三十八話:合流
航空レーダー網は既にリズによって解析されている。サイハテはその情報を利用し、防空網をすり抜けて、彼女達が待つ野営地へと合流を果たしたのだった。
散々に暴れてきたのだろう、彼の扱っている駆動甲冑の武器弾薬は消滅し、赤かった装甲は、どす黒く乾いた液体で染め上げられている。
「うっへぇ……」
そんな装備を見たクロノが、嫌悪感を隠さずに呻く。
戦いに行く前、格闘装備を持たせていなかった事を思い出したのだろう。サイハテがどうやって敵兵を殺したか、容易く想像できてしまった。
駆動甲冑のパワーパックは、人間程度の脆い生物なら、食パンのように千切れる力がある。
慄く彼に気が付いたのだろう。
駆動甲冑を脱いだサイハテは肩を竦めて、口を開く。
「やっていて気持ちのいい物ではないな」
脱いだ際に降りかかった臓腑を、手で払いのけながら彼は軽口を叩くが、その表情は空虚な物だった。
眉間に皺を寄せ、唇をへの字に結んだ、いつも通りの表情で、ただ遠くを見つめているだけのサイハテが、何を考えているのか、クロノにはわからない。
ただ、確かな事はそれを問うても、彼が答えてくれない事だけだろうか。
「……そりゃそうだろうな」
ならば、無理に話す事はないと、適当な相槌を打って、話題を流す。彼の活躍によって、幾何の余裕が出来たとて、遊んでいる時間はないのだ。
クロノ達の目的の為にも、サイハテには作戦を成功させて貰う他なかった。
「それで、これからどうするんだ。西条さん」
「ああ、うむ」
岩に腰掛け、水分を摂っている彼は、軽く返事をするとトラックの荷台で寝そべっているリズに手招きをする。
「リズ、目標地点の地図を」
「尻のぽっけー」
「自分で出せ、全く……」
そんな事を言いながらも、彼女の尻をまさぐり、一枚の地図を引っ張り出したサイハテは、出来るだけ平らな地面へとそれを広げると、赤いペンで、情報を書き込みながら喋りだす。
「俺達の位置はここ。向かう先はここ。それで、そこまで近づける谷があるから、駆動甲冑の低空飛行で素早く駆け抜ける」
谷、と言っても山と山の境目の事で、角度の低い斜面と隆起した地面が広がっている場所だろう。
そこを低空飛行で駆け抜けるのは、どう考えても自殺行為である。しかも、駆動甲冑の飛行は細かい制御が効かない上に、安定性なんて言葉はない。
どう考えても、途中で岩肌にぶつかってお陀仏である。
「西条さん、いくらあんたでも、これは……」
「そうだヨ。死んじゃうヨ?」
ツクネとクロノが揃って止める程、無謀な試みであった。
それでも、どこか疲れを滲ませているサイハテは、半分程飲み込んだ水のボトルを、頭の上でひっくり返し、水を浴びると、垂れてくる飛沫を払う事もせずに、口を開く。
「侵入する角度に気を付ければ、なんとでもなる」
「いやいやいやいやいや……あんた、ありたっけの武器を積んで飛ぶんだろ? 武器のどこかが木に引っかかる事もあるしよぉ」
「確率は一桁台だが、理論上は可能だ」
「それ、卓上の空論って言わなイ?」
なんとか、サイハテの暴挙を止めようと二人は頑張っているが、一度やると決めたら、正当な理由でもない限り、彼は作戦を変えない。
「誰かがやる前は、なんでも卓上の空論だったさ。そんな事より」
自分の命をそんな事で済まし、話を変えてくる。
「君達はこれから、上加納山タワーへと向かってくれ」
上加納山タワーと言えば、岐阜に存在する電波塔である。二十世紀産の古い塔ではあるが、強い電波を飛ばせる事と、電波にある程度の指向性を持たせる事が可能な、終末世界では稀有な遺跡でもあった。
「そこを確保しておいて欲しい。どうせ、感染変異体で一杯だからな」
「……そりゃいいけどよ。あんたは、目標果たしたらどうすんだよ」
「君達に合流する……ああ、そうだ。もし、万が一、俺が合流できなかったら、ラジオ塔からこの周波数へ迎えを頼むといい」
と言って、サイハテは封筒に包まれた一枚の紙と、オイルライターを手渡してくる。
「……向こうに着くまで開けるな。敵に捕まりそうになったら焼き捨てろって事か?」
クロノの問いに、小さく頷いて返事をした彼は、腕を組んでトラックの荷台へと寄りかかった。
「そう言う事だ。俺の合流限界は、今日から十日先までだ……それと、だ」
太腿のホルスターに手を伸ばすと、銀色の拳銃を引き出す。
それを器用に手の中で回転させて、銃身を掴むと、クロノへとグリップを突き出した。
「合流出来なかったら、これをあの子に渡してやってくれ。それで、意味は通じるはずだ」
突き出された象牙のグリップは、よく磨かれている。
艶々としていて、返り血でも浴びようものなら、手の中で滑りそうな程、丁寧に磨かれていて、傷一つなかった。
大事な銃なのだろう。
そう予想したクロノは、グリップを掴むと大きく頷いた。
「わかった。確かに渡そう」
「……頼んだ」
小さく礼を言ったサイハテは何を思ったのか、そのまま目を閉じて、安定した呼気を吐き出し始める。
「少し、寝る。補給作業は任せてもいいか?」
「……ああ、ゆっくり寝ろよ。終わったら起こしてやる」
これが、最後の眠りになるのかも知れないのだから。




