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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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六話:賞金稼ぎ達

 堀に防壁、塹壕と有刺鉄線を乗り越えた先には、巨大な街が広がっていた。

 ずらりと並ぶ木造家屋だけでなく、終末前の建築物を利用した集合住宅やら、新たに作られたであろう鉄筋コンクリート製のビルには、国営店が入っている。

 ビルの前には、館山の町の総人口に匹敵するであろう行列が並び、食料や日用品の配給を受けていた。


「……」


 外套付きマントを羽織ったサイハテは、その傍を通り過ぎながら、今更ながらサバトとアルファ・クランの差を知る。

 恐らく、日本に残った総人口の半数程がこの共産圏に所属しており、とてもではないが、正面から打破できるとは到底思えなかった。


 しかし、絶望はしない。

 敵が強大すぎるのは、いつもの事である。

 娘がこの広い街のどこに居るのかもわかっていないので、情報収集がてら、市民に交じって街の散策を行う事にした。


「広い街だ」


 思わずつぶやいてしまう位には、広く立派な街だろう。

 市民や傭兵達に交じって歩いても、違和感を感じさせない彼の目にまず入ったのは、市民達の肌艶だった。食糧が豊富なのか、皆、健康的な肌になっている。

 共産主義と聞けば、飢えと渇き、更には暴虐に市民が晒されていると思いがちだが、一応それなりの政を行う。


 プロレタリアートの政府。労働者主義とも言えばいいのだろうか、資本家を親の仇のように恨む政治体制だが、労働力を売って生きるのならば、それなりの人生は送れるのだ。

 ただし、よく見てみると、資本を独占するのが複数の資本家から、独裁者に代わるだけなので、結局労働者は搾取されているのが欠点だった。


 それでも、である。

 サバトの支配圏は、それなりの秩序と治安があって、飢えや渇きとは無縁の世界に思えた。

 人はパンのみにて生きるにあらず、とは言うが、パン(食べ物)が無ければ死んでしまうのが人である。安全が確保されていて、働けば飯が食える国と言うのは、弱者にとって理想の国家だろう。


「……」


 学校の帰り道だろうか。

 鉛筆やノートをカバンに入れた子供の集団がそばを駆け抜けていった。

 放浪者の街では、靴を磨いて生計を立てているような子が、面倒臭そうに勉学を学んでいる、どこにでもあるような風景が、ここにはある。


 大阪に混乱を齎す事を、少しばかり申し訳なく思ってしまった。

 眉間に皺を寄せて、自分らしくない考えを振り払ったサイハテは何も見なかった事にして、西部開拓時代を模したであろうサルーンのスイングドアを潜って中に入る。

 店の中には、仕事を終えた労働者だけではなく、彼と同じ仕事をしているであろう同業者の姿まで見えた。


 サイハテの纏っている気配が堅気ではない事に気が付いたのだろう。

 同業者たちは品定めするような視線を一度だけ向けると、興味が無くなったように仲間との談笑に戻った。

 彼は肩を竦め、バーカウンターの席に着き、注文をする。


「一番高い酒を」


 グラスを磨いていたバーテンは、注文を受けるとすぐさま琥珀色の酒を、ショットグラスに注いで出してくれた。

 対価に赤い五円札を一枚置いて、サイハテは酒を呷る。

 小さなグラスに入った酒は、それなりに上等な物だったが、美味いものではなかった。


「もう一杯、いかがです?」


 しかし、気前のいい彼をバーテンは上客だと思ったのだろう、おかわりを進めてくる。


「いただこう」


 追加の金を置いて、再び注がれた酒で、喉を潤した。

 あくまで、こんな事をしているのはポーズだった。前の仕事で儲けたぞ、腕自慢だぞ、と言うアピールである。

 そんなやり取りをしていると、隣に座る男がいた。感染変異体の革で出来たカウボーイハットをかぶった、初老の男だ。


「よう若いの。随分と羽振りがいいじゃないか」


 四杯目の酒を味わいながら、サイハテは男を見た。

 スリングで担いだボルトアクションライフルに、ガンベルトに突き刺したリボルバー。両方とも終末前の装備で、奇抜な恰好をしている割には、それなりに腕が立つ印象を抱く。


「デカい仕事があったんだ。そこで一発当てた」


 それなりの情報は持っていそうだと判断し、会話に付き合う事にする。

 デカい仕事、と言って相手の興味を引く。


「ほぉー、羨ましいね。その様子だと随分儲けたんだろう?」


 まぁな。

 とだけ返事して、五杯目を味わうサイハテに、初老の男は言った。


「ワシもあやかりたいもんだ。最近はとんと仕事が入ってこんでな、安酒を飲む酒すりゃありゃしねぇ」


 そう宣う老人だったが、それは嘘だろう。

 装備はよく手入れされているし、身綺麗な恰好をしている辺り、未だそれなりの稼ぎはあるはずだ。


「よく言うぜ、爺さん。あんたの体からは、火薬が焼けた匂いと血の匂いがしやがる。ここに来る前も、二、三人やってきただろうに」


 ここにきて、老人が求めているものが理解できた。

 次の仕事は人数が必要なのだろう、それなりに腕の立つ奴を探しにきたらしく、サイハテの無礼な物言いにもカラカラと笑う。


「バレちゃあしょうがねぇ。おい若いの、お前さん、もっと儲けたくはないか?」


 男は彼が飲もうとしていた六杯目を奪い取ると、飲み干して言った。

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