終話:アルファ・クラン
バイオニックソルジャーの採用を、館山要塞のボス、南雲陽子は渋った。
理由は単純で、休息に軍事力を上げたら、自由経済圏と敵対する羽目になってしまうのではないかと言う、至極当然な指摘だ。
彼女からの指摘を受けたが、諦めきれないサイハテは、三日程全裸で踊りながら付きまとい、陽子をノイローゼにして、許可を貰った。
「任せておけ、自由経済圏とは争えない理由を作る」
と言う約束をして、目の下に隈を浮かべた少女を安心させる。
「……本当に大丈夫なんでしょうね」
変態に付きまとわれて、心身ともに消耗した陽子の声に、いつもの覇気はない。
疲れ切ったかすれ声で、最後の確認を口にして、サイハテは大きく頷いて返事をした。
「大丈夫だ。経済面で、お互いズブズブになれば、戦争をしたくても絶対にできない」
彼の腹案は、単純な上に効果の高いものだ。
館山要塞からは粗鋼や食料を大量に輸出し、広大な領土を持つ自由経済圏からは、その材料である炭素や屑鉄を、これまた大量に輸入する。
そんな単純な計画だった。
他にも、経済圏には少量だが良質な武器弾薬を輸出し、館山要塞はその原料の一つである火薬を輸入している。この関係が長く続けば続くほど、自由経済圏と館山要塞は戦争がし辛くなる。
向こうがこちらに戦争を仕掛けるのなら、バイオニックソルジャーが揃っていない今しかないのだが、そのような気配は感じられなかった。
「あんたの言う事なら信じるわよ。それで、今日は何の用なの?」
そして、サイハテが今日、統括部の執務室を訪ねたのには、別の理由がある。
疲れ切っているからか、早く休みたそうな陽子には申し訳ないが、自由経済圏と通商を行うに当たって、至急決めなくてはならない用件が出来たからだ。
「ああ、うむ。現在、便宜上、ここの名前は館山要塞としているだろう?」
「ええ、そうね。場所の名前も、軍閥の名前もそうなっているわね」
頬杖を着きながら、少女は変態の前置きに頷いた。
「それで、ここの名前がどうかしたの?」
彼女は、この名前を好ましいとは思っていなかったが、逆に問題になるとも、考えていない。
「ああ、最近よく聞かれるんだ。おたくの組織はなんて名前ですか。ってな」
「館山要塞じゃいけないの?」
普通ならば問題はない。
首を傾げている陽子が言っている通り、政府の下に軍隊が付くのだから、館山要塞防衛隊でも問題はないはずなのだが、この世界はちょっと事情が違った。
「地名だと思われているらしい。この世界ではよくある事だが、町の名前と、そこを守る軍事組織の名前は違う事が多いとの事だ」
「……えーっと、どう言う事?」
要領を得なかったのか、彼女は再び聞き返してくる。
サイハテとしても、説明し辛い事であり、理解するのに時間がかかった事柄でもあった。
「要するにだ。街を管理する政府と、街を守る軍隊は別組織らしい。実際、放浪者の街に駐屯している兵士達も、街から予算は貰っていない。年間契約と言う形で、契約している傭兵団扱いだそうだ」
彼の報告を聞いて、陽子はひっくり返りそうになった。傭兵が国防の要にならない理由は至極単純、そこに暮らしている訳ではないので、命を賭けてまで守る可能性がないからだ。
そんな物を頼りに、街を感染変異体や野盗から守らなくてはならない、自由経済圏の苦労が偲ばれる話だろう。
「……わかったわ。一応、館山要塞の下部組織って形で、別に独立させるわよ。それで、名前だっけ。どんな名前がいいの?」
「俺達はどんな名前でも構わない。君に仕えているんだ、君が好きに名付けたらいい」
これである。
サイハテが首魁の組織になるのだから、彼が名前を付ければいいものを、まるで興味が無さそうな反応をするものだから、始末に負えない。
陽子は渋い表情を作ると、じゃあと組織の名前を口にした。
「今日からあんた達はアルファ・クランよ。あんた達、アルファナンバーズの軍閥、だからアルファ・クラン」
「うむ、しかりと拝命した」
年端も行かない少女に命名されても、嫌な顔一つせずに頷くサイハテを見て、陽子は困ったように頭を掻く。これから名乗る名前なのだから、もう少し、感慨とかないのだろうか。
そんな問いをしても、彼を困らせるだけなので、口にする訳にはいかないが、思う事は自由だろう。
「……ま、いいわ。私も聞きたい事があるの」
眠そうに目をはためかせながら、少女は問う。
「あんた、いつ出発するの?」
「ん、ああ。再来週の頭には行こうと思う」
彼女の問いに、サイハテはさらりと返事をした。
「そう、随分急ね」
できるだけ、悲壮感とかを表情に出さないように努める陽子。
「これでも遅い位だ。随分と待たせてしまった」
その気持ちに気づいているのか、いないのか。
彼はいつも通りの口調、表情なので、少女にはその思惑は見破れない。
「……ここは、あんたの帰る場所なんだから、ちゃんと帰って来なさいよ」
そう口には出来たけど、恥ずかしかったのか、陽子はサイハテから目を反らした。
「解っている。必ず、あの子を連れて戻ってくるから、戻ってきたら仲良くしてやってくれ」
まるで、幼児を持つ親のような口調だが、年頃の娘に二十代の男が出来る事なんてない。
これでも、上出来な方だろう。
「ん、わかった。それじゃあ、気合入れて、準備しましょうか」
やっと終わった!
だけど、まだエピローグがあるんじゃよ。
短いけど、お付き合いください。