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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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四十五話:憤怒の果てに

遅れてすみません。

月曜以降、お家に帰れてなかったので、急いで書き上げ申した。


来週もちょっとって感じなので、更新日がずれると思われます。

 強い感情のうねりと共に、気炎を噴き上げるサイハテと相対しても、彼の雰囲気が揺らぐ事はない。

 爪先で何度か床を叩き、革靴の具合を確かめると、挑発するように構えを解き、言い放つ。


「今度は殺せるといいなぁ?」


 サイハテは、その隙を逃す男ではない。

 空手の構えをしていると言えど、空手だけを使う訳ではなく、震脚を使って地面を踏みしめると、そのまま滑るように、ノワールの間合いへと入り込む。

 サバットのリーチは長い、脛でインパクトする他の武術とは違い、固い靴の爪先を利用した蹴りを放つからだ。


 当然、蹴り自体の威力は低くなるが、それを補うべく、その爪先蹴りは人体でも脆い部分、関節を穿つ。それはノワールも例外ではなく、安易に踏み込んできた彼の腰を狙って鞭のように撓る蹴りを繰り出した。

 人体を支えている重要な部分にダメージを与えて、この後の読み合いを有利にする腹積もりなのだろう。

 例えそうでなくとも、時速百キロメートルを超えるアルファナンバーズの一撃は、それだけでも致命的な威力を誇っていた。


 攻撃がぶつかり合った衝撃で、玄関ホールと共に、ぶら下がっていたシャンデリアが大きく揺れる。

 砕け散ったガラスの破片が、二人の男が起こしたぶつかり合いの風圧で吹きすさび、四方八方へと飛び散る。刺さっては敵わないと、ホールの隅へと退避する風音が見た物は、ノワールへ更に大きく一歩踏み込んだ父の姿だった。


「今日で、貴様は死ぬ」


 左膝で、蹴りを受け、左掌で膝を叩き、大きく体勢を崩させながら、サイハテは言い返す。


「今、ここで、俺の手によって!!」


 そして、余っていた右拳による直突きをノワールの顔面に叩き込んだ。

 一撃で鼻が拉げ、前歯が砕けて、頭蓋骨が拳の形に陥没する程の威力を受けて尚、彼は止まらない。すぐさまボックスフランセーズへと移行すると、抉るように、サイハテの腹を穿った。

 血を吐き、九の字に折れる彼から飛び退いて、仕切り直す。


「痛いじゃないかぁ……アハハ!」


 窪んだ顔のまま、ノワールは笑う。

 大好きな友達とでも、遊んでいる幼子のように、無邪気に笑ってみせたのだ。


「やっぱり、お前との殺し合いは楽しいなぁ!」


 誰にも見せた事のない、少年のような笑顔が癪に障ったのか、サイハテが距離を取った彼に突き進んでくる。動かない彼に対して繰り出されるのは、一撃でも突き刺されば死亡してしまうかのような、急所狙いの連撃。

 突進の速度が乗ったソレを、ノワールは構える事もせずにスウェーとダッキングで躱してみせる。


「言ってろ!!」


 吠えたサイハテは、突いた拳をそのまま開くと、手首を返して、ノワールの首に引っ掻ける。そして、そのまま足を払って彼の頭を地面に叩きつけようとした。

 しかしである。

 投げ技と言う物は、密着して行う物であり、間合いが遠いと、技のキレではなく筋力で投げる羽目になってしまう。


「焦り過ぎだ、アハハハハハ!!」


 そして、サイハテはアルファナンバーズの中では非力な方であった。

 遺伝子調整では、筋力の瞬発力や持久力を予め調整できる。

 そして、彼に求められた役割は、白兵戦で敵兵士を殺す役割ではなく、気付かれないように、敵地に侵入する事だった。


 それ故、サイハテの筋力は、持久力に特化している。

 超人であるアルファナンバーズの中でも、白兵戦に特化した遺伝子調整を受けているナンバーと、立ち技で戦うのは、避けるべきだった。

 案の定、投げ技が返されて、サイハテは逆に投げ飛ばされる羽目になってしまう。


「がっ!? クソッタレがぁ!!」


 受け身を取って、素早く間合いから離脱しようとするが、それを逃す程、ノワールは優しくない。包帯を巻いた裂傷にトゥーキックが突き刺さると、塞がりかかっていた傷が前よりも大きく開き、玄関ホールの絨毯に鮮血を撒き散らす。

 装甲の破片を身に受けた時に出来た裂傷は、腹部の太い動脈を傷つけているのか、大量の血を噴き上げている。


 それを見ていた風音の顔色が、青を通り越して蒼白に染まった。

 重傷だとは知っていたが、まさか致命傷を受けて、ここに来ているとは思ってもいなかったのだ。サイハテの出血量は、放置すれば十分も経たずに失血死する程の血量である。

 彼も、傷口を抑えにかかるが、手で止められるような量ではない。溢れた血が、絨毯に血だまりを作り出していた。


「おいおいおい、もう死にかかっているじゃないかぁ……なぁ、ジィィィィィクゥゥゥゥゥ?」


 失血によって立ち上がれないと判断したのだろう。

 一瞬だけ寂しそうな表情を見せたノワールは、それでも邪悪に微笑むと、彼の前に屈みこんで、背筋が凍り付くかのような低い声で、かつての兄弟を呼んだ。


「悲しいかなぁ……この戦いが、もっと長く続けば良かったのに。お前はもう死んでしまうのか」


 顎に手を当て、惚けたような表情でそんな事を宣うノワールに、サイハテが噛みつく。


「まだだ……! 俺はまだくたばってはいない!!」


 叫んだせいで、気が遠くなったのだろうか。彼は大きく項垂れて、荒い息を吐いていた。

 過去に置いてきたはずの怒りに、完全に飲まれてしまっているサイハテを見て、先程まで戦っていた男は、大きな溜め息を吐き、ちらりと硬直したままの風音を見る。

 すると、ノワールは腹を抱えて笑いだした。


「お前は相変わらず馬鹿だな!!」

「……なんだと?」


 傷口を握り、激痛によって何とか意識を保っているサイハテが、かすれ声で返事をする。

 顔を上げた彼の髪を掴むと、無理矢理首をひねって、ある方向へと向ける。そこには、なんとかしようと、命を賭してきた理由があった。

 片隅で固まっている、娘をすっかりと忘れていたのだ。


「見ろよ、過去の妄執に囚われた愚かな父親に、忘れ去られた哀れな娘の姿をよぉ……」


 風音は、父親の心が折れたと直感する。

 大きく目を見開いて、何かを言おうと口を開閉するが、先程までの行動のせいで、何を言っても嘘になると、知ってしまったのだろう。サイハテは申し訳なさそうに目を伏せると、黙り込んでしまった。

 彼のその姿は、殊更ノワールを喜ばせる。


「あーあ……可哀想なグラジオラス。復讐と言う目標を取り上げられて、次の指標となるべき父親を目の前失うのか」


 ここまで来た苦労も、その道中で消していった命も、全てが無駄になってしまった事を直感した彼から、急速に怒りの感情が消えていった。

 それどころか、戦うための闘志や、歩き出す為の希望すらも失って行く。


「それだけじゃない。僕が用意したサバトに居る理由を取り上げられて、お前が用意した生きる理由も奪われて、この子はどこでどうやって生きていけばいいんだろうね?」


 サイハテは理解していた。例え、ノワールを打倒しても、自分はそこで死んでしまう事を、そして、そうなった場合の風音がどうなるかも、全て、理解してしまっていた。

 何しろ、斬られて目標と与えようと考えていた位、彼の娘の視野は狭い。

 父が死んだ場合、彼女は何をどうすればいいのかも分からずに、ただ生きていくだけの存在になってしまうだろう。


「なぁ、死ぬ前に聞かせてくれよ。お前は、この子が、どうやって、生きると思う?」


 ノワールの問いに、サイハテは再び項垂れてしまった。

 答えられない質問ではないだろう、彼の脳裏には、いくつもの未来が浮かんでいる。

 そしてその未来達は、とてもじゃないが口に出せる物ではない事も、よく理解していた。だから、彼は項垂れる事でしか、答えを示せなかった。

こやつめ、煽りよるわ

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