四十八話:思いの丈
ノワールはそう叫ぶと、後方へと跳ねて大きく距離を取る。
間合いの外、彼等の感覚で三歩分の距離を取ると、振り上げた足を叩きつけるかのように、振り下ろした。すると、玄関ホールに敷かれた赤絨毯が大きくうねり、大海に生まれる津波の如し有様で、サイハテに襲いかかった。
「……また珍妙な技を!」
罵倒と共に腰に結わえた高周波ブレードを引き抜いて、絨毯の津波を切り裂く。
赤い波が割れたその先からは、ノワールが迫ってきていた。しかし、間合いはまだ遠い、これならば彼に比べて遅い足でも、回避する事は容易である。
それは、ノワールも理解している事で、いつの間にか掬い上げていたガラス片を、大きく撓らせた腕から穿つのだ。
無数の鋭い破片が散弾のように投射され、大きく後方へと飛び跳ねていたサイハテに躱す事は難しく、彼の肌を切り裂く。中には筋繊維へ深々と突き刺さる破片もあり、その一撃はサイハテに苦悶の表情を浮かべさせるのに、十分な威力を誇っていた。
そして、その程度ではノワールの連撃は止まない、側転しつつ、変則的なトゥーキックを繰り出す彼が、囁くように言い放つ。
「キリングアーツさ。お前もよく知っているだろう?」
半身を反らし、彼の蹴りを空振らせる。
目標を外したソレは、絨毯が切り裂かれて剥き出しになった大理石の床へと叩き付けられ、小型榴弾が炸裂したかの如し威力を発揮する。固いはずの石が砕けて、空高く舞い上がり、再び距離を取ったサイハテと、蹴りを打ち付けたままの体勢でいたノワールの間に降り注いだ。
ゆらりと立ち上がった彼は、両手を広げて、言い聞かせるかのように、語り出す。
「日常の最中、無手で目標を確実に消去する為の曲芸。ありとあらゆる状況を武器にして、最も殺傷力の高い一撃を繰り出す。コイツを産み出したお前には、感謝の言葉しか浮かばないよ」
ノワールの煽るような物言いに、キリングアーツの創始者であるサイハテは、忌々しそうに舌打ちを返した。
元々使用者は二十人足らずの曲芸であり、相手に使われる事等想定していなかった。それ故に、相手の虚を突く戦法を主眼とするキリングアーツ相手の返し技なぞ、存在する訳がない。
「厄介な……」
挙句の果てに、サイハテは失血によって動きが鈍っている。
今までは後の先でなんとか対応できていたが、それは相手の動きが予想出来ていたからだ。奇天烈で苛烈なキリングアーツ相手では、それも難しくなっていた。
創始者であるからこそ、作った技の対策は難しい物だと理解している。
しかし、彼の思惑は未だに割れてはいない、ならば、方針を変更する訳にはいかない。
ここが分水量になると、失血で靄のかかった視界を打ち払うように、頭を振った。
「さぁ、己が産み出した刃によって、倒れるがいい」
そう宣うと同時に、ノワールは砕けた大理石を蹴り上げる。
シュート回転のかかった大きな礫を仰け反って躱すと、それは背後にあった石柱にぶち当たり、微塵に砕けてサイハテの背を強襲する。
苦悶の声を、食いしばってなんとか堪えた彼の下に、殺意を湛えた悪人面の男が迫っていた。
「死ねっ!!」
振るわれるローリングソバットを、砕けた腕でガードする。
ただでさえ拉げていた腕は、ゴムで出来た玩具のように大きく曲がり、歪むが、それでも割れた頭を砕かれるよりはずっとマシであった。
そして、同じようにノワールの砕けた腕を、サイハテは蹴り飛ばすのだ。
「……お前が、死ね!!」
痛みを押しのけて、口から出たのは、子供のような悪態だけである。
両者揃って苦悶の表情を浮かべて、踏鞴を踏む。
それで再び距離の開いた二人は、お互い睨み合うと、同じように距離を詰めて、無事な部位を使って殴り合いに入る。
「何故だ、何故僕と共に来ない!!」
と、悲鳴のような雄たけびを上げて、ノワールが彼の肋を砕けば。
「貴様の正義は間違っていると言った!」
と、痛みをこらえるようなうめき声を上げながら、サイハテが彼の同じ部位を砕く。
「世界が間違っているから、僕がやらねばならないのだろうが!」
それで折れるような正義ならば、ノワールとてこんな末法の世までやってくることはない。
思いの丈と共に穿たれた拳は、サイハテの腹部に突き刺さり、彼をよろめかせる。
「手段が間違っているのだ。貴様の正義は!!」
サイハテも引かない。
よろけて下がった後、助走をつけてノワールの頬を殴り返して大きく仰け反らせた。
「力で押さえつける奴には、力で対抗するしかないだろう!?」
血を吐き捨てながら放たれた蹴りは、サイハテの顎を跳ね上げ、
「だからと言って、世界中の人間を人質にする奴があるか!」
仰け反った状態から頭部を振り下ろして、彼の鼻を更に陥没させる。
「この……分からず屋がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しばしの殴り合いの後、勝負を焦ったノワールが再びキリングアーツに頼った。
震脚と共に浮き上げたガラス片で視界を塞ぐと、石柱を蹴り、壁を蹴り、完全にサイハテの視界から消え失せてしまう。
浮き上がったガラス片が地面に落ちる頃には、既に、ノワールは彼の頭上へと迫っていた。
ガキンチョの喧嘩になったでござる




