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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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四十七話:遺物同士

 一生のお願いと言われてしまえば、風音は言う事を聞くしかない。何しろ、これが父からの最後の頼みになるかも知れないのだ。

 ノワールと対峙する彼に背を向けて、歯を食いしばる。

 無駄に言い争うより、乗り物を調達して素早く戻ってくる方が、お互い生き残れる可能性は高くなる、だからこそ、言い争っている時間が勿体なかった。


「必ず、戻ってくる!」


 そう言い残し、一目散に駆け出していく少女の背に、サイハテは目線を向け、返事をする。


「出来るだけ急いでくれ。君だけが頼りだ」


 迎えに来ておいて、助けられると言う情けの無さだが、それでも父娘が生き残れれば、それだけでも大円団だ。

 視線を前に戻すと、かつての仲間が挑発するように言い放つ。


「逃がす為に命を張るか……健気だなぁ」


 仮面の様に張り付いた冷酷な笑みと、役者のような喋り方は、サイハテのよく知っている昔の彼が持つ、独特の癖であった。

 それは、自分を誤魔化したいのか、それとも他人に真意を悟らせたくないのか、昔のノワールをよく知る彼でさえ、理解の及ばぬ部分である。


「だが、判断を誤ったな。お前が逃げるべきだった……」


 じりじりと摺り足で立ち位置を変えると、ノワールもそれに合わせて立ち位置を変えてくる。お互い、少しでも有利な地形を得ようとするが、それは無駄骨に終わり、ただ、イーブンな地で睨み合うだけだ。


「さて、それはどうかな。若しかしたら、俺がお前を倒して大円団。なんてあるかも知れないぞ」


 冗談を言ったサイハテは、大きく鼻を鳴らして、挑発するように笑ってみせた。

 引いた左手を腰に持っていき、突き出した手を開いて、半身になる。これだけで急所である正中線と、新たに急所となった胸の傷を、ひとまず敵から隠す事は出来る。


「あり得ないね。もし、お前が万全であったのなら、あり得たかも知れないが……その体で本当にやれるとでも?」


 強がりはあっさりと見破られていたようで、挑発にすらならなかった。

 実際、ノワールの言った通りで、彼はここに来るまで、消耗し過ぎている。

 異国のガンマン、ロイ・マクニールを筆頭に第一装甲化歩兵大隊等の強敵との戦闘を得て、更には単独での基地潜入や、広大な敵地での徒歩移動など、様々な行動を行っていて、体力の消耗は限界に近かった。


「……いいや、やれるとは思っていない。だが、それでも手足の一本位、内臓の一つ二つなら叩き潰せる」


 それだけではない。

 サイハテは五百年前よりも、自身の体が弱っている事を自覚している。栄養と、訓練施設の溢れていた五百年前と違って、この世界はどちらも不足しており、自身の筋量もピークの120キログラムから、100キログラム前後へと落ち込んでいる。

 万全の状態で来られても、今の彼ではノワールに届かないのだ。


「ハッ! 今のお前じゃそれが限界だろうよ」


 それは、彼も重々承知であったようで、サイハテの狙い道りに、油断を完膚なきまで消す事に成功する。

 油断とは、言いかえれば余裕である。余裕のある相手に、限界ギリギリまで追い込まれた人間が勝つことは不可能に近い。

 スペックもコンディションも何もかもが負けているのなら、張り詰めて貰った方が戦いやすい。それが、彼の打った勝利への布石である。


「さぁ、ジーク。決着を着けようか」


 じりっと、ノワールが踏み込んで来た。


「ああ、五百年前の因縁をここで終わらせよう」


 それに答えるかのように、サイハテも一歩踏み込んだ。

 超人的な身体能力を持つアルファナンバーズの間合いは広い。鍛え上げた常人では五歩かかる距離が、彼等にとっての一歩以内であり、それほど短ければ、そこは既に死中である。


「行くぞジーク!!」


 気勢を共に、五歩の距離を一瞬で踏み込んでくる。そこから振るわれるのは、鞭のような撓りを持った必殺の蹴り、大木ですら一撃で圧し折る威力を持った名前のない必殺技だ。

 避ける事も不可能、受けるのも不可能となれば、人に出来る事と言えば、敵の間合いにもう一歩踏み込む事だけ、こう言った状況に置いては、最も危険な場所が唯一の安全地帯なのだから。


 二の腕で蹴りを受けるが、骨が折れたりすることはない。

 最も威力のある爪先を避けて、膝のあたりを受ければ、いくら凄まじい蹴りと言えども、威力を発揮する事はない。

 それでも、全身の骨が軋み、悲鳴を上げる。


 だが、死んではいないし、怪我はしていない。

 ならばまだ、戦闘は続行可能だと、引きっぱなしの拳で、ノワールの顎を穿った。

 敵の間合いに近いと言う事は、自分の間合いも近いと言う事、同じように十全の威力は乗せられなかったが、顔面はどんな動物でも急所である。


 彼は大きく仰け反り、唇から血を溢れさせる。だが、ここで決まるようなら、サイハテはここまで苦戦はしない。

 ノワールは拳を叩き込まれつつも、フットワークを生かして自分に有利な間合いへと移行する。そこから放たれるのは、ソバット特有のボックスフランセーズ、至近距離の拳闘である。


 だが、それは読んでいた。

 彼の両腕を引っ掴んで、攻撃を止める。

 そしてお互い大きく頭を振りかぶり、全力で額をぶつけ合う。轟音が響き渡り、ぶつかり合った衝撃波によって、玄関ホールのステンドグラスが砕け散る。


 その破片が降り注ぐ中、二人は大きくよろけて、尻餅を着く。

 サイハテとノワールは、今の一撃でお互いの頭蓋骨が割れた事を理解する。ついでとばかりに脳が揺れて、視界がぐるぐると回り出すが、ここでいつまでも座っている訳にはいかない。

 緩やかに立ち上がると、お互いに拳を構えて再び間合いを詰め始める。


「頭一個で、頭一つ……まぁ、イーブンだな」


 そんな事を宣いながらも、サイハテは繰り出される攻撃をさばいていく。


「次は、腕か、足か……好きな方を選べよ。ヘイシン!!」


 攻撃に攻撃をぶつけて、お互いの武器を消そうと目論んでいる彼の目論見に気が付いたノワールは、忌々しそうに舌打ちするが、それでも攻めきれていない。

 何しろ、サイハテは相打ちしか狙っていないのだから、攻めづらい事この上ないのだ。


「そう、上手くはいかないぞ。ジーク!!」


 そう叫んだ彼が繰り出してきた虚実混じりの右ストレートに、正拳突きを合わせて、お互いの拳を粉砕する。

 完膚なきまでに破壊された、お互いの右腕はだらりと垂れ下がって、最早使い物にならないように思えた。

 それを見て、再びノワールは舌打ちをすると、飛び跳ねて大きく距離を取る。


「頭一つと、腕一本……さぁ、攻めてこいよ。次はどこだ。足か。残った腕か、それともどこかの臓器か!?」


 サイハテは動かない、ただひたすら待ちに徹して、カウンターによる相打ちを狙う。

 ただのカウンター狙いなのなら、彼には通じない。しかし、相打ち覚悟のそれならば、ノワールに劣るサイハテでも、十分対応可能だ。

 それを理解してか、彼は大きく距離を取って、攻め手を思案する。


「……チッ!! やっぱりお前は厄介な奴だよ。相打ちで上々、そうでなくとも弱った僕をグラジオラスが殺す。自分の命を勘定に入れた勝利の方程式か」


 いくら、剛力無双の戦士であろうと、弱り切ってしまえば容易く()れる。

 口にするのは簡単ではあるが、実行するとなると、出来る人間は限られてくるだろう。何しろ、生物は基本的に死を恐れる。それを乗り越えてからも、容易ではない。

 相手の攻撃を一瞬で判断し、自分の部位と比較して攻撃をぶつけ合い、破壊するのだから、変態と言っても過言ではない所業だった。


「まぁ、いいさ……それなら、攻め手を変えるだけの事。相打ちに出来ない攻撃で、お前を殺せばいいだけの話だ!!」

申し訳程度の変態要素

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