喰ったように叫び、残った体力を使い果す。己の意思に反して、屈してしまう膝が絨毯に叩き付けられ、彼はそのまま倒れ込んでしまった。


「その体で何が出来ると言うのだ。わたしに任せて、父さ……お前はそこで寝ていればいい」


 唐突に父と呼ぶ事が恥ずかしくなったのか、言い繕いながらも、しっかりと正眼に刀を構え直し、風音はノワールに向かって、一歩踏み込んでみせる。

 赤熱する黒い刀によって生まれた気流に、長い髪を靡かせた少女は、かつての恩人を強く睨みつける。


「やれやれ……親子二代揃って、全くもう」


 そんな風音を見た、悪党面の男は、その面を更に歪ませて独り言ちた。


「邪魔ばかりしやがって」


 ぽつりと呟かれた言葉と共に、彼は一歩踏み込んだ。

 滑歩と呼ばれる、滑るように移動する歩法によって、一秒にも満たない短い時間で必殺の間合いへと滑り込んでくる。

 そこから繰り出される蹴りを、風音はなんとか刀の腹で受けた。


「君達親子と共に歩めると、夢想した僕は愚かだったのかな? ん?」


 黒煙が上がり、赤熱する刀身に足を溶断されながらも、ノワールは更に足を押し込んでくる。

 慌てて刀を反らし、彼の蹴りを刀身を滑らせるように反らして、距離を取ったが、戻ってきた足が、風音の側頭部を穿った。


「うぐっ!?」


 苦悶の声が漏れる。

 脳震盪を起こしたのか、すっと力が抜けた膝に喝を打ち、這いずるようにして五歩と半分程の距離を取り、刀を構え直す。

 ノワールは追撃をしなかった。焼け焦げた足を治す為に動かなかったのだろう。


「ならいいさ。僕らの道は交わる事はなかった」


 今度は踏み込んで来ず、緩やかに近づいてくる彼を睨み、風音は霞の構えに移行した。

 しっかりと腰を落とし、切先を相手に突き付けて、じりじりと間合いを計りながら、一撃で仕留めるチャンスを伺う。

 その様子をみたノワールは、大きく肩を竦めた後、彼女にハグを求めるかのよう、両手を開いてニンマリと笑ってみせる。


「残念だよ、グラジオラス。孤独を知る君なら賛同してくれると、思っていた」


 紛れもない隙だったが、彼の言葉に、踏み込むのを躊躇してしまう。

 なし崩しに敵対してしまったとは言え、五百年前の幼き頃、あの地獄のような施設から救い出してくれたのは、間違いなくノワールだった。

 そして、戦う術を教え、十五歳まで養育してくれたのも、彼であったのだ。


「だが、僕の前に立ちはだかると言うのならば……僕を斬ってみせるがいい」


 両手を広げたまま、ゆっくりと歩み寄ってくるノワール。

 彼の覇気か、それとも己の意気地が挫けたか、風音はそれに押されて、彼が迫る度に一歩、また一歩と下がってしまう。

 ノワールに向けていたはずの切先は、いつの間にか天井に向いていて、最早剣を振る事は適わない有様だった。


「……斬らないのかい?」


 彼との距離は目と鼻の先だ。

 そのまま切先の向きを変えて、喉を突けば殺せないにせよ、彼の生命活動を一時的に止める事は可能だったはずなのに、風音の手は動かなかった。

 そんな様子を見咎めたノワールは、開いた両手をすっと下ろすと、左右に首を振りながら、言い放つ。


「それとも……もう戦えなくなった君のパパに、やってもらうのかな?」


 悪辣な笑みを浮かべながら、悪意をわざと滲ませた台詞を紡がれれば、十七歳の小娘等、簡単に怒らせる事が出来る。

 怒りのままに振り上げられた刃を、ノワールは笑いながら受けた。


「やれば出来るじゃないか!」


 頭頂部から鳩尾まで真っ二つにされた状態で、彼は喋る。

 声帯ではなく、体のどこかに生成した新しい器官で喋っているのだろうと、風音は刀を引き抜きながら、冷静に判断した。

 少女は、抜いた刀を地面に突き刺すと、後ろの方で這いずるサイハテを見て、ノワールへと向き直り、自嘲気味に笑って見せる。


「……遊んでないで、早く殺すといい」

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