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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
五章:アルファ・クラン
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三十八話:軍事組織への道

 AR訓練室から、バイザーを持ったサイハテが出てくる。

 新たに作られたスニーキングスーツと、新装備の習熟訓練を行っていたのだろう。普段は汗一つかかないと言うのに、今日に限っては額に玉のような汗を浮かべていた。


「お疲れ様、新装備の調子はどうかしら?」


 出てきた彼を迎えるのは、先程までAR管制を行っていた奈央で、彼女の手にはスポーツドリンクの入ったボトルが握られている。


「概ね良好だ。スニーキングスーツ、高周波ブレードはもちろんの事、この抑音単分子処理弾よくおんたんぶんししょりだんと言うのも悪くない。亜音速の弾頭でもボディアーマーを貫けるなら、戦略が広がる」


 女医の問いに、サイハテはドリンクを受け取りつつ答えた。

 一口だけ、それを含んだ後、彼は言葉を続ける。


「だが、スニーキングスーツのパワードスーツ機能は少し怖いな。力加減を間違えると、自分を壊しかねない程強力な機能だ。強化骨格を加えるか、それともリミッターを付けた方がいいだろうな」


 概ねと、注釈をつけた意味がここで出てきた。

 彼が習熟訓練内で得た実感を、兵器改良のデータにする必要もあったのだ。

 コンピュータである程度の設計は出来るが、人間はミスをするものであり、使用データの収集は優秀な兵士の義務でもあった。


「ええ、貴重なデータだわ。今すぐは無理だけど、その内改良型を支給できると思うわよ」


 その内と、彼女は言うがそんなにポンポン新型が支給されるわけがないと、サイハテは信じ切っている。

 館山要塞にある炭素合成機、通称プラントは一基で、現代型主力戦車(MBT)を日産で三百台程吐き出す能力がある。しかし、その生産ラインを消去するのには生産ラインを持つ工場と比べて、膨大な時間がかかることもわかっていた。


「急がなくていい。あるものだけでも、上手くやれるさ」


 故に、彼の返事は冷たい物になってしまう。

 元来、装備に期待できない場所で単独潜入なんてやらかしていた男である。

 装備の能力に頼り切った潜入など、やった事が無いのだ。彼が信じられたのは己の実力と経験、それと信頼できる仲間のバックアップのみであった。


「……それで、プラントで生産する物資は決まったのか?」


 しばらくは、肩を竦める奈央の前でスポーツドリンクを飲む作業を続けていたサイハテだが、半分程飲み干した所で、唐突に口を開き、そんな事を質問する。


「ええ、とりあえず館山要塞に必要な物から生産する事になったわ」

「食料品か?」


 この時代の経済において、食料と言うのは根幹を成しているから、大量に生産できると言うのならばそれに貴重なプラントを使うのも吝かではなかった。

 しかし、女医の返答は違う。


「いいえ。そちらの方は新しい作物の種で賄えると思う」

「新しい、種?」


 なんと、館山要塞開発部は農作物の品種改良にまで手を伸ばしていたらしい。

 素直に感嘆していると、奈央は機嫌良さそうに説明を続けてくれた。


「ええ、なんと、ひと月で収穫が出来る米の種よ。従来の物と比べて、収穫量も三倍。今耕している田圃でも五十トンの収穫を見込んでいるわぁ。なんと、肥料もいらないの。全部自前で用意できるから」

「……おい、それ、食っても大丈夫なのか? こう、有害な物質とか含まれていないよな?」


 不安になるのはその辺りの事だ。

 流石に、自分達ですら食う物の安全品質を無視するほど、狂った科学者マッドサイエンティスト達ではないとは思っているが、不安が残る生育スピードだった。

 本来ならば、世界の食糧難を救えるだろう素晴らしい発明なのだろうが、やはり、不安が残ってしまう。


「大丈夫よ。これが出来て困るのは農家だけかしら」

「……それならいいんだが、それなら何を生産するんだ?」


 結局、サイハテには何を生産するのか見当が付かなかった。

 現地に潜入して、兵士を育て上げる程度の事なら出来るのだが、産業振興なんてやった事もないし、教えて貰った事もない。

 そして、学ぶ機会も無かったので、これを機に勉強ができれば、なんて考えている。


「鋼を生産する事に決定したの」

「鋼……そうか、粗鋼か! 何トン生産できるんだ?」


 粗鋼。

 彼が生きていた日本でも、年間で四千二百万トンの輸出を行っている上に、粗鋼生産量は工業国家の指標を計る上で、重要な位置を占めていた。


「年産で三千万トンは保証するわ」

「あれ一基で、三千万トンか……成程、共産主義を謳う奴等が増えるのも、納得の量だな」


 合成プラントは莫大な電力を使用するものの、稼働さえすれば莫大な富を齎す道具だ。

 ただし、要求する電力が常識知らずなので、大量に設置するのはレアの時代でも不可能だったと言える。何せ、一日に一億キロワットの電力を要求するからである。


「となると。領土内に工場を建てるつもりなのか?」

「ええ、ここだけで経済を回しても、凄く小さなものになってしまうから、最初は補助金を出しての工場誘致になると思うわ」

「仕事があるなら、人は集まる。悪くない手だ」


 悪くない手、そう評したサイハテの表情は暗い。

 それに気が付いた奈央は、首を傾げると、彼に尋ねてみた。


「どうしたの。そんなに不安そうな表情で」


 不安と言うより確信だろうか、彼はそんな思いを込めた口調で、彼女に応える。


「早急に軍事力を強化せねば、と思っただけだ」


 難しい表情をしているサイハテを見て、女医は苦笑いをして見せると、ひらひらと手を振りながら訓練室から出ていってしまう。

 扉の前で、信頼から出た言葉なのか、それともどうでもいいのか、どちらとも受け取れる言葉を残して、彼女は去った。


「私はそっち方面はさっぱりわからないから、貴方に任せるわ」


 門外漢ならば、とっとと身を引く。

 賢い生き方と言えるだろうが、損をする性格でもある。


「善処するが、あまり期待してくれるなよ。未だ街には人が少ない……もう居ないか」


 任せると言われても、今打てる手立ては少ない。

 軍隊の基礎を成すのは人間である。歩兵しかり、兵器を動かす人間しかり、一から十まで人間が関わらなくては成り立たない組織が軍隊だ。

 人がいない現状、さしものサイハテと言えど、どうしようもなかった。


「……………………本当に、どうしようか」


 せめて、歩兵さえいれば塹壕やトーチカなどで、コストの割には効果の高い防衛線を築く事が出来るが、現状戦力として換算できるのは、サイハテを含んだ六名程だ。

 放浪者の街で、声をかけていたスカベンジャーチームを主戦力として組み込むのは、危険過ぎる。

 彼の悩みに答えが出る事はなく、この悩みが解決しない限り、娘を迎えに行けそうにもない。本当に頭の痛い問題だった。

変態ガジェット:抑音単分子処理弾


亜音速弾に単分子処理弾を施した物。

一見、鉛の弾芯を銅の被膜で覆ったフルメタルジャケットの亜音速弾。

しかし弾頭の先端から半ばまで、極小の単分子処理が施されており、どんな物質でも一センチまでも厚さならば貫通可能と言う恐るべき性能を持っている。

非常に繊細な弾丸の為、取り扱いには専門知識が必要で、保存するにせよ運搬するにせよ、専門の道具が必要。


変態ガジェット:単分子処理

一つの分子を鎖のようにつないで刃を作り、それを編みこまず、弾頭などに布のように被せる処理。

分子同士の結合を引きはがす力があるが、結局分子で構成されているので、非常にデリケートな物になる。

保管方法を間違えただけで、効果が無くなる位には繊細な物。

高い工作制度を要求されるため、作れる国家は限られていた。

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