三十三話:パワードアーマー2
三人しか居なくなった演習場の中央で、それは静かに佇んでいた。
テスト用の為か、赤く塗られた装甲が光を反射し、かつての米国と覇を競った共産主義の復活を思い起こさせる、威風堂々としたデザインである。
「……気に入らんな。赤一色はいけない、アカはダメだ」
そんなデザインを、共産主義の天敵であるアルファナンバーズのジークは、気に入らないと評した。
薬物と刷り込みによる洗脳の物であっても、嫌と感じるものは嫌らしく、どこで見つけてきたのか、鑢と剥離剤を手に持って、その塗装をはがそうとしている。
そんな彼を、クロノが押し留める。
「いやいや、色塗り替えてる暇なんてねぇから」
止められると途端に不機嫌な表情を作り、顔を背けるサイハテ。
腕を組み、忌々しそうにパワードスーツを見つめ、唾を吐き捨てる。
「なら、肩のマークだけは変えさせてくれ。歯車から生える稲だけは、絶! 対! に! ダメだ。ついでに、太陽が二つある日の丸もゴミだ」
「……まぁ、それ位ならいいかもしんねぇけど……リズさん?」
頑なになった彼を見て、この様子をモニタリングしているはずの彼女にも、嫌な予感がした。
『ダメだねぇ。歯車から生える稲だけは、絶! 対! に! ダメ。ついでに太陽が二つある日の丸はゴミだねぇ』
たかがマークで、いい大人が頑なになる様子は、クロノをドン引きさせる。
だが、同時に仕方ないとも思ってしまう。
何しろ、前者は彼らを産み出した組織で、後者は彼らに戦う理由を作った組織なのだ。遺伝子レベルで嫌悪されていても、仕方がない。
「わかったよ……手早くやってくれよ? 基地が統制を取り戻したら大変だから」
「ああ、手早くやるさ」
返事の前に、剥離剤をぶっかけて削り始めており、クロノとしては頭を抱える他なかった。
自動研磨機も真っ青な速度で、歯車から生える稲のマークが消えていき、地金の青い輝きが肩に戻ってくる。それでも頑なに削ろうとするサイハテを、再び彼が押し留めるのだ。
「もう消えてっから」
腕を掴んで引き戻すと、彼は物凄く不機嫌な表情を見せる。
その表情に怯んで手を離すと、流石に申し訳無さが勝ったのだろう。駆動甲冑を見て、クロノとツクネを見て、肩を竦めた。
「……すまない。ムキになり過ぎた」
「は、ははは、はは……」
軽く頭を下げ、謝辞の意を示されたが、笑う他ない。
ともかく、あまり時間がないのも事実なので、時間を取られる事は避けるべきだと、クロノは気を取り直して、駆動甲冑を指差した。
「とりあえず、説明させてくれよ。あれはKyo-13」
恐らく、京都の設計局で開発された十三番目の機体。と言う意味だろう。
「鉄原子核炉を搭載した、マッスルパッケージ型の駆動甲冑だろう。従来のパワースケルトン型と比べれば、操作性に稼働時間、整備性が……」
「待て待て、マッスルパッケージとか、パワースケルトンと言われても分からん」
専門用語を並びたてられても、古い時代出身のサイハテにはチンプンカンプンである。
そもそも、彼が生きていた時代に、鉄原子核炉なる常温核融合炉は存在せず、パワードスーツだって理論段階の代物だった。
「……ああ、そうか。あんた、二十一世紀の人間だっけか」
そう宣うクロノも、二十一世紀出身である。
「なら、説明しようかね。パワースケルトンは旧来の駆動方式だ。レールモーターを搭載した関節でパワーを出すタイプで、それを金属でつないだ骨格の上に、直接装甲を置いていた。所謂外強化骨格と言う奴だ」
「……お、おう?」
要するにガン〇ムのフィールド〇ーターシステムみたいなものかと、納得しておく。
「んで、マッスルパッケージ型は、今あんたが着ているスニーキングスーツみたいな方式だな。炭素筋繊維よって、パワーを出す方式だ。こっちの方が、人間に近い感覚で動かせる上に、ナノマシンによる自動メンテナンスも出来るから、整備性だって向上するし、培養槽で生産できる炭素筋繊維が~」
ペラペラと楽しそうに語るクロノから、そっと離れ、装甲服を纏ったツクネへと近寄り、耳打ちする。
「なぁ、クロノってもしかして」
「うン。オタク」
「……やっぱりか」
三度程頷いた少女の表情は、装甲服のヘルメットで伺い知れないが、サイハテと同じ表情をしているのは、見なくてもわかった。
一度語り始めたら、長いのだろう。
「ナノマシンを使える分、装甲材も従来の鋳造型から、分子構成型の頑丈な物に変更できる上、戦闘時の被弾による負傷にも対応。この方式が開発されたのは、地球共和国軍の再編成時でな。その量産性からフレッシュだけでなく、マシナリーにも大量配備させられたおかげで、今でも遺跡で拾える位~」
ノリノリだった。
聞いてもいない事が飛び出す上に、また知らない専門用語が飛び出す辺り、本当に好きなのだろうと理解は出来る。
しかし、あまり話を聞いてはいられない。
「そこまでだ。それで、こいつはどう着ればいいんだ?」
ついっと、そのKyo-13を指差して尋ねると、クロノは罰が悪そうな表情をして、後頭部を掻く。
「あ、ああ……それはな」




