九話:賞金稼ぎ達4
多目的端末の液晶を弄って、通信機能を起動させてみるが、耳小骨に響くのは僅かなノイズばかりだった。
マイクロマシンによる、全自動メンテナンス機能の付いたコレが、故障するとは考え難く、通信を妨害する為の電磁波が蒔かれている事は、分かり切った事だろう。
サイハテは小さなため息を吐くと、最低限のものを詰めた小型バックパックの中から、折りたたみ式双眼鏡を引っ張りだした。
それを覗いて、これから向かうはずの通天閣もどきを偵察してみる。
奴等にとっては、それなりに重要な施設であるのか、多くの兵士が警備しているのが確認できた。それ以外にも、いくつかのアンテナらしきもの、人が侵入できるような場所は一ヵ所程度、と言う事は解った。
日の出と共に侵入を開始したいので、しばらく偵察を続けようと考えていたのだが、とある異常に気を取られてしまう。
「……?」
兵士達が突如として撤兵を開始した。
どこか急いでいるような様子で、兵員輸送車やらトラックやらに分譲しては去っていく、しばらく様子を見守っていたが、彼らが撤退しても、特に変化はなく、街の喧騒と相まって、塔の静寂は気味が悪い。
「……罠か」
酒場で会った初老の男は、どうやら撒き餌らしく、彼はそれにかかったようだった。
普段ならば、一度退き、再度情報を集めてから判断する位の事はやるのだが、今日のサイハテは異様に焦っているのか、そのまま中に突入する事を決定する。
担いでいたライフルを持つと、じりじりと周囲を警戒しながら、塔の中へと入っていくのだった。
一方その頃、初老の男は、塔の最上階で通信機と向き合っていた。
巨大なモニターを有する、ちょっと訳の分からない通信機には、白い魔女が映し出されている。
彼は、その魔女、悪夢の百合相手に、先程やってきた事を報告していた。
「……と、言った風に餌を巻いておいた。よろしかったかな?」
終末世界を生きる者特有の、獣染みた感覚で強者を見つけ出しては、人目の多い環境で情報を流す。
やっている事は単純でも、実行するにはそれなりの経験が必要になる仕事だったが、バレている様子は無かったと、男は判断する。
それを、モニターの向こうにいる相手へと、報告した。
『あら、そう、よくやったわ。ご苦労様、マクニール。貴方には感謝してもしきれないわねぇ』
マクニール、そう呼ばれた男は唇を吊り上げると、ある事を口にする。
「とんでもねぇ。あんたには返しても返しきれねぇ恩があるんだ。これくれぇなら朝飯前さ」
返しきれない恩。
そう宣った彼に対して、リリィは少しばかり申し訳無さそうな様子で口を開いた。
『あまり気にしなくてもいいのよ。私達サバトは、弱い労働者達の味方だから』
虫一つ殺せ無さそうな手弱女に、そう言われると、男として立つ瀬がないと、マクニールは思い、苦笑いしながら後頭部を掻く。
「弱いなんて、はっきり言われちまうと、何も言えねぇなぁ」
小娘に弱いと言われても、何も言い返せない。
それは、彼が外国人遺留地、終末前に避難してきた難民達が作り上げた街の出身だったからだ。
日本は元来、単一民族が大多数を占める国である。まともな情報源がない終末世界において、民族が違うと言うのは、差別の温床であった。
どんな差別があったのかは、彼が語る事はない。
それでも、それなりに悲惨な結末を見て来た事は、誰にでも理解できた。
そんなマクニールの気持ちを理解できたのだろう、気を取り直すように手を叩いたリリィは、少しでも場を明るくしようと、手を叩く。
『そうそう! 最近の遺留地はどうかしらぁ? 足りない物とかある?』
弱いと言われた挙句、物資の支援まで申し出てしまわれては、流石に申し訳が立たないのか、彼は全力で首を左右に振った。
「ああ、いえ、大丈夫。大丈夫でさ。出稼ぎの若いのが色々持って帰ってくるようになってね。最近は餓死者も……」
和やかな会話を遮るように、けたたましい足音とドアを叩く音がする。
一度だけ忌々しそうな視線を向けた彼は、一言、彼女に向かって謝罪をした。
「……どうやら、罠にかかった間抜けが来たようで」
『……そう、なら仕方ないわね。続きは今度聞かせて貰いましょう』
「そうしよう。その為には……」
無線機を切って、振り向いて、ドアを叩いている人間に声をかける。
「入れっ!!」
その声を聴いたのか、頑丈な防弾扉を吹き飛ばすかのような勢いで、肩から血を流した若い男が駆け込んできた。
「ま、マクニールさん!! ば、バケモノ、バケモノが来た!!」
目は血走り、表情は恐怖に固定されて、鬼気迫った悲鳴を上げて、若い男は倒れる。マクニールが、遺留地から連れてきた若い兵士は、それで事切れてしまう。
刃物で肩の太い血管をやられており、失血死したのが、見てとれる。
「……続きは聞かせられそうにねぇな」
腰のピストルホルスターからリボルバーを引き抜いて、そんな事を口にしてしまった。
唇を引き結び、目を見開き、これからやってくるであろう敵を見据える事にする。
凄腕の賞金稼ぎVS凄腕の変態。
多分、世界初のマッチ。




