四十九話:新人類の王
大分遅くなって申し訳ありません。
子犬拾っちゃって、里親探しとかで、てんやわんやでした。
西条疾風は心臓を潰した位では止まらない、残された時間を全て使って、打倒しようと迫ってくると、ノワールはよく知っている。
普段は大した事のない臆病者ではあるが、一度覚悟が決まってしまえば、どんな手を使ってでも目的を完遂する執念深さを、彼は持っていた。
こうなったサイハテを止める手段は、一つしかない。
それは、頭から脊椎を一度で全て破壊し尽くす事だ。
頭だけ潰しても、奴はまだ戦うだろう。脊椎だけでも、まだ奴は向かってくる。だが、そのどちらも破壊されてしまえば、生物として物理的に動けなくなる。
彼に対して、完膚なきまでの勝利を望むのならば、こうする他方法はなく。仕損じれば、手痛い所か全てをひっくり返す一撃を放つ。
ならば、一撃で全てを破壊する威力を持った攻撃で、サイハテを殺す他ないのだ。
樫よりも堅く、柳よりも柔らかく前進を撓らせ、鞭のように彼に迫る。
才覚溢れた兄が、出来損ないの弟に向けて放つ一撃は、どこで受けても生物の体ならば、砕け散ってしまう程の威力を誇っていた。
「死ねぇ!」
お互い人知を超えた肉体を持つと、格闘戦は裏の掻き合いに近い。
それ故に、壁と柱を経由して、ありとあらゆる武術でも想定し辛い上方からの攻め手を駆使し、必殺の一撃を放つ。
上から来ると、理解していても、決して躱せず、腕で防御しようものなら、防御ごと全身を叩き潰す、正しく、必殺の蹴りだった。
「ぐぅ!?」
命中すると、サイハテは悲鳴のような苦悶の声を上げる。
それと同時に、ノワールは驚愕する。驚愕の対象は、防ぎ切った彼に対するものではなく、その手に持つ刀の強度だった。
平で受けても、撓むだけで、砕けもしないその強度に、一瞬思考が真っ白になる。
「糞がぁ……!!」
反撃に移られる前にと、サイハテをローリングソバットで蹴り飛ばし、距離を取った。
しかし、彼が壁に打ち付けられる音と聞いた瞬間に、悪手と取ったと後悔する。
圧倒的優位で、覆る事のない戦況だったはずなのに、ノワールは諦めたように両腕を下ろし、小さく舌打ちすると、サイハテを褒めたたえるのだ。
「……お前の勝ちだ。ジーク」
彼の姿が見えなくなった。
サイハテが得意とする、脳の虚を尽き、完全に視界から消え失せる臆病者の極致を食らい、一先ずは敗北した事を悟る。
探しても、見つからないのだから、どうしようもない。
「そうだな。俺の勝ちだ」
彼の声が聞こえた時には、既に刀が心臓を貫いていた。背中まで一直線に貫通した、黒塗りの刀は、敗北を確定させた、忌々しい物だ。
サイハテはそれを引く抜くと、手首を返して、ノワールの首を刎ねる。
皮一枚残した、綺麗な斬首と共に、男の体は糸が崩れたように膝から倒れ、地面に伏した。
それと同時に、サイハテも崩れ落ちる。
ショック死しても不思議ではない失血と、折れていない骨の方が少ないと言う満身創痍に、いくらタフでも、堪えたのだろう。
腰のポーチから包帯と痛み止めを引っ張り出して、治療をしようとしたその時である。
壁を突き破って現れたジープに一瞬困惑してしまうが、風音に車を取ってくるように頼んでいた事を思い出して、無理矢理立ち上がった。
「……!」
ドアを蹴破らんかの如く開いた少女は、父の姿を見咎めると、顔色を蒼白に変える。
「よう、早かったじゃないか」
苦悶の表情を隠そうとして、引き攣った笑みを浮かべたサイハテは、そう言い放つ。
心配をかけすぎて、叱られるのも仕方ない、そう考えている彼に返ってきた言葉は、予想できないものであった。
「父さん! 避けて!!」
悲鳴のような叫びに、一瞬面食らってしまったのが、命取りだった。わき腹に突き刺さる激しい痛みを感じた瞬間、石柱の所まで弾き飛ばされて、打ち付けられてしまう。
凄まじい衝撃に咽こんでいると、聴こえるはずのない声が聞こえて、思わず顔を上げる。
「あーあ、ひでぇなぁ、ジーク。何も首まで刎ねる事ないじゃないか」
皮一枚繋がった首を、風鈴のようにふらつかせながら、男は語る。
「だがいいさ、これくらいなら……」
斬られた首から筋繊維のような触手が伸び、垂れ下がっている頭を持ち上げると、元に位置に戻してしまう。
蘇ったノワールは、再生した首を確かめるかのように何度か回して、骨を鳴らす。
「治ってしまうからね……アハハ、ハハハハハ! アーッハッハッハッハ!!」
負わせたはずの怪我も、貫いたはずの胸も、まるで粘土細工のように皮下が蠢いては、何もなかったかのように再生されていく。
「どうだい? 僕の力……いいや、新人類の王が持つ不死性は!!」
弱り切っていて、立ち上がれない彼の下に歩み寄りながら、元気いっぱいのノワールは語り続ける。
「これが人類が目指した、不老不死の力……H-DIEの本当の能力……さ!」
サイハテを蹴り上げる。弱った彼は面白いように跳ねて、壁際まで転がって行った。
がたついた体を引きずりながらも、何とか立ち上がろうとする彼を見ながら、ノワールは懐から出した血塗れのシガリロに火を点ける。
「まぁ、そんな事はどうでもよろしい。まだ、気力だけは衰えていないみたいだな?」
だらりと垂れ下がった腕、開きっぱなしの傷口、変形した輪郭の中でも、残った一つだけの目は爛々と輝いていた。
緩やかに立ち上がったサイハテは、肩で息をしながらも、彼を睨みつけている。
「よろしい。ならば、第二ラウンドと行こうじゃないか……」
子犬は、知り合いのお子さんを持つ家庭へ貰われていきました。
旦那さんも奥さんも、犬と共に育ったお方なので、大丈夫だと思います。
尚、予防接種とかで、亜細万の財布は死んだ。




