四十話:新たなる戦力
水曜日更新(日曜日に更新しないとは言ってない)
研究室のど真ん中に設置された、巨大なガラス瓶の中で、半透明の青い液体が揺蕩っている。
高濃度酸素でも入れているのか、時に気泡が出来ては鈍い音を立てているのと、ラジエータが動くかのような、低い機械音を立てながら、その機械は動いていた。
中には、レアそっくりな少女が浮いており、何かしらの怪しい実験を行っていた事位は、鈍いサイハテにも理解する事ができたのだ。
「……で、俺へのプレゼントってなんだ。ビーカーの中に居る女の子か?」
彼の質問を聞いて、小さな少女は得意満面になると、首を左右に振った。
「ほしーならあげるけど、あれ、うごかないよ?」
あれ、と呼ばれたビーカーの中に居る少女は、なんら反応を示す事なく、ただ、浮いている。
「さいじょーには、もっといいものあげる」
もっといいもの、そう言われても、入室した先でこんなものを見せられては期待なんか膨らまない。
サイハテは相変わらず、眉間に皺を寄せたまま、への字に結んだ唇をゆっくり開いて、レアに言った。
「人道に反する物はいらないぞ。いくら俺でも、一般人に毒ガス撒いたりとか、人口密集地で核兵器を使ったりなんかは、必要がない限りはしない」
必要に駆られればするのか。
思わずそう尋ねたくなった少女だったが、返ってくる答えが恐ろしくなって聞く事はなかった。
再び大きく首を左右に振って、彼へのプレゼントの内容を口にする。
「そーじゃない。ぼくがあげるのは、せんたくしのひとちゅ」
噛んだ。
が、そこに嚙みついたりしたら、また話が長くなってしまうので、サイハテはその選択肢の内容を聞く事にした。
「選択肢、とはなんだ」
レアの話しは少々回りくどい。
出来るだけ、技術的な格差のある変態にもわかりやすいように話そうとする試みが、どうしても話を遠回りさせてしまうのだろう。
「あのね、あのね。ぼくのせかいではいっぱんてき、だったんだけど、しょーしょーじんどーにはんするかもしれない、ないよーが、ふくまれています」
一般的だが、人道に反する内容。そう言われて、サイハテはとある可能性を思い付く。
「……つまりはあれか。俺の時代だと人道に反する内容の可能性があって、君の時代だと、人道には反しないなんて結論が出たのか」
「そーゆーこと」
「だったら構わん。俺達アルファは民主主義の守護者でもある、大多数が善しと言うのならば、俺達もそれに従おう」
人はよく人道がどうとか、そんな事を宣うが、所詮そんな理論武装は流体に過ぎないため、時代によって大多数の正義は変わってしまう。
昔は間違いでも、今は正しい。昔は正しくても、今は間違いなんて、よくある事なのだ。
「あのね、さいじょーは、ばいおうぇあってしってる?」
「バイオウェア。俺の知っているバイオウェアだったら、人工義眼とか、培養義肢とかだな」
彼が生きていた時代では、アルファナンバーズを培養した技術を民間に転用し、四肢や臓器を失った人間を治療する為の技術、バイオウェア技術が産まれていた。
全てを培養細胞で補う事は不可能だったので、少々の電子機械を内包していたが、元々四肢のない人間でもリハビリを行えば、健常者と変わらぬ動きどころか、オリンピックにだって出れただろう。
「うんそれ。ぼくのじだいだと、じんこーさいぼーによるばいおうぇあ、とゆーものがある」
「ハルカ型に使われている筋繊維とか、あの金属骨格の事か。彼女が増えるのか?」
「はるかたいぷのりょーさんはむり。こすとが、かかりすぎる。ねだんは、めだまがとびでるほど、たかい」
「……参考に聞きたいが、いくらだ?」
「さいじょーのじだいでゆーなら、ひとりごじゅーおく」
10式戦車五台分の値段だった。
彼女一体に、現代型主力戦車五台分のコストに見合う性能があるかどうかは、議論の余地があるだろう。
「俺だったら普通に戦車を五台買うな……」
「そろそろ、はなしもどしていー?」
「ああ、すまない。続けてくれ」
予算不足の防衛軍、自衛隊を知っているサイハテの身からすれば、とんでもない兵器だったハルカだが、技術屋のレアからすれば、それはどうでもいい事だった。
彼女に話を続けるよう促しておく。
「それでね、もっと、もーっとやすいへーしを、そろえられないかって、しゅーまつまえでも、けいかくがあったの」
「ふむ、確かに歩兵の値段は頭の痛い問題だな。君の時代ならもっと金がかかっただろうに」
どこの時代でも、歩兵の値段と言う物は、各国を悩ませる物だったらしい。
彼も中華の少数民族を兵士にするときに、その値段に頭を悩ませた記憶があった。
「それで、ぼくらけんきゅーぶが、がんばってみました」
そう言うなり、レアが手を鳴らす。
二度の拍手に反応して、研究室の奥にある倉庫の扉が開き、そこからデジタル迷彩を施された全身を覆う装甲服を纏った集団が、一糸乱れぬ動きで現れた。
手に持っているのは、館山要塞で開発された自動小銃で、名を一式自動小銃と言う。
サイハテが呆気に取られていると、少女は膨らみ始めた胸を張って、宣言する。
「ばいおにっくそるじゃーず! びーえぬえす! しんじだいの、あたらしいほへー!」
えっへんと胸を張っているレアの横で、三列横隊になって敬礼するバイオニックソルジャーズ。彼等を呆気に取られたまま見守っていた彼は、酷い頭痛を感じたのか、俯くと目頭を押さえた。
「……とりあえず、説明してくれ。どっからこんなに人を集めたんだ」
「ひとじゃないよ?」
「どっからどう見ても人だろうが! 大体バイオニックってなんだ!?」
「えっとねぇ」
混乱しているのか、ヒステリックになったサイハテに、少女は諭すような声で説明を続ける。
「もっとやすいばいおうぇあを、くみあわせて、じんこーちのーでうごかす。せーたいろぼっと」
「……生体ロボット?」
「うん、きかいをいっさいつかわず、つくりあげるろぼっとのこと」
彼女からの説明を受けて、ようやく顔を上げたサイハテは微動だにしないBNSを見て、顎を掻いた。
「そもそもバイオウェア、彼らの体はどうやって作っているんだ?」
「えっと、ぶひんごとにばいよーして、あとでぬいあわす。なのましんをちゅーにゅーして、ゆごーさせる」
「まさかの手縫いなのか!?」
縫い合わせると聞いて、ついつい口に出てしまったが、レアの反応を見る限り間違いではないらしい。
「きょかがでれば、きかいか、らいんかできるよ」
「……訓練はどうする。AIだから、最初から知っていると言う訳でもあるまいし、一々呼び戻してアップデートする訳にはいかんだろう」
「そのあたりは、ぶいあーるくんれんで、まにあわす」
「……成程な」
武器弾薬食料なんかは、要塞の傍にある館山の町で生産できる。要塞内では、その原料である鉄鋼や火薬等を生産してはいるが、まだリソースには余裕があった。
これで、元円が出回る事だってあるだろう。
ここに足りないのは、防衛力だけなのだから。
「わかった。一個連隊分の兵員、三千人程揃えてくれ、訓練内容は歩兵でいい。砲兵戦車兵なんかはおいおい揃えればいい、とりあえず、感染変異体と野盗を防げる程度の練度が欲しい」
そうと決まれば、サイハテの判断は早い。
とにかく、塹壕を掘れて、射撃を当てられる程度の練度さえあれば、防衛陣地で敵を跳ね返す事だって出来るだろう。
それさえ任せられる兵士が居るのならば、娘を迎えに行く事だって出来る。
「にしゅーかん、ほしー」
レアの要求する期間は、僅か二週間。
その程度で兵士を訓練出来るとは思えないが、何かしら考えがあるのだろう。彼は、彼女に全てを任せる事にした。
「わかった。俺は陽子にその話を通してくる、許可を貰ってくるから、兵士のラインを整える準備をしておいてくれ」
今すぐにでもロボットによる兵士縫製工場を建てたい気持ちなのだが、流石に無許可でやると他のナンバーズが黙ってはいない。
いつジーク筆頭に天下取ろうぜと言われるか、気が気じゃないのだ。
レアの返事も聞かず、サイハテは足早に研究室を後にする。向かう先は、陽子が居るはずの執務室で、今日の彼は妙に焦っているように見えた。