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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
六章:父として出来る事
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五話:要塞化された街

 大阪市の地下には、増築に増築を、改築に改築を重ねて正式な地図すら存在しなくなった地下街が存在する。

 関西人特有のノリと勢いで造られた地下街は、遠い昔、梅田地下街と呼ばれていて、今そこは、共産主義を標榜する軍事組織の本部と化していた。


 京都陸軍幼年学校を卒業したばかりの若い士官が、迷いに迷ってベテランの下士官に助けて貰うのが通過儀礼になっている地下街の奥深くに、彼の部屋はある。

 文明が衰退している昨今では、終ぞ見なくなった豪華な部屋のソファに腰掛けて、これまた珍しい終末前のワインを啜る男はノワール。


 ゆったりとしたナイトガウンを着込み、部屋の中央に設置されたキングサイズのベッドには、白い魔女が寝ていた。

 彼はすっかり熟成されたワインを口に含み、味わうと部屋の入口に目を向ける。


「ほ、報告します!」


 ノックもせずに扉を開け放った人物は最近配属された若い士官だろう。

 幼さが残るあどけない顔立ちに、緊張の色を強く滲ませて、裏返った声色でそう報告した。

 ベッドの方では、むっとした表情で身を起こしているであろうナイトメアリリィの姿が、ノワールの脳裏にはしっかりと浮かんでおり、それを手で制しつつ、口を開く。


「いいよ、続けろ」


 前半は女に、後半は男に向けた言葉と理解した若い士官は、焦ったように報告する。


「生駒山要塞で、例のミサイルからベイルアウトした侵入者の姿を発見したようです!」


 その報告を聞いて、口元に笑みを浮かべるノワール。


「して、同志ノワールのおっしゃった通り、若い女性に下着を脱がせた所。引っかかったそうです」


 本当に引っかかるなんて、なんて言葉を漏らしているのは聞かない事にした。

 こんな下らない手に引っ掛かる男を、彼は一人しか知らない。予想した通りの奴が来たことは、間違いなさそうだ。


「それで、どう対応した?」


 空になったワイングラスを置いて、言葉を促す。


「ハッ! 野戦重砲による集中砲火で塹壕ごと吹き飛ばしたとの報告です」


 気を付けの姿勢で、叫ぶように答える士官を見て、思わず眉間に皺を寄せるノワール。

 彼はその表情のまま、口を開くとある事を尋ねた。


「それは、侵入者を仕留めたと言う報告かな?」

「はい! そうであります!」


 自信満々な若い士官とは対照的に、ノワールの反応は冷淡である。


「死体はどうした?」


 その質問を聞いた彼は、報告書に再び目を通すと、首を左右に振って返答した。


「発見出来ていないようです。現地の司令部からの報告によれば、砲撃が直撃して、粉微塵になってしまったのではないかと」

「……ふーん。まぁいいや、それじゃお疲れさん。下がっていいよ」


 興味が無さそうに返答し、右手を振って士官を下げさせる。

 彼が退出した後、ノワールは鼻を鳴らすと、着替えを終えたリリィに向かって、とある命令を下す。


「リリィ」

「はい」

「君の手勢で、奴を探せ」

「……それは、全てを私にお任せしてくれる。と?」


 にんまりと笑う、白い魔女に、黒を名乗る男は返事をした。


「ああ、好きにしなよ。僕の前に引きずり出してくれれば、それでいい」


 自由にやる権利を貰ったナイトメアリリィは、大きく頷くと素早く部屋から出ていった。

 実際に見た訳ではないが、確信があった。死体が見つからないのは、生きていると言う確信だ。

 ノワールが予想している敵、西条疾風ことジークは、中華でも死んだと言う情報が幾度も流れた。

 しかし、その度にどこぞからひょっこりと姿を現して、重要な施設を吹き飛ばしていたのだ。


「早く来いよ、ジーク。僕はここに居る」


 どこか熱に浮かされたような眼の光を湛えて、彼はここに居ないはずの宿敵に語る。

 ナイトガウンから覗く、分厚い胸板には痛々しい大きな傷跡が残っている。それをなぞりながら、どこかでこちらに向かっている彼の姿を見た。











 西日に照らされる生駒山の斜面が、唐突に盛り上がった。

 まるで巨大なモグラが通った後のような盛り上がりから、突如として二本の腕が生えて、腕の持ち主を地表へと押し上げる。


「……ぶっはぁ!?」


 現れたのは、泥塗れのサイハテだった。


「あー、畜生……プッ!」


 口の中に溜まった土を吐き出して、彼は埋まった下半身を引きずり出すと、その場に屈む。

 泥で真っ黒に染まった顔に、爛々と輝く一つの目が嵌っており、その姿はどこか異様な雰囲気を醸し出している。


「もう二度と土竜の真似事なんてやらねぇ」


 装備に着いた土や泥を払い落としながら、彼はそんな愚痴を漏らした。

 この男、驚くべき事に、砲撃で地中に埋められた際、土の中を掘り進みながら脱出を果たしていた。すでに、遥か後方に山頂があり、文字通り、山中突破を果たすのは、彼だけだろう。

 山岳要塞では多量の兵士がサイハテを探しているはずで、あまりゆっくりしている暇はない。無線機を使いながら、山を下る事にした。


「あー、こちら西条。バイタルが乱れたとは思うが、以上はない」


 土中に居た時は、ひっきりなしに鳴っていた無線も、外に出る頃には静かになっていたので、恐らく心配させているだろうと言う配慮だ。


『……サイハテ!? 何があったの!?』


 無線機の向こう、館山要塞には喧嘩の仲裁を終えた陽子が戻っているようで、懐かしい彼女の声が聞こえてきた。

 しかし、パンツを取りに向かったら発見されたなんて報告はできない。

 誤魔化す事にした。


「……罠に嵌ってな。少しだけピンチだった」

『罠ぁ!? あんたまさか、女の人のパンツ盗んだりとか、女湯とか覗こうとした訳じゃないわよね?』


 なんと言う信頼感だろうか。

 奴なら必ずやると言う、無類の信頼を受けて、胸が熱くなるサイハテ。

 正直、ここでばらして、女子中学生からのお叱りを受けるのが真っ当な変態なのだが、今は任務優先である。得たパンツの匂いを嗅いで、心に落ち着きを取り戻すと、平然を嘘を吐いた。


「そんな訳ないだろう。そんな事したら、俺は変態じゃないか」

『何言っているのよ。あんたは変態でしょ。エッチ、スケベ、変態。それがあんたなの』


 唐突な罵倒に、股間が熱くなる。

 しかし、彼女の声は鼻声なので、よっぽど心配させてしまったのは理解できた。


「……そうだな。以後、気を付けるよ」


 変態と言う生き物は、異性に嫌悪感を抱かれる事を誉れとしているが、心配させたりするのは、恥である。

 素直に謝罪しておく。

 そんなサイハテに対して、まだ言い足り無さそうな様子の陽子は、いくつかの言葉を飲み込むと、冷静さを取り戻して業務的な内容を尋ねてきた。


『それならいいけど、あんた、今どこに居るの?』

「生駒山を越えた所だ。このまま大阪に潜入し、情報を得る腹積もりだ」

『……そっか、早く風音さんに会えるといいわね』


 陽子に心配されながらも、彼はあっさりと検問所を通過する。

 通信機で楽しくおしゃべりしながら、越えている。


「ああ、それじゃあ、また何かあったら連絡する。通信終わり」


 無線機を切って、慌ただしく移動する兵士達を眺め、どこで情報を得るべきか、サイハテは頭を悩ませるのであった。

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