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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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二十話:その頃の南雲さん1

 館山要塞の司令部にて、通信機の前で突っ伏しながら寝ている少女がいる。

 疲れているのだろう、浅いが規則正しい呼吸を繰り返して、小さな肩を上下させていた。

 その様子を、アルファナンバーズの次兄であるネイトが、静かに見つめていた。音どころか、気配すら無く、静かに眠りについていた陽子を見つめ、彼は呟く。


「……酔狂な奴だな、貴女も」


 腕組みを解き、(もた)れ掛かっていた壁から離れると、司令部に置かれているコーヒーサーバーまで歩み寄り、備え付けのマグカップに、温かく黒い液体を補充する。

 一つにはミルクと砂糖をたっぷり入れ、もう一つにはホイップクリームが入った、温かい飲み物の香りに、少女が身動ぎした。


「……フフッ」


 アルファナンバーズで一番の常識人にして、トリックスターでもある彼は、何か面白い事でも思いついたのだろう。

 にんまりと嫌らしく笑うと、陽子の耳元に唇を寄せて囁いた。


「あまり、無理をするものではない」


 その声色は、男性らしい低く落ち着いた声色で、彼女が恋焦がれる人物の物だった。故に、微睡の中で幸福であった少女は、突如として覚醒し、思い切り頭を上げて、叫んだ。


「さ、サイハテ!!」


 寝ぼけ眼のまま、周囲を見渡し、彼の姿を探すが、目に映ったのはしたり顔のまま、マグカップを持っているネイトの姿だけだった。

 いたずらされた事に気が付いた陽子は、大きく溜息を吐くと、困ったような視線で彼を見つめて、口を開く。


「心臓に悪いいたずらは、やめてよ……」


 街が出来る前から、共同生活を営んでいれば、人となりはわかるもので、彼女の口調は出会った頃に比べると、随分気安く、それをネイトは心地良く感じていた。


「アッハハ、ごめんごめん。あんまりにも一生懸命だったからさ、ちょっかい出したくなるんだよ」


 少年のような、少女のような、どっちつかずな高い声色で喋りながら、彼はウインクする。男の癖に、館山要塞で最も可愛らしい彼に、その仕草は良く似合っている。

 コーヒーを彼女に手渡すと、ネイトは気安く隣に腰掛けて、自分の分を啜る。気紛れなように見えて、全ての行動に意味があるのはアルファナンバーズの日常だ。


「……いただきます」


 彼の行動を見て、先程の言葉は嘘ではないのだろうと、判断した陽子も、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲む事にした。

 温かく、柔らかい味わいのそれは、優しく体に浸透していく。

 彼女がホッと一息つくのを見計らって、ネイトはゆっくりと口を開いた。


「君は、さ」


 カラーコンタクトを変えたのだろう、ピンク色の瞳が少女を見つめて、彼女も子猫を連想させる瞳で見つめ返す。


「どうして、ジーク……あー、君ら曰くサイハテにさ。そこまで懸想できるんだい?」


 懸想、異性に想いを寄せる事。

 そんな事を唐突に言われてしまえば、普通の少女ならば、言い淀んでしまうが、南雲陽子は既に普通の少女やらとではない。

 胸に正義を抱き、それに向かって突き進む事を選んでしまったお陰で、普通ではいられなくなってしまった。


「どうして、今更そんな事を?」


 故に、その真意を問い質す事にする。

 陽子とレアがサイハテに懸想している事は、既にナンバーズへ知れ渡っている。だが、どうして好きになったか、なんて色気のない質問を、ネイトがするとは思えなかったのだ。

 聞き返される、なんて思ってもいなかったのだろう、彼は少し歯切れが悪そうに言う。


「……質問に質問で返すのは良くないね。まぁ、答えるけどさ」


 良くないと言いつつも、返答はしてくれるらしい。

 叱られても、てんで応えていない彼女を一瞥し、何が面白いのか、口内でくつくつと笑うと、彼は再び口を開く。


「何、単純に気になったんだよ。あいつは変態だ、君ら女性からは、最も嫌悪されるべき人種のはずだろう?」


 と、コーヒーのクリームを舐めながら答えてくれた。

 それについての答えを、陽子は持ち合わせている。


「……そうね、最初の内は嫌悪していたわね。体が目的で助けてくれた人、そんな認識だったわ」


 素っ裸で混乱している女子中学生相手に、会話もせず股間を振り乱したならば、そんな評価になってしまうのは、残念でも無く当然なのだ。

 それでも、混乱せず、ヒステリーも起こさず、冷静に着いて行った辺り、賢い少女だった。


「そうなるだろうね。あいつが何をやったか位、容易に想像がつくしね」


 呆れつつも、罵倒する事はない。

 それで、と、ネイトは陽子に続きを促す。


「……考えが変わったのは、すぐだったわ。彼は何の縁もゆかりもない私の我儘を、言わなくていいって、叶えてくれた。体目的の悪い人から、いい人なのかも、って思い始めたの」


 そう語った少女を見て、彼は微笑んだ。彼女が口にした我儘は、ネイトが知る由もないが、善性が固まって産まれたような陽子である。

 その善性に従って、何かをお願いしたのだろう。と、彼は予想する。


「ふーん。命でもおねだりしたのかな?」

「うん、まぁ……サイハテから聞いた?」

「いんや、僕の勝手な妄想。それで、それで?」


 人物への経験と知識から基づく推論は、妄想とは呼ばない、予想だ。

 なんて下らない事を考えながら、陽子は続きを語り出す。


「良い人かなって思い始めて、命を救われて、恩人になって。それから、あの街で一緒に暮らしている内に、不憫な人って思うようになったわ」


 不憫、その言葉を聞いた瞬間に彼の顔から表情が消える。怒っている訳では無く、悲しんでいる訳でもない。ただ、虚を突かれて驚いているだけなのだ。

 一瞬だけ、無表情になると言う、珍しい狼狽を見せた彼は、肩を竦めながら言った。


「結構短い間で、凄い所まで気が付くんだね」

「……女なら、誰も気付く事だと思うけど」

「へぇ、何を?」


 その事に検討は付いているのだろう、しかし、ネイトは少女の口から答えを聞きたいらしく、惚けたような質問をしてくる。彼の瞳から目を反らすと、陽子はゆっくりと述べ、頭を緩やかに振る。


「空虚な人だって」


 空虚な人、彼女は彼を、そう評した。

 今でもやっている事だが、彼は時折、物凄く遠くを見つめる事がある。無感情な瞳で、何を言うでもなく、ほんの一瞬だけ、はるか遠く、それも、時間の彼方にあるようなものを、特に意味も無く見つめるのだ。


「もう失われた物だって知っているのに、何故か見てしまう。そこまでなら、おかしくないの。誰でも黄昏る時位あるでしょう? でも、彼はただ、見つめるだけ、本当にただ見つめるだけなのよ。人間なら、取り戻したいって思うはずなのに。サイハテはそれを望んでいないようにすら思えた」


 それが何なのかは、陽子にはわからない。

 昔も今も、彼女にはサイハテが何を見ているかわからないのだ。


「……見てるこっちが辛い位、空虚なのよ。あの人は」


 ネイトは頬杖をつきながら、語る少女を見つめていた。彼女が辛いと口にした瞬間、大きな瞳から一粒の雫が垂れるのを見て、少しだけ嬉しくなってしまう。

 そろそろ確信に迫ろうと、口を開き、一つの事を問いかける。


「それで、そんな背中を見て、君は惚れてしまったのかい? あの背中を支えてあげたいって、そう思ったのかな?」

男に女が惚れるには、それなりの訳がある。

惚れた男が蚊帳の外にいる愛の独白!!


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