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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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十九話:白の本性2

 目覚めたナイトメアリリィは、まず、グラジオラスの背後に立つ部下を見た。

 彼女が口にした言葉は誠なのか、そう尋ねる為のアイコンタクトを受けて、若い士官は眉尻を下げた後、静かに左を向く。

 それが真実である事を知ると、百合と呼ばれる程に可憐で嫋やかな彼女は、目の端に涙を浮かべ、チークでも差したかのように頬を赤く染める。


「………………!!」


 そんな行動をしながら歯ぎしりでもしているかのように、歯を食いしばって睨むものだから、嘘の付けない若い士官がすっかり萎縮してしまった。

 ある時は冷酷な魔女、またある時は容赦のない作戦を立てる将軍、果たしてその正体は、いい年して年上に甘えたがるただの少女、なんて事実がばれてしまえば、こうもなろう。


 ナイトメアリリィが必死に睨んでいる様子と、蛇に睨まれた帰るのようになっている彼を交互に見つめ、こんな状況を招いた本人は、首を傾げている。

 基本的に空気を読まないグラジオラスこと、西条風音は彼女がどうして怒っているのか、さっぱりと見当が付かなかった。ので、思っている事を口にするのだ。


「リリィ、そんなに睨まないでも、わたしも彼も、君が性悪女を装っているだけの、実は夢見がちな少女だと、しっかり理解しているよ。大丈夫だ、皆分かっている」


 親は子に似るものと言うが、遺伝子レベルですっ呆けているのは、サイハテの血筋位である。

 そんな事を言われてしまえば、リリィは食いしばっていた口をぽかんと開け、反射的に彼女を見てしまう。唖然、と言った言葉が良く似合う白い魔女を見て、天然ボケと言う言葉が良く似合う紅の魔女は、自身有り気に親指を立てて見せた。


「嘘じゃないよ。そんなに疑わないで……サバト軍には、君の非公式ファンクラブがある。名前は確か……」

「ど、同志!!」


 ファンクラブの名前を言おうとしたグラジオラスを、若い士官が止めようとするが、既に遅い。


「えーっと『自分を悪女ビッチと思い込んでいる、純真処女リリィちゃんを愛でる会』だったかな。わたしには名前の意味が理解できないが、これだけ長い名前なんだ。さぞかし想いが詰め込まれているんだろうね」


 嬉しさの余りに、リリィが震え出した。風音は、怒りと羞恥に染まって、白い肌を真っ赤に染めた彼女が、震える理由を誤解した。

 尚、詰め込まれている想いなんぞ、男の欲望と歪んだ父性位である。

 余すところなく真っ赤に染まった白い肌に、溢れんばかりに溜まった涙。膨らんだ頬には、乙女の羞恥と憤怒が詰め込まれているのだろう。リリィは今にも爆発しそうになっていた。


 対する風音は、彼女の肩に手を置いたまま、ファンクラブ『自分を悪女ビッチと思い込んでいる、純真処女リリィちゃんを愛でる会』の名前に秘められた意味を考え込んでいる。


「ところで、そこの若い士官」

「あわわわ……え、あ、はっ! なんでしょうか、同志!」


 だが、考えていても、答えが出なかったので、尋ねる事にしたらしい。


「この悪女ビッチとはなんだ? 悪女はわかるが、その後になんで同じような単語がついている?」


 小首を傾げながら、ファンクラブ名のおかしさを言及する彼女を見て、今度は違う焦りが産まれてしまった若い士官。

 彼は、滝のように汗を流しながら、全力で目をバタフライさせつつ、未だ、穏便に事を済ませようと脳をフル回転させていた。


「えーっと、それは、ですね」

「うん、それは?」


 ファンクラブがあるのは、リリィだけではない。

 何せ、サバトの魔女達は誰も彼も美女である。それぞれ方向性の違う美女であり、先陣に立って戦女神のように戦いの趨勢を決める事もしばしばあるのだ。

 半ば宗教のように崇拝されているのも、可笑しな話ではない。


「そーれーはー……」


 彼は『自分を悪女ビッチと思い込んでいる、純真処女リリィちゃんを愛でる会』の会員でもある。崇拝対象であるリリィは、相変わらず、若い士官を仇のように見つめていて、変な事を口にした瞬間、新人類(ニューマ)お得意の見えざる手で、握りつぶされる事を予感していた。


「あ、アレです! こう、二重に言葉を使えば印象深いかと思いまして!!」

「へぇ、そうなのか」


 一応ではあるものの、風音は納得してくれたようで、白い魔女の見えざる手により、窓の外へと吹き飛ばされながら、若い士官は胸を撫で下ろす。

 窓ガラスを突き破り、針葉樹が生い茂る山脈へと落ちながらも、彼はどこか満足気な表情だったそうだ。


「あーあ……可哀想に」


 飛んでいった士官の行く先を見届けて、紅の魔女はそう漏らした。

 ちらりと、吹き飛ばした張本人であるリリィを見てみると、茹蛸のようになっている。小刻みに震えている辺り、恥ずかしいのだろう。

 彼女は膨らんだ口を開いて、口内にため込んでいた空気を逃がすと、深々と息を吐き、問いかける。


「ぐ、グラジオラスぅ……?」


 憤怒なのか、羞恥なのか、それとも二つが合わさった複雑な感情なのか。震えた声色で名を呼ばれた少女には伺い知れない事実だった。


「どうした?」


 非公式ファンクラブがあっても、慕われているな位の考えしか浮かばない辺り、推定親父(どこぞの変態)に匹敵する位、風音も鈍い。


「……私、それなりに醜悪な魔女を演じてきたと思うのですが」

「うん、わたしも時折殺意が沸く位、上手い演技だったと思う」


 こくこくと頷きながら、リリィの言葉を補足する。それは間違いないと思う、彼女の表情はそう言っていた。


「……ではどうして知られたのかしらぁ?」


 演技は問題なかった。それならば何故と、疑問を抱く白き魔女に、紅の魔女が答えを示す。


「ああ、それはだね」


 切れ長の瞳で、未だ四つん這いの執事を捉えると、なんでもない事のように、風音は言い放つ。


「そのお爺ちゃんが触れ回ったから」


 空気が凍る。驚愕に目を見開いたまま、執事を見たナイトメアリリィと、どこか照れ臭そうに頬を掻く執事こと『自分を悪女ビッチと思い込んでいる、純真処女リリィちゃんを愛でる会』の会長。

 このとんでもない名前を付けたのも、彼であった。

 まるで、ありえない物でも見てしまったかのような反応を示す彼女は、ゆっくりと口を開き、問う。


「嘘でしょう……?」


 ありったけの想いが、口にでた瞬間だった。

 嘘だと信じたいが、ライバル視していた彼女が、嘘を吐くような人間ではない事を知っている事から、縋るかのような、声色で問いかけたのだ。

 執事は、立ち上がると、堂に入った礼をして、返事をする。


「事実でございます。お嬢様」


 力でも抜けたかのように、リリィは座り込み、もう一つの質問をした。


「……な、なんでぇ?」


 どうして、そんな事をしたのか、威厳がすっかりなくなって、すっかりただの少女、もとい処女となった彼女に対し、執事は笑顔で返答する。


「それはもう、お嬢様が可愛いからでございます」

「なぁにそれぇ……」


 すっかり、放心状態になってしまった、悪夢の百合かっこ笑いかっこ閉じに気づいているのか、いないのか、彼はその訳をまくしたてた。


「爺めは、お嬢様の事ならば、なんでも存じ上げております。例えば、勇気を出してノワール様の寝床に潜ってみたものの、やんわりとたしなめられた事」

「うぐぅ!?」


 彼が蘇った時のテンションが赴くまま、素っ裸で夜伽に向かったら、紳士的に叱られた事実を思い出し、悶えるリリィ。


「グラジオラス様を罵った際、いつも爺めにごめんなさいしたいと、泣きついた事も多々ありましたな」

「ち、ちがっ!? そ、そんな事言ってないもん!」


 わなわなと震える白い魔女、むしろ、白いだけの処女の本心を聞いてしまい、風音もつられて顔が赤くなってしまう。


「……あー、そうだったのか。すまない、わたしも、言い過ぎる事があるから、その、これからはもう少し仲良く」

「違うって言ってるじゃありませんのぉ!!」

「そうなの?」


 否定されてしまえば、風音は首を傾げて尋ねるだけである。


「いやいや、グラジオラス様。貴女が千葉へと旅立つ時、心配の余り、切り札の一枚を貴女へ預けたではありませんか。彼らがやられたと聞いたお嬢様は、それはもう取り乱されて……」

「と、取り乱してなんかいません事よ!? あれは……」


 あれは、と何かしらの言い訳を考え始めるが、浮かんだ言葉は言い訳にすらなっていなかった。


「あれは、そう……け、怪我した彼らが心配だっただけ……あ、これ違う」


 とうとう、演じていたキャラまで崩壊している。

 語るに落ちる、どころの騒ぎではなく、見事な自爆芸を披露した彼女は、風音にならば通じているはずと、彼女を見つめた。


「リリィ、その、なんだ」

「……なんですのぉ」

「わたしは、この通りぴんぴんしているから、心配しなくてもいいよ?」

「もうしてねーですわよぉ!!」


 半泣きになりながらも、抵抗は無駄だと悟ったナイトメアリリィ。

 ボケた返答をする風音を怒りながらも、少しだけ仲良くなれた彼女は、嬉しいやら、恥ずかしいやらで複雑な心境だった。

悲報、ナイトメアリリィさん、可愛い。


悪夢の百合かっこ笑いかっこ閉じは、誤字ではありません。

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