PV60万越えサイドストーリーズ:暑い日の仕事
山無し、落ち無し、ただの日常回です。
今日は運の悪い事に、十月も半ばだと言うのに、気温三十五度を超える真夏日だった。
それだけなら異常気象と、一言で片づけられるのだが、今日は館山要塞の上にある街……アルファナンバーズが集めて来た移民者達が作り上げた街の視察をしなくてはならなかったのだ。
さんさんと照り付ける太陽の下、南雲陽子はノースリーブシャツにミニスカートと言う涼し気な恰好をしているにも関わらず、大粒の汗を流しながら歩いている。
「あっづ~~~~い……」
うだるような暑さに、思わず鉄心の少女も愚痴を溢す。
彼女が暑い暑いと、呻いているのには訳がある。
陽子の隣を歩いている変態は、いつも通りにかっちりと服装を着込んでいるのだ。それを見てしまったら、もう暑くてたまらなくなってしまった。
「大丈夫……では無さそうだな」
暑さに負けて、猫背になってしまった少女の頭に、サイハテはどこからか取り出した麦わら帽子を被せてやった。見た目だけなら、夏に遊んでいる女子中学生そのものである。
「なんであんたは平気なのよぅ……」
陽子の恨みがましい目を受けて、男は困ったかのように頬を掻くと近くにある木製の家を指差し、ある提案をする。
「平気な訳ではないが……そうだな、あそこで少し休ませて貰おうか」
そこは氷と書かれた暖簾が下がっている小さな茶屋で、どこかの廃墟で拾ってきたのだろう、錆びた扇風機が絶賛稼働中だった。
ともかく、日差しとコンクリートからの反射熱を防げれば、多少はマシになるとの判断だろう。
陽子は返事をする代わりに、のそのそと歩く事で返事をした。
「本当に大丈夫では無さそうだな……」
サイハテも、彼女の後を追って茶屋に入る。
コンクリートが張ってある外とは違って、土間に直接テーブルと椅子を置いている店だった。湿った土から発せられる僅かな冷気と、風が吹く度に揺れる風鈴の音が大分気温を下げてくれているような気がする。悪くはない店だと、変態は判断した。
「店主、彼女に冷たい物を」
「あいよー」
入るなりに、唐突に注文をしたが、ここを経営しているおかみは嫌な顔一つせずに、元気よく返事をする。
先にテーブルについていた……それはもうへばりつくような形で着席している陽子の元へと近寄って、テーブルに備え付けてある団扇で仰ぐ。
「あ~~~~……涼しい……」
少女らしい気取りも、何も無くなるのが日本の夏であり、もっと暑いはずのアリゾナから来たアメリカ人がぴくりとも動かなくなる猛暑だった。
汗まみれの陽子にむしゃぶりつきたい気持ちを抑えて、今日の所は看護してやる事にしたサイハテは、頬杖を着きながら、彼女を仰いでやる。
「冷たい物を注文したから、それを食べてしばし休息するといい。二百人しかいない町と言えど、それなりに広いのだからな」
「ん~、そうする~」
時間は既に正午を過ぎている、少女を仰いでいる片手間で、サイハテは午前に回った所の報告書を確認していた。
「………………」
「あ~~~~……」
クリップボードに収められた安物の紙には、回った施設の品揃えや客の入りを記録している。
不要かと思われるが、館山要塞市街には、自由主義陣営の商船等が立ち寄って物資や燃料、武器弾薬の補充をしたり保養地にしたりと需要はあるのだ。
問題は需要に対して供給が追い付いていない事で、大型船舶が立ち寄ると、乗組員の半数程で街の店は一杯になってしまう。
「……炭素合成機があるから、有機物の物資は多いんだがな」
これはサイハテにとっても、頭の痛い問題だ。
目の前にぶら下がっている利益を、みすみす逃している事になるし、そうなると館山要塞が発行している円の流通が遅れてしまう。
流通の遅れは、居住者募集に影響し、最近の居住者は減る一方だった。
「あ~~~~~~……」
陽子を団扇で扇ぎながら対策を考えるものの、経済系は彼の専門ではないので、即効性のある手立てが浮かぶことはない。
結論としては、ネイトに任せる他なかった。
「壊したり、盗んだりは得意なんだがなぁ」
「あ~~~……今なんか言った?」
「独り言だ」
独り言にも律儀に返事をする少女を見て、サイハテは思わず苦笑してしまう。
律儀とでも言えばいいのだろうか。辛いのならば口を閉ざしていればいいものを、態々聞き返す位なのだから、やはり善良な女性なのだろうと、思った。
「へい、お待ち!」
そんなこんなしていると、細かく削った氷の上に餡子と白玉が乗ったかき氷二つが運ばれてくる。
「レディ、俺の分は頼んでいないんだが……」
「なーに言ってんだい。西条さんと南雲さんには世話になってるからね。これはサービスだよサービス! 遠慮なく食っておくんな!」
からからと笑うおかみを見て、サイハテは再び苦笑を漏らす。
「なら、いただきます。貴女の気遣いに感謝を」
生真面目な変態は、これまた生真面目に返事をして、茶屋の店主は照れ臭そうに頭を掻いて返事代わりにした。
「いただきま~す……」
暑さでへばっている陽子は、元気無さそうに食事の挨拶をすると、木匙で氷と餡子を掬って食べ始める。
食の進みは遅いが、それでも冷たい物を食べられる元気があるのだから、完全にグロッキーと言う訳ではないだろう。
水分補給を兼ねたレモン水も追加で頼み、サイハテも自分の分に取り掛かるのだった。