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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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十話:マイノリティー・ガンマン

 一つしかない入口に銃を向けながらも、マクニールの胸中には強い恐怖が漂っていた。

 唇をへの字に引き結び、大阪の街で撒いた餌に引っかかった間抜けを仕留めるだけの、楽な仕事なはずなのに、首筋に刃物でも当てられているかのような、胸部だ。

 遺留地からは、凄腕を百人程度連れてきていたはずなのに、銃声一つ聞こえてくる事なく、若い兵士が飛び込んできた事が、それを煽るのだろう。


「っ……」


 乾いた喉を潤わせようと、無理矢理出した唾を飲み込んだ時である。

 後頭部に重く、固い金属の塊を突き付けられていた。


「動くな。銃を捨てて手を挙げろ」


 彼の耳に、聞き覚えのある声が届く。 最後に立ち寄った酒場で、娘を迎えに行くと言って、仕事を断った男の声だろう。口角を吊り上げると、大人しく両手を挙げて、彼の指示に従うふりをする。


「よう、酒、ごちそうさん。あんただったとはなぁ……ワシもついてない」


 下らない世間話でもするかのように、マクニールは嘯いた。


「娘を迎えに行く、っつーのは嘘だったんか? 本当ならこんな爺に構っている暇ないだろうよ」


 ペラペラと回る口の裏で、彼はこの状況を打開するための策を練っている。

 そんな事は相手も承知だろう、それもマクニールは知った上で、そんな行動をとっていた。

 殺さない、と言う事は、何か聞きたい事がある、と言う事である。

 お互い、下らないセンチメンタリズムに踊らされるような人種ではない。全ての行動には、必ず意味があるものなのだ。


「それとも、何か。娘の居場所でもわからねぇのか?」


 返答はない。

 沈黙は肯定とみなす、なんて間の抜けた事は言わないし、マクニールにとって、それが目的であっても、そうでなくとも、どちらでもよかった。

 彼の目的は会話で、気を反らす事にあるのだから。


「なんだ。だんまりじゃあわかんねぇよぉ、楽しくお喋りをしようぜ。お前さんは、圧倒的に有利な状況に居るんだからなぁ」


 終末世界を生きる者の嗜みとして、最後の手段はいくつか用意するものである。

 それの準備に、しばし時間がかかるのだから、時間稼ぎをする他ない。


「んでよ、話を戻すが、何が聞きたいんだよ。嘘を言わねぇ保障はねぇが、美味い酒を奢って貰ったしなぁ。今なら特別サービス大出血、答えられる事なら、答えてやるぞ」


 後数分、薬剤が混ざるまで時間を要する。

 体を揺すって早めてもいいのだが、そんな事をしたら目的が割れるかも知れない。相手に余裕を持たせて、時間稼ぎをするのが常道だった。


「……貴様の言っていた魔女、その療養地はどこだ?」


 先程まで黙っていた男が、唐突に口を開く。

 マクニールは、サイハテと酒場で会話した時、娘を迎えに行くとの文言を嘘だとは思えなかった。

 故に、こんな反応をする事しかできない。


「成程、迎えにいく娘さん、とやらは魔女だったっつーわけかい。難儀だねぇ」


 質問に答えると言っておきながら、どこ吹く風の彼に、男は苛立ったのだろう。


「いいから答えろっ!」


 随分余裕が無さそうな返答をしてきた。

 マクニールは、肩を竦めると彼が居る方向に振り返り、とあるものを要求する。


「嫌だね。答えたら殺されるんだろう? 死ぬ前に、煙草の一本でも吸いてぇもんだがなぁ」


 政治将校が人相改めをした時とは、全く違う顔立ちになっていたが、酒場で会話した男と言う位は立ち振る舞いと、声色から推察する事ができた。

 サイハテは彼の要求を聞いて、僅かに黙考すると、腰のポシェットから一本の葉巻を引っ張り出す。


葉巻煙草(シガー)でいいな」

「お、いいねぇ! 吸わせてくれよ」


 嬉しそうに反応するマクニールの口元に、葉巻を持っていってやり、吸い口を作らせると、彼にそれを咥えさせた。

 そのまま器用にガスライターで火を点けてやると、彼は濃い煙を楽しみ始めるのだった。

 銃を向けられたまま、煙草を楽しむ、そんな奇妙な状況が発生する。


「……っ。ああ、いい葉巻だ。久しぶりに吸った」


 嘘偽りない言葉だった。

 絹のような舌触りの煙は、口の中で蕩けているような感覚を齎す。

 喉の辺りで止めて、鼻から噴き上げれば、煙草特有の濃厚な香りが脳を刺激する、たまらない上物だった。


「さて、お望みの魔女様の居場所だっけな」


 左手は上にあげたまま、器用に右手で咥えていた葉巻を持ったマクニールは、お望みの情報を話そうとして、違う事を口にする。


「その前に、知ってほしい事がある。そこで死んでる若いのはよ。ワシの住む遺留地のガキなんだよ」


 一つ喋る度に、葉巻を一度、口にする。


「ワシが若い時に生まれたガキでな。食う物に困りながらも、一生懸命生きていたんだよ」


 思い切り吸い込み、大量の煙を吐き出した彼は、葉巻を捨てて、口角を吊り上げた。


「ワシみたいになるんだと、厳しい訓練にもついてきてなぁ。子はいねぇが、我が子のようにかわいがったもんだ。下に居た他のガキどもも似たような存在だ」


 その言葉も、嘘ではないのだろう。

 故に、マクニールの返答は、穏便な物ではなくなってしまうのだ。


「そんなガキ共を殺したお前さんに、教える事は何一つない」


 彼が吐き捨てるように言葉を口にした瞬間、突如として彼のベルトから強烈な閃光が放たれた。

 目を庇いながら、近場の遮蔽物へと身を隠したサイハテと、マクニール。

 二人の会話は続いていく。


「仇討ちだなんだと、くだらねぇ事は言わねぇ。仕事だからな」


 愛しい人間が死ぬのには、慣れている。

 それなりに生きていれば、慣れてしまうのが、この世界なのだ。


「でもよぉ、ワシのガキたちを殺しておいて、お前さんはガキを迎えに行くっつーのは、問屋がおろさねぇわな」

残当。

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