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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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二百話突破記念小話:銃の指南

 館山要塞地下部にある射撃場に、珍しい人物が顔を出していた。

 その少女はサイハテに連れられ、興味深そうに射撃レーンとコンパクトな拳銃を持つ彼を、交互に見ている。

 少女の名前はレアといい、今日初めて銃を握る少女だ。


「いいか、これから君に渡すのは玩具ではない」


 銃身を掴み、トリガーガードに人差し指を掛けた状態で、一丁の拳銃を突き出すサイハテは、そんな事を宣った。

 銃とはどんな道具で、どう使えばいいのかを説明しなくてはならないからだ。


「誰かに向けて、引き金を引けば、その誰かは死ぬ。これはそんな道具だ、遊び半分で人に向けるんじゃないぞ。きっと、後悔する事になる」


 いつもはパンツを被っているか、食べているか、どっちにしろふざけた雰囲気を醸し出しているはずの彼が、今日は真剣だった。

 レアはサイハテの警告を真剣に聞くと、何度か頷いて返事をする。


「だいじょーぶ、わかってる」


 大抵の大人や教師ならば、自分の話が邪魔された事に腹を立て、分かってないと怒鳴り散らす所だが、彼はみっともない真似をしない。

 彼女の小さな手に、これまた小さなハンドガンのグリップを握らせてやり、射撃レーンに立たせる。


「解っているならばいい。いいか、コイツはルガーLC9s。マグセイフティが付いているから、マガジンを抜いた状態では弾が出ない。ここがマガジンリリースボタン、押してマガジンを抜いてみろ」

「えーっと」


 少女は素直に従うと、覚束ない手つきでマガジンを引き抜いて見せた。

 弾倉には弾が入っておらず、これでは射撃できないことだけ、レアにもわかる。


「使わない時は、銃に弾を入れない。マガジンと銃本体は別々に置いておく、オーケー?」

「おーけー」

「よし、ならばスライド……ああ、ここだ。これを引いて、薬室、チェンバーに弾がない事を確認してくれ」


 スライドが引かれ、排莢口から薬室が露出する。ガラス充填ナイロン製ポリマーのフレームと、合金のスライド、その中には武骨な金属の部品が収められており、可憐な少女には些か似合わない出で立ちであった。

 中に弾が入っていない事を確認した彼女は、弾倉と本体を並べるようにおいて、サイハテの事を見つめている。


「次だ、次は弾倉に弾を込めてみよう」


 9mm拳銃弾の詰まった箱を、射撃レーンのテーブルへと置いた。

 拳銃弾としては比較的大きい9mmパラは、レアの小さな手にはミスマッチかも知れないが、彼が想定した相手は、人間よりも圧倒的に頑強な感染変異体である。

 身を守れない護身拳銃など、なんの意味もないので、少々危険だが、この銃を選択したのだ。


「えーっと、えーっと……」


 覚束ない手つきで、紙の箱から弾薬を取り出して、シングルカラムの弾倉へと弾を込めている姿は、どこか危なっかしい。

 落とした位では暴発はしないはずだが、それでも心配なものは心配なのである。

 サイハテの心配をよそに、レアは不慣れながらも給弾を済ませて、再び彼を見つめた。


「こう?」

「そうだ。もうちょっとスムーズにできるように、練習しておけ。それでだな」


 後は、各種セイフティを解除して、実射となるのだが……。


「ちょっと握って構えてみろ」


 銃を握らせてみると、不安が倍増した。

 小さな手でハンドガンのグリップを握るものだから、中指を親指がくっついていないし、トリガーには既に指がかかっている。

 ちゃんと両手で構えてはいるのだが、左手は何故かマガジンの下部を抑えており、引き金を引いたら銃口が跳ね上がる事請け合いだ。


「いいか、まず、撃つとき以外は絶対にトリガーに指をかけるな。俺でも暴発するときがある。ああ、それと、左手は右手を包み込むように……」


 レアの背後に回って、彼女の手に被せるよう、実演してやる。


「そう、しっかり保持する。後、右手の握りはもう少し上だ。人差し指を斜めに伸ばして、フレームのこの部分に触れるよう……届かないが、まぁ、この辺りと記憶しておけばいい」


 巨漢のサイハテには、程遠い悩みではあるが、子供時代を思い出して、なんとか教導する。そして、教えれば教える程、問題が見つかるのが、銃の打ち方と言う奴なのだ。


「右手はもうちょっと力を抜く。そう、うん、抜きすぎ、それ位。代わりに左手でしっかり保持する」


 しかし、てんでダメダメだったのが、教えれば教える程様になる姿は、見ていて心地がいい物である。


「少し前屈みがいい。膝を少し曲げて、そうそう、肘も気持ち曲げる。おう、曲げすぎだ。瘤が出来るぞ」


 そうして、利き手の足を半歩下げさせて、逆の足を目標へと向けさせれば、しっかりとした射撃姿勢になる。次は狙い方を教えるのだが、よくやってしまうミスがある。


「顔は曲げないで、銃の方を視線の方に持ってくる。基本はそれでいい、応用は当たるようになってからだな」


 危険だからこそ、しっかりと教えるのだが、子供がそんな機敏を分かってくれるはずもなく、レアは唇を尖らせると言った。


「……まだ? そろそろ、うちたい」


 得物が目の前にあるのに、コンコンと説明されては嫌気だって差すだろう。

 誰だって、自分が初めて持つ銃は、一刻も早く撃ってみたいと思ってしまうのだから。


「ああ、いいぞ。マガジンを挿入しろ。スライドを引いて、セイフティを解除。まずは二十五ヤード。それに合わせて調整(ゼロイン)してある。ワンマガジンで当てれたら、なんだって願いを叶えてやろう」


 当たる訳がないから、こう言っているのである。

 しかし、なんでも、と言うご褒美にレアは眠そうな半開きの目を開くと、キラキラさせながら口を開いた。


「ほんと!?」

「本当本当、何でもいいぞ」

「……がんばる!」


 キッと真剣な表情になった少女は、イヤーパッドを付けると、慎重に狙いをつけて、引き金を引く。

 射撃レーンに響き渡る発砲音と、肩にかかった衝撃の余韻に感動しているレアの表情は、興奮と、少しの失望に塗れていた。


「……あたらない」


 弾丸は、マンターゲットの左を通過していた。見ていたサイハテが判断するには、引き金を絞る時に力が入りすぎて、銃口が左を向いていた事だろう。

 苦笑しながらも、鼻息荒く、次は当てると意気込み少女を見守りながら、次の講義の内容を決める。そして、一発も当たらなかったレアは、少ししょんぼりしながら、続きの講義を聞いたのだった。

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