四話:山岳要塞
ドローンのデータを貰い、スペックを理解した後の行動は早かった。
彼奴に積まれている各種センサーの有効範囲内に入らないよう、気を付けながら、足跡が残りにくい岩場を移動して、焦らずに急いで山頂へと向かって行く。
鬱蒼と茂った背の低い広葉樹林帯は歩きにくいが、それだけ敵の動きも鈍くなると言う事だ。
「……なんだ、あれは」
しばらく登っていると、突如として森が開け、そこには目を見張るものが存在した。
遠くを見る為に作られた監視所、対空レーダーなんかはまだいい方で、ずらりと並べられた野戦重砲と、コンクリートに守られた機関銃トーチカ等がありとあらゆる死角を消すように配置されている。
サイハテは、思わずこの陣地の名前を口にしてしまう。
「日本軍の洞窟壕陣地か……」
既に確認出来ているだけでも、十分堅牢な要塞陣地を認められるが、隠された防御設備はまだまだ多いはずで、目を凝らすとちらほらと、ただの丘陵にしか見えないトーチカが存在していた。
仕方ないので、地面のくぼみに身を隠して黄昏時になるまで待つことにする。
東から西を向いている関係上、双眼鏡を使う事は出来ない。反射光で敵にばれてしまうかも知れないからだ。
故に、こっそりと顔を出して、草の隙間からサバトの要塞陣地を観察する事にした。
腕についている多目的端末から地図を呼び起こして、発見できた防御陣地や偽装トーチカの場所を記載していく。
鍛え上げられた臆病者なら、なんとなく怖い部分を探せば、容易く見つかってしまうものである。
探すのは、そこまで困難なことではなかった。
地図に記載された防御陣地を軽く見てみると、驚くべき事がわかり、彼は思わず小声を出してしまう。
「……ははっ、迂回してぇ」
どこを走ってもハチの巣にされるとの結論を得たサイハテの、心から出た言葉だった。
潜入任務中の殺人は、多量の証拠を残してしまう為、基本的にはご法度なのではあるが、世の中にはケースバイケースと言う素晴らしい言葉がある。
塹壕内を巡回している警備兵を始末して向かえば、なんとかこの場だけは切り抜けられそうではあった。
「……ん?」
まだ、完全な黄昏になるまで時間があったので、しばし要塞陣地を観察していたら、顔を赤く染めた女性士官が出て来ていた。
二十代後半の女盛りだ。
彼女は周囲を見渡した後、意を決したように頷くと、自らスカートの中に手を突っ込み、ショーツを脱ぐ。
そしてそれを、ぽいっと捨てた。
その瞬間、森林地帯から一つの影が飛び出して、宙を舞うショーツを見事にキャッチしてみせたのだ。
「……」
「……」
サイハテだった。
口にパンツを咥えた彼は、キョトンとした表情の女性士官と見つめ合い、徐々に顔色を悪くしていく。
「て、敵襲ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!? 本当に居たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
金切声が響き渡り、防御陣地が一気に慌ただしくなった。
重砲の砲口がパンツを咥えたままの変態へと一斉に向き、設置された機関銃には銃手と装填手が配置されて、同じように彼に狙いをつける。
「しまった! 罠か!!」
あまりにもこうかつなわな。
に、引っかかってしまったサイハテは、思わず叫んでしまう。
既に、あちらこちらから発砲炎が瞬いており、のんびりしている時間はないと判断したサイハテは、強行突破する為に、敵中真っ只中へと駆け出した。
「くっそぉ……なんて効果的な罠なんだ!」
機関銃から発射された銃弾や、阻止砲撃が飛び交う火線の中、彼は理解する。
恐らく、サイハテが潜んでいるであろう場所では、同じことが行われていたはずであった。西条疾風と言う変態を理解していなければ、行われないであろう罠だ。
塹壕に飛び込むと、配置の為に走っている歩兵小隊が居たので、腰だめ撃ちで薙ぎ払って先に進む。
「塹壕内だ! 塹壕内に逃げこみやがった!」
それを見ていたサバト兵士が叫び、誰かが返事をした。
「火力を集中させろ! 重砲で塹壕ごとひっくり返してやれ!!」
会話内容が耳に入ってしまった彼は、更に表情を青くして、塹壕内を駆け抜けていく。
塹壕内から敵兵が撤退していたので、本気でやるつもりなのだろうと急ぐが、大量に配置された重砲の密集火力からは、逃げられる気がしない。
敵も完全に撤退した訳ではないので、すぐさま砲撃が行われる事はないはずと、思い込んでいたら塹壕のすぐ傍で、榴弾が炸裂し、大量の土砂が降って来た。
「味方ごと殺る気か!?」
反射的に頭を庇って伏せていた彼は、そう叫ぶが、降り注ぐ砲弾に声は掻き消されていた。
僅かな時間に、千発程も砲撃されては、塹壕陣地とて簡単に崩れ去ってしまう。
砲撃が止んだ後には、耕された地面だけが残っており、とてもではないが、人が生きているようには思えなかった。
「……おい、確認に行くぞ」
サバト兵の誰かが、侵入者が死んだ事を確認する為に、そう言って、いくつかの分隊を率いて元塹壕へと進んでいく。
酷い有様だった。
地面と一緒に耕された味方の破片が混じっていて、撒き散らされた肉片と臓物の臭いが蔓延している。
彼らはしばらくサイハテの事を捜索したが、どこにもいなかったので死んだと思い込んでいた。
そう、判断したのが、誤りだった。




