ブックマーク900件突破サイドストーリーズ:彼が生きていた平成日本
「俺達の事を知りたい? 別に構わんが、何故、君がそんな事を聞いてくる」
娯楽室の片隅にあるバーカウンターで、陽子はサイハテにそんな事を尋ねていた。
アルコールを傾ける彼は、怪訝な表情を隠そうともせずに聞き返してくるが、彼女としてもそれを知っておかねばならなかったのだ。
「たった二十人で、中国を倒すってどう考えてもおかしいんだもの。知りたくもなるわよ」
「そんな理由か……わかった。いいだろう、少しばかり語ろうか」
薩摩切子のウイスキーグラスを傾けながらも、サイハテは少女の疑問に返答する。
「まず、勘違いしないで欲しい事だが、俺達、まぁアルファナンバーズは敵と戦う為の部隊ではない。と言う事を理解してほしい」
彼が口にした切り口は、陽子のイメージをばっさりと切り捨てる一言だった。彼女は小説の中や、今までの活躍を見て、素早く動いて奇襲をするのが彼らの戦い方だとばかり思っていた。
「そうなの?」
思わず口から出た純粋な問いに、男は軽く頷いてから返事をする。
「ああ、勘違いをするだろうが、敵と戦う能力と言うのは、あくまでもおまけなんだ。あるに越した事はないが、無くなって構わない能力だ」
「……へぇー、それじゃあ、どうやって共産党と戦っていたのよ」
再びグラスを傾けたサイハテは、少し難しい表情を形作ると、言いにくそうに口を開く。
「そもそも、そこが本でも勘違いされている部分なんだ。俺達は別に中国を倒す為に送り込まれた訳じゃない」
空になった酒杯をカウンターに置いた彼は、陽子へと向き直る。
「西暦2005年から西暦2014年まで、かの悪名高い民主党が政権を取得した。年に50兆円も借金を増やす、最悪の政党だった。彼らが政権を取ってから、日本がどうなったか、君もわかっているだろう?」
二千五年から、二千十四年。
その九年間は暗黒の時代として教科書にも載っている程、酷い時代だったと少女は学んでいた。失業率が四十パーセントを越え、与えられた外国人参政権により、韓国中国から大量の人間が移動してきた時代だ。
「酷い時代だったと聞いたわ。沢山、無辜の人々が死んだって」
「まだマイルドだ。入り込んできた韓国人、中国人は一切労働を行わなかった。そして、民主党政権は赤字国債を50兆円も発行して彼らを養った。だが、入り込んできた両国人は5000万人を超える。赤字国債だけでは足りなかったんだ。何せ、一人に月40万円も支給していたんだからな。その財源はどこから来たと思う?」
サイハテに尋ねられても、陽子は堪える事が出来なかった。
何しろ、歴史の教科書はそこまで教えてくれないからだ。
「わからないか。財源は医療費に年金等の社会保障費、自衛隊に振り分けられるはずの防衛費。警察に使われるはずの予算だった」
「……ちょっと、それじゃ誰が治安を守って、どうやって病院に行くのよ」
「金がないから病院に行けないんだ。その辺りは中国人、韓国人も一緒だった。警察は消滅して、国内の治安は最悪になったと言っても過言じゃない。地方自治体の若者が、自警団を組織して武装する位にはな」
ある意味、日本人も中国人も韓国人も被害者と言っていい。後者二人種には一切同情できないが、一応被害者と言ってもいいだろう。
それを聞いた少女は、唖然が似合い過ぎる表情をしていた。
「沢山人死んだ。二千万人は飢えで、生まれてきた新生児の半分は、病院に通えずに死んでしまった。何がムカつくってな、意味もなくそれだけ人が死んだことだよ。独裁者が行った虐殺には、まだ、それなりに意味があった。だが、日本で行われた緩やかな虐殺では、意味も無く死んだ。本当に意味も目的もなく、な」
昔の事を話しているだけのはずだった彼は、本当にイラついているのか、眉間に深い皺を寄せている。
「更にムカつくのはな、国連だ。外交官が独断で日本の窮地を訴えた時、奴らはなんて言ったと思う?」
「……なんて言ったの?」
「『そんな事はどうでもいい。今年の国連分担金が払われていない』だ。手を差し伸べてくれたのは、同盟を破棄されたはずのアメリカと、仲が悪いはずのロシアだけだった。『困ったときはお互い様だ』と言ってな。まぁ、EUも支援を出そうとしたが、それどころではなかったらしい。ギリシャのせいで」
その食料支援、医療支援等の人道支援も民主党が体面の為に追い返してしまったので、全ては無駄に終わった。
ロシアとアメリカの援助も、下心がないと言えば嘘になるだろうが、それでも半分くらいは善意だ。
「政府がそんなんだったから、とうとう国民がキレた。全国で一斉に武装蜂起が起こって、政府に外国人参政権の撤廃と、再選挙を求めた」
「……よくもまぁ、九年も我慢したわね。日本人だからかしら」
「そうだな。日本人だからだな」
誰かがやってくれると言う黄金の意思は、いつになっても受け継がれていたらしい。
「で、武装蜂起がおこって、民主党はどうしたの?」
「自衛隊も警察もなかったから、他国に鎮圧を要請した」
「それってまさか……」
「そうだ、中国だ」
南下してきた人民解放軍は要請された通りに、蜂起した市民を弾圧した。この辺りは中国でのノウハウが生かされていると思う。
「一週間で数百万人が殺された。奴らは沖縄と九州を乗っ取り、アメリカのシーレーンを脅かしたんだ。九州を不沈空母として、グアムのアメリカ軍と睨み合う構図が出来たおかげで、日本はようやく民主党の支配から逃れるチャンスが巡ってきた」
「ああ、やっと!」
「民主党議員が、国外に脱出をしたんだ。流石にアメリカ軍と国民に命を狙われていては、生き残る術がないってな」
それからの事は、陽子もよく知っている。
素早く外国人参政権の撤廃と、再選挙を行った自民党が大勝し、自衛隊の再武装が行われ、野に散っていた警官は呼び戻されて国内の治安維持に当たった。
混迷を極めた平成の日本は、この時ようやく国家としての歩みを再開したのだ。
「それでも、中国は撤兵しなかった。『九州と沖縄は中国の正当な領土である』と言ってな。国連もそれを承認したが、アメリカと日本は黙っていられなかったんだ」
「それでも、日本が反撃の準備を整えるのには時間がかかったのよね。まず、九州から中国軍を追い出さないといけないから」
「そうだ。だから、俺達が中華へと送られた。九州から中国を追い出す時間稼ぎの為に、向こうで混乱を引き起こす為に」
それからの事は、サイハテもよくわかっていないだろう。
「……つまり、あんた達って」
「ああ、日本が欲する時間を稼ぐ為の、捨て石だった」
どうでも良さそうに言い放った彼は、残ったつまみであるナッツを齧っている。
「うん、そこまではわかったわ。けど……」
「けど、なんだ?」
「何をどうやって間違ったら、あんな巨大な政府を倒せるの?」
陽子の至極尤もな質問を受け、サイハテは顎を掻く。
「俺にもわからん。頑張ったら、倒せてしまったんだ」
少数民族の悲哀とか、グアム九州間の睨み合いで中国が疲弊したとか、様々な要因が重なった結果倒せただけであり、狙って倒した訳ではないと、言いたいのだろう。
結局、詳しく聞いても答えは帰って来なさそうなので、少女は彼の食べているナッツ類を横取りする。
「そこが一番知りたいのに……」
歯ごたえのいいクルミを齧りながら、漏らされた言葉に、サイハテは返事をした。
「妻が生きていたら、それもわかっただろうな。すまないが、俺ではわからん。情報の統合役じゃないからな、全てを知っている訳じゃない」
なんとも情けない返事に、陽子は深々とため息を吐くのだった。
こんな経緯があって、日本と中国が戦争になったと言う外連味です。
民主党は扱いやすいですね、どんなとんでもない事態になろうとも、民主党ならやりかねない、むしろやる、と無駄にリアリティが溢れますから都合がいい。
リアルはどうだかわかりませんが、外国人参政権も地方参政権ではなかったら、こうなっていたかも知れませんね。
現代の悪そのもの、民主党、創作にこれほど便利な存在はいません。