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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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二十四話:変態珍道中

 山陰揚州方面軍は今日も平和であった。

 団結主義(ファシスト)相手の戦争は優位に進んでおり、後方の補給基地にまで進撃してくるようなコマンド部隊すらおらず、じりじりと前線は全身している。

 そんな状況下で、貧しい農村部からやってきた若い青年兵士らの気が抜けない訳がなく、適度に気を抜きながら警備をしている有様だ。


「ふわああああ……」


 そんな兵士達の牧歌的な雰囲気に当てられたのだろう。

 この基地に配属された基地司令もまた、退屈そうに大あくびをしているのであった。

 特に異常も無く、前線に送るべき武器弾薬、食料または医薬品の手配も終えている為、定時になるまで時間を潰しているだけの状態なら、気を抜いてしまうのは仕方ないだろう。


 司令が定時になるまでの時間を確認する為、机から目を離した瞬間である。詰みっぱなしの補給品目録にさっと手が伸びて、クリップボードに留められたそれを掻っ攫って行った。

 掻っ攫った本人は、盗られた事に未だ気付かない彼の背後で、その目録を読み、腕の多目的端末に入れられた周囲のマップと、目録に書かれた集積所の位置を確認している。


 衣擦れどころか、呼吸しているかどうかすら定かではない位、静かな彼はあるところに目を付けると、再び司令が目を反らした瞬間に、クリップボードを元に戻した。 


「暇だなぁ」


 ぽつりと独り言を口にした彼を尻目に、サイハテはこっそりと手を振って、来た時と同じように部屋から出ていき、そして、無人の野を歩くかのように基地を後にする。

 向かった先は、兵庫についた際に発見した山奥の廃屋で、そこには道中で得た様々な収奪品がひしめき合っている、狭い家だった。


「さーて、どこから向かうか……」


 薬染みた甘さを持つカロリータブレットを口にしながら、彼はぼやく。

 目を通した補給品目録には、衛星で確認したはずなのに、存在しない基地への搬入が三つ程書かれていた。

 どこに向かうべきか、本部の情報バックアップを受けたい所だったが、相変わらず通信は妨害されているようで、連絡は不可能だった。


「……」


 ただのSFチックな腕時計と化した多目的端末を見て、眉間を顰める。

 遠く離れた千葉県に居る少女達を心配する己を鑑みての行動か、彼は大きく舌打ちすると、端末からではなく、古い紙の地図を引っ張り出して、三つの拠点をマーカーしていく。

 単独潜入中に、雑念は禁物だ。


 余計な事を考えた瞬間に、敵と遭遇してしまったら、思考に一瞬の空白が産まれ、それは僅かコンマ一秒の隙が出来る。

 サイハテもそれなりに早撃ちが得意とは言え、敵がそれ以下である保証はなく、それが絶対的な差となって命を落としてもおかしくはない。


 それに、だ。

 彼は今、孤立無援の状態で敵の本拠地に居る為、発見された瞬間に、七割程の確立であの世に旅立つ事が決まってしまう。

 娘が居ると分かった瞬間に、死ねなくなってしまったから、あまり無茶はできない。


「……そろそろ」


 行くかとまでは、口に出さなかった。

 収奪品の中から、いくつか使えそうなものを見繕うと、背嚢の中から時限発火装置を取り出して、液化水素を詰めた密封容器にセットする。

 爆破して収奪品を破棄すると共に、敵をこの山中へ釘付けにする為の措置だ。


「……」


 処理を終えたサイハテは、口を噤んで静かに素早く目的地へと走る。

 彼が去ってから半刻後に、暗くなった山中に爆音と閃光が瞬いて、周囲の兵士は慌てて原因の調査へと向かうのであった。








 一方その頃。

 彼が得た、存在するはずのない三つの拠点情報、その内の一つに懐かしい顔が居た。


「おー、こりゃすげぇ」


 懐かしい顔ぶれ、千葉の街でサイハテと鎬を削って、負傷させられた殺人鬼、クロノは目の前にずらりと並ぶシリンダーを見て、そんな感想を漏らす。

 数千本は存在するであろうシリンダーの中には、同じ顔立ちの男達が眠っている。

 それらを見て、彼は、すげぇと評したのだ。


「これじゃぁもう、資本主義同盟にゃぁ勝ち目はねぇかな」


 眠る男達こと彼らは、サバトの解放戦争によって、不足しがちな若く健康な男子を賄う為の、クローニングソルジャーであった。

 アルファナンバーズ程ではないとはいえ、生まれながらにして遺伝子強化と思想矯正を受けさせられた彼らは、恐るべき兵士になる。


「そうだネ」


 どこか皮肉めいた笑みを浮かべて見つめているクロノとは対象的に、彼の相棒であるツクネは興味が無いのか、どこ吹く風で本を読んでいた。

 エジソンと貴方と言う、題名の技術本で、この時代の基本的な機械の仕組みをわかりやすく解説した本である。


「おいおい……もうちょっと興味を持てよ。確かに、俺達の遺伝子が混じっているのは気に入らねぇがよ。こいつらそれなりに使えるみてぇだぜ?」

「使えようガ使えまいガ、ワタシ達の目的には関係ないと思うノ」


 ばたんと音を立てて本を閉じた少女が、冷静な言葉を放つ。


「なぁに、上手く使えりゃ、奴にも近づけるってもんよ」


 唇を吊り上げ、憎悪を滾らせながら笑う彼に対し、ツクネは小さく溜息を吐くと、ある事を口にする。


「ねぇ、クロノ」


 柵に寄りかかって、クローン製造施設を眺めてたクロノが、向き直った。


「もう、復讐は止めにしない?」

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