二十三話:人の業こそが
「なぐも、このこたちは、おにんぎょー」
まるで小さい子に諭すような、柔らかいが毅然とした口調で、彼女は語った。
「……人形?」
取得する情報の取捨選択を行える自己判断と、記録した情報からAIのバージョンアップを行う自己成長、そして二つを統合し、周囲の状況に合わせて最適化する自己適応の機能を持つハルカ型は、人間と大差ないように思える。
それ故に、陽子はオウムのように、言葉を帰すだけだ。
「そ、にんぎょー。どーぐなの」
道具であると、言い切ったレアではあるが、普段の彼女と仕えるハルカは、主従を越えた家族のような関係を構築しているように、少女は感じていた。
首を左右に振って、道具と言う言葉を否定しようと口を開きかけたが、それより先にレアの諭すような言葉が、陽子の言葉を遮る。
「たしかに、はるかにつまれたえーあい、がんまななはちはね。にんげんとおなじきのーをゆーしてる」
人間と同じ機能と、彼女は言った。
ならば、それは人間と同等の知的生命体ではないのかと、疑問に思う少女の内心を見透かしたのか、ハルカがそれとは認められない理由を口にする。
「でも、けっきょく、かのじょたちの、さいしゅーいしけっていは、にんげんにゆだねられている。だからどーぐなのよ」
最終意思決定。
要するに、ハルカが何かを考え、実行しようと考えた時に、それを行う為に人間の許可が必要と言う訳だ。
「……成程ね。人間の意思を優先せざるを得ないなら、仕方ない気もするわ」
人間の意思を優先する機械ならば、人間がハルカと仲良くなって、彼女等が犯罪を犯しても裁かれるのは機械侍女ではなく、人となる。
ハルカに法的責任がないからこそ、人と認める訳にはいかない。
「ゆーせんじゃないよー。ぜったいふくじゅー」
「絶対服従? その割には、サイハテの言う事とか聞かないわよね。うちのハルカは」
絶対服従と彼女は言うが、陽子が見てきた中で、機械侍女がサイハテを嫌っているのは誰が見ても明白な事実だ。人間に最も近いAIだからこそ、反抗期等も存在するので、彼が真っ先に被害にあっているのである。
「んーとね。ふくじゅーはふくじゅーだけど、もちぬしいがいの、ひとには、したがわないよ? おたかいはるかがただから、どろぼーとかたくさんいたし」
味わい深い複雑な面持ちのレアを見れば、その苦悩が伝わってくるようだ。あの小さな体で戦車より高い彼女だ、自衛隊も泣くに泣けぬ損害だっただろう。
色々あって、今の方式に落ち着いたのだろうと、納得した。
「そ、そう……それで、襲ってこない根拠は、レアが主人になったから、でいいの?」
「うん」
こくりと頷いたレアはどこか憐れみを含んだ視線を水槽の彼女達に向けると、言葉を紡ぐ。
抑揚は少ないが、付き合いの長い陽子は、そこに含まれている感情を読み取る事が出来る。憐れみだけではなく、どこか、人類に対する失望を含んでいるようだった。
「ぎじゅつは、つかいかたしだいでは、じんるいだって、ほろぼしてしまう」
科学者の悲哀とでも言うのだろうか。
どんな素晴らしい発明も、いつかは同族を討つ為の力を化してしまう現代に、何かしらの悲しみ感じているらしく、彼女は深々とため息を吐き、陽子に向き直る。
「なぐも」
名を呼ばれた少女は、肩を竦めると、いつもの声色で返事をした。
「ん、どうしたの?」
その問いに、レアは答える。
「このこたちは、ひとのてきじゃない。ともだちなの。あなたのちからに、なってくれるはず」
だから、と彼女は続けた。
「こわがらないで、まちがえないで」
白衣の裾をぎゅっと掴みながら、願いを口にする。
そんな様子のレアは彼女達を作り上げた母のような存在だ。資本主義の中で生きる彼女にとって、買われていった娘達がどんな使い方をされようと、文句を言う資格はない。
だからこその、願わずにはいられないのだろう。
「うん、わかった。怖がらないし、嫌わない。約束する」
ならば、返事はこれだけでいいと、先程までの嫌疑をどこかにやって、安請け合いする陽子。
サイハテが見ていたら、いつか悪い男に騙されるなと苦笑いしているのだろうが、彼は今、ここにはいない。
「……ありがとー」
それで、レアもレアで大人に騙された幼女なので、ここでも信じてしまう。
安堵したような笑みを浮かべて、どこか千九百九十年代の香りが漂うレバーの下に、歩み寄るとそれを握り込む。
「それじゃ、おこすよ?」
「うん、起こしてあげて」
彼女がレバーを引くと、水槽内の液体が唐突に泡立ち、様々な空間モニターが現れて、機械侍女らの状態をリアルタイムで伝えてくれる。
表示される情報が多すぎて、陽子では何が起きているのか、伺い知る事は出来なかった。しかし、レアが微動だにせず、モニターを眺めているから、問題は起きていないのだろうと判断した。
泡がすっかり収まった頃、人形のように微動だにしなかった二人が緩やかに目を開き、溶液の中で大きく伸びをする。
その後、周囲を見渡し、陽子の姿を認めると、片方の侍女、恐らく近接格闘機だろう、が、水槽を突き破って飛び出してきた。
「ご主人!!」
「ぐほぉ!?」
砲戦型ハルカを大きく上回る膂力は、瞬間的に時速数百キロメートルを叩きだす。
当然の事ながら、その機能に大いな制限をかけての突進だが、小柄な少女である陽子を壁に叩き付ける位の威力は存在する。
乙女が上げてはならない悲鳴を漏らした彼女は、頭に大きな瘤を作って、意識を失っていた。
「ああ、お会いしとうございマシタ。あの寂れた街で、一体貴女様をどれくらいお待ちしてイタノカ……?」
そこまで言って、近接格闘型のハルカは、ぐったりとしている陽子の顔を見て首を傾げる。
「アレ? ご主人じゃない? でも、メモリは確かにご主人ト……アレレ?」
主人と登録された彼女と、元々の主人であった誰かのデータが残っているらしく、機械仕掛けの少女は大きく首を傾げると、電脳内に沸いた様々なエラーを解析していた。
そんな彼女の様子を、水槽内で眺めていたもう一機は、ため息を吐きながら中から歩み出し、声をかける。
「Y-17654。エラーを吐く前に、もう少しメモリをあさりナサイ。前の主人はとうに死んでイマス」
顔面に取り付けられた金属製の巨大バイザーをどかしながら、電子戦機であろう彼女は、格闘機をそう呼んだ。
快活な声色と、活発な顔立ちのY-17654に比べ、電子戦機は冷静な声色と、やり手の秘書のような顔立ちを持っていた。
「デ、デモ。Y-2568。ご主人は通信機を介して私達に命令ヲ……」
「あれはただのリモート映像デス。人が250年も、生きれる訳がないデショウ」
Y-2568と呼ばれた彼女は、大きく肩を竦めながら、そう返事をする。
「それより……」
「それより?」
ちらりと、Y-17654の腕の中で伸びている陽子を見た。
「医務室に連れて行った方がいいのではないデショウカ」
結局、主人であるはずの少女が気絶しているので、何がどうなったかの話をする前に、彼女をどうにかしないといけないのだった。
プロット書き直し作業終了。
元々のプロット、全部書き直しする羽目に。




