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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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十六話:男の意地3

 腕力が足りないのならば、速度を活かしてぶち当たる。

 選択は間違ってはいないが、義肢用の人工筋肉を利用したパワーアシストと、パワードスーツ用のパワーパックでは、基本的に出せる出力が違う。

 細胞間電位差発電と、小型ジェネレータの発電量ですら、絶望的な差があるのだ。ちょっとした奇策程度では覆せるはずもない。


 そんな事は、サイハテも、マクニールすら百も承知だった。

 鍔迫り合いから弾き飛ばされた彼が、再び縦横無尽に駆け巡るのを見て、老人は違和感を覚える。

 互いに達人であると認め合ったからこそ、同じ手は二度と通じないと分かっているはずなのに、西条は再び柱や天井を蹴って、弾丸のように跳ね回っていた。


 二度、三度と弾き飛ばされて、床や柱に叩き付けられても、彼は諦めると言う事を知らないかのように、静かなる殺意を湛えた瞳でぶつかってくる。

 いずれは限界を迎える、愚かな手立てに、苛立ちを覚えるが、四度目の突進をなんでもないように弾き飛ばしたマクニールは、口を開いた。


『どうした、西条。この程度か』


 声色には、僅かな失望が浮かんでいる。

 これ以上突撃して来ても、無駄だとわかっているのに、何をしているのか。彼が語りたいのは、こんな言葉だろう。

 それでも、サイハテは諦めることなく五度目の突撃を行って、再び無様に弾き飛ばされた。


 床を転がって、衝撃を消すが、完璧に力を逃がせる訳ではない。その証拠に、彼の動きは突撃が終わる度に鈍くなっている。

 それでもと、刀を地面に突き立て、支えにしながら立ち上がり、再び跳ね上がる。壁を蹴り、柱を蹴り、縦横無尽に駆け巡る。


「これで終わりだ……」


 マクニールの駆動甲冑(パワードスーツ)についた、集音機がサイハテの声を拾った。

 耳元で囁かれなければ、到底聞こえないような小さな声に反応し、斧を構えた。いつでもどこでも、カウンターを叩き込む為に。


「……ぉぉぉおおおおおおおお!!」


 ドップラー効果を残しながら、砲弾のような男が突っ込んでくる。

 風切り音が響く程の高速で、己の損耗を全く気にしていないかのような突撃に、マクニールは完璧に反応して見せた。

 奴が間合いに入るその瞬間に、分厚い刃を叩き込める、そう確信し、振りかぶる。


 完璧だった。

 この一撃でサイハテは粉微塵に砕けて、死出の輩となるはずだった。しかしである、奴は高周波ブレードの一振りで一撃を受けると、器用にも刃の上を回転し、見事に回避をしてみせる。


『馬鹿なっ!!』


 マクニールが引き攣った悲鳴をあげるのと、奴の刃が駆動甲冑の分厚い胸部装甲に突き入れられるのは同時だった。

 老人の薄くなった血が引く、死の刃が心臓まで迫っているような気がした。ここで反応できたのは、長年培った杵柄だろうか。

 左手を斧から手放すと、裏拳で、彼を殴打した。


「ぐぅ……!」


 呻くような悲鳴と、いくつかの骨が砕ける音が、装甲越しに感じられた。吹き飛んで樽のように転がるサイハテを見送って、マクニールは思わず笑ってしまった。

 胸に突き立ったままの高周波ブレードを引き抜き、投げ捨てると、涼やかな金属音が響く、それは、勝利の鐘であるように感じられた。


 転がった先で、彼は倒れ伏したまま動かない。

 それもそうだ、駆動甲冑の一撃は自動車に追突された方がマシな質量を誇る。いくら、奴の身に着けているスニーキングスーツが打撃に耐性があろうとも、無いよりはマシ程度の威力だったはずだ。

 死にはしないだろうが、もう戦えないだろう。


 そう思う心もあったが、油断する事はやめた。

 殺したと、思った矢先に負けたのだ。もう二度と油断はしない、斧を携え、素早く、そして確実に殺そうと彼の元へと歩みよる。


 -----勝ったはずだ、これで殺せるはずだ。


 確信に近い予感のはずなのに、どうしても胸中から不安が拭いされなかった。

 その確信を現実にする為に、彼は大地を踏みしめて倒れ伏した男へと接近する。


「……マクニール」


 案の定、サイハテは立ち上がった。

 力なく垂れ下がり、明後日の方向を向いている右腕を隠そうともせず、奴は何事もなかったかのように立ち上がり、マクニールの名を呼んだ。


『……西条』


 なんとなく呼び返してみた。

 特に意味はない、理由もない。

 ただなんとなく、これが奴の名を呼ぶ最後だと感じたからだ。


「俺の、勝ちだ」


 左手に握られたアサルトライフル、その先にはライフルグレネードが装着されていた。

 吹き飛ばされた際に拾ったのだろう、先程まで起きなかったのは、銃口に着けられたそれが原因で、とマクニールは理解する。

 思わず苦笑してしまう、銃器を捨てたのも、無駄な突撃も、全てサイハテの計画通りだったのだから仕方ない。


『……そうみたいだな』


 諦めの言葉を口にしたのと同時に、引き金が引かれて、榴弾が発射された。それは放物線を描いて胸高に開けられた僅かな罅に直撃して、内部まで破片を飛び散らせる。

 金属片は内部にいるマクニールを徹底的破壊すると、役目を終えて、体内に滞留する。駆動甲冑が膝をついて、緊急脱出装置を作動させるが、もう遅い。


 弾き飛ばされた彼が地面に叩きつけられたのを見て、サイハテは彼に緩やかに近づいた。

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