更新遅れちゃってごめんね閑話:陽子が嫉妬したようです
(遅れてしまって)すいません、なんとかしますから(土曜日に更新するので、気長に待ってください)
放浪者の街、北部。
サイハテ達が住んでいた南部から利根川を越えた向こう岸、廃材の橋を越えた先にあるのは風俗店が集められた歓楽街だった。
昼間からも客引きの女が際どい恰好をして、男の袖を引く。
化粧をした美少年が、女物の服を着て甲高い声を張り上げて、プレイ内容を語っている程、退廃的な場所だ。
中には、ウィルスに感染してしまったのか、多少の変異を起こしている女性や少年も居た。
ショーウィンドウに飾られている女達を、いかつい男が血走った目で見つめ、首輪で繋がれた少女のような少年を、ごつい女が買っている。
誰も彼もが、欲望に正直になれる街、それが放浪者の街の北部であった。
「……う~~」
そんな歓楽街に、似つかわしくない少女が居る。
並べられた店を見ては一々顔を赤く染めて、目を反らすなんて行動をひっきりなしに行っており、彼女から伸びていた右手は隣を歩く大男の左手に収まっていた。
彼女は、風俗店をやっている人間ならば、誰でも欲しがるような少女だった。磨き上げられた肌は絹の様に滑らかで、スラムにいる少女娼婦のように擦れた眼差しを向ける事はない。
もし、捕まえて仕込めれば、中央街に住む金持ちが高い金を出して買う事だろう。それはもう、一生遊んで暮らせる位の大金で売れる。と、彼女を見た経営者は誰しもがそう思った。
しかし、誰も手を出す事はない。
何しろ、彼女の手を引いて歩いている男は、死の代名詞でもあるからだ。
少女の名前も、風俗街の人間なら誰しもが知っていた。
南雲陽子、庭付き襤褸屋に住む美少女。そこにはもう一人、肌の白い美しい少女がいるのだが、庭付き襤褸屋には誰も近寄らない。
現実と幻想がわからなくなった薬物中毒者ですら、恐れる場所なのだから。
そんな恐ろしい場所に住む陽子と、その恐ろしい場所にしている男が、何を思ったか、唐突に歓楽街に出て来たので、周りは戦々恐々としている。
店の物陰から用心棒や私兵が覗き見て、恐ろしい場所にしている男を見つけると、一生懸命神に祈っている様は笑いを通り越して、憐憫を誘う。
「……家で待っていてもよかったんだぞ?」
私兵達の祈りをスルーして男、西条疾風ことサイハテは呆れたように口を開いた。
珍しい事に、彼はいつもの服装である、野戦服にボディアーマーではなく、半袖の黒いジャケットに白いTシャツを纏い、Gパンを穿いたラフな格好だ。
そんな格好をしている上に、歓楽街に出向くなんて言ってしまったので、陽子が付いて来てしまったのだろう。
「だって、サイハテがオシャレしてエッチなお店に行くって、言うんだもん……」
そう言われてしまえば、変態は変態たるが故に、後頭部を掻くしかない。
変態がオシャレして風俗店に行く、なんて言えば女を買う位しか用件がないだろう。それ以外、何をしに行くのか、想像もつかないのが変態である。
「女を買いに行く訳じゃない、と、説明しただろう?」
「……だって、買いに行く訳じゃないけど、抱きには行った。なんて言われたらやだもん」
やだもん、と唇を尖らせる彼女を見て、サイハテはいつものパターンだと直感した。
ここまで付いて来てしまったので、半分意固地になっているのだろう。一度口にしてしまったから、それを確認しないと引っ込みが付かなくなっているのである。
そんな陽子の様子を読み取った変態は、大きく溜息を吐くと、冷たいようだが、当たり前の言葉を口にした。
「あのなぁ、俺は変態だから君が疑う理由は十二分に理解できるが、女を買うなら、誰かに迷惑をかけるわけじゃない、だからそれは俺の自由だろう」
ぐうの音も出ない程の正論に、少女は目尻を下げて、明らかに落ち込んでいる。
それを見たサイハテは言い過ぎたと、素直に思った。
何しろ、彼は陽子の恋心を理解しているし、好いた男が女を買いに行く、なんて言ったら恋する少女の心中は穏やかでいられないからだ。
彼女をあまり悪所に近づけたくない、とは常日頃から思っていたが、隠し事をしてまで進める案件ではないのは確かだ。何をするか伝えて、実際に連れていけば恥ずかしがりながらも、納得してくれるだろうと考えた彼は、それを伝える為に口を開きかけた所で、少女が先に口を開いた。
「お、お金がもったいないわ!」
陽子は、我妙案を得たりと、笑っている。
これならサイハテも断らないはず、と、意外に倹約家な変態の事をよく理解している彼女は、そう発言した。
間違ってはいない所か、正しい言葉だが、その様子があまりにも微笑ましくて、サイハテはついつい余計な事を考えてしまう。
あまりにも微笑ましくて、その様子が可愛いからちょっかいをかけたくなったのだ。
「確かに、お金は勿体ないかも知れないが、性欲を滾らせて手元を狂わせる訳にはいかないな。厳しい運動で昇華出来るとは言え、命の危機がいつやってくるかわからないこの世界で、余計な体力を使っている暇はないだろう」
そもそも、性欲が滾った程度で手元が狂う兵士は、最初の番号付きになぞなっていない。
彼等の仲間になる最低ラインとしては、泥酔状態でも普段の身体能力と戦闘能力、及び習得した技能を活用できなくてはお話にならない。番号を与えられた兵士はどんな状況であっても、任務を成功させなくてはならないのだから、当然と言えば当然だ。
「うー……」
そして、再び逃げ道を塞がれた陽子は、悲しそうに唸る。
頭を抱え、なんとか彼の言い訳を崩そうと頭を捻っている姿は、非常に好ましい物だ。
大抵の女性だったのならば、呆れかえって勝手にしろと言う所だろうが、彼女は感情的に怒鳴り散らす訳でもなく、かといって意味も無く泣いたりしない上に、なんとかしようと頭を巡らせている。
その姿はサイハテにとって、非常に好ましい姿なのだ。
ありとあらゆる知識を総動員して、目の前に立ちふさがる困難を退けようとする人間こそ、生き延びさせるべき人間だと、彼は勝手に思い込んでいる。
そうでなくとも、危険な世界なのだから、知識を総動員する癖をつけさせようとする、変態の親心もあった。
まぁ、可愛い女の子を口先で翻弄するのが主目的だから、褒められたものではない。
しばし考え込んでいた陽子は、何かを思いついたのだろう。
サイハテの手を力強く握って、こう言った。
「しょうがないなぁ……来て」
言葉で解決する方法が見当たらなかったのか、彼女は行動で解決する手段を選んだ。
言葉で解決できないのならば、実力行使と言うのは、少々短絡的な気もするが、それ以上に少女が出した答えが気になっているのだろう。
変態は一度だけ頷くと、陽子にされるがまま、裏路地ある廃屋まで手を引かれていった。
「さて、君は何を思い付いたんだ?」
廃屋につくなり、周囲の安全確認をしている彼女に向かって、彼はそう尋ねる。
「すぐわかるから、待ってて」
そう言いつつ、陽子は窓やら扉やらを閉じて、周囲から中を伺えないように行動していた。いくつか塞ぎ方が甘い部分もあるが、覗こうと思わなければ覗けない位には塞がれているので、文句は言わない。
屋根に空いた穴から洩れる太陽光だけが、光源となった薄暗い室内で、陽子はサイハテの前まで来ると両膝立ちになった。
「……おい、どうし、た?」
疑問はすぐに解消する事になる。
何を思ったか、少女は変態のベルトに手をかけると、それを外してズボンを脱がそうとしていたのだ。
慌てて彼女の両手を抑えるサイハテ、少しだけ焦った様子で話しかける。
「待て待て待て! 君は何をしようとした!?」
「……何って、ズボン脱がすのよ。ほら、手をどけて」
変態の手を振り払おうとする女子中学生。
そう言えば、ただの事案ではあるが、襲われているのは女子中学生ではなく、筋骨隆々の変態の方だ。
「待て待て! 俺は子供とセックスはしない! そんな趣味はない!」
「そんなのわかっているわよ。別にあんたに抱かれようって訳じゃないの」
陽子はそう言うが、ズボンを脱がそうとしている事だけは事実である。
ヤるヤらない以前に、手をどけるわけにはいかない。
「まずは説明をしてくれ! そうじゃないと言われても、そうとしか思えない!!」
説明を求められた少女は、小さく溜息を吐くと、顔を赤く染めてこれからやる事を口にする。
「男の人って、手で擦ったり、口で舐めれば、せ、せせせせ、精子出るんでしょ?」
「……出ると言えば、出るが……おい、まさか!?」
「……そのまさかよ。自分で処理するのが嫌なんでしょ? でも、私は売春されるの、ヤだし、だから代わりに出してあげるの」
まさかのまさかであった。
陽子は、自分が情婦やピンサロ嬢の代わりに使われるより、サイハテが女を買うのが嫌なのだ。
彼女はこう考えていた。
(プライドとか、そう言うのを捨てれば疲れるだけだし、普段お世話になっている分、これ位なら、まぁ……)
妥協である。
これ以上ない位の妥協である。その思考を読み取ったサイハテの顔面が、蒼白になる位の妥協だった。
彼が金魚のように口を開けたり閉じたりしている様子を、肯定の意見と受け取った少女は、羞恥によって顔を真っ赤にしながらも、にっこりと微笑んで宣言する。
「初めてだし、よくわからないから、そんなによくないかも知れないけど、私頑張るから」
まるで、嬉しいでしょうと、言いたげな口調だった。
それからのサイハテの行動は素早かった。陽子の手を離すと、彼女の間合いから大きく離れる為にバク転し、着地すると同時に額を地面にこすりつける。
「俺が全面的に悪いので、そう言った行為は勘弁して下さい」
変態としてはあるまじき行為、女に恥をかかす行為を行ってしまった事を含んでの、土下座だった。
男、西条疾風が行った、人生で三度目の心からの謝罪に、少女はキョトンとした表情をすると、尻を落とし、正座する。
「……ねぇ、サイハテ」
「はい、なんでしょうか?」
許しが出るまで、頭は上げない。
何しろ、サイハテが全面的に悪いのだから、仕方ないのだ。
「もしかするとだけど、あんた、私の事嫌い? それか、私ってあんたが嫌がる位、魅力ないかな?」
平静を装っているが、声色は悲しみを含んでいる。
これ以上、傷つける訳にもいかず、嘘を吐く訳にもいかないので、変態は大人しく口を開く事にした。無論、土下座のままで。
「不詳の変態としましても、一人の男としましても、陽子さんは凄く魅力的だと思いますし、好みのタイプです」
魅力的で、好みのタイプ。
そう言われて内心で大歓喜している陽子だったが、なるべく平静を装っていた。
しかしである。
サイハテは、筋金入りの変態で、女性の好みと言う物はないに等しい。彼はゆりかごから老人ホームまでを射程圏内としており、老人であろうが、赤ん坊であろうが好みの範疇な上に、見てくれにこだわりはないからだ。
「ふ、ふーん。そうなんだぁ、魅力的で、好みなんだぁ。へ、へぇー」
こんな言葉の後に、小声でやったと言っているのを聞いてしまった変態だったが、もう話は拗れに拗れているので、余計な口出しをしないだけの常識はあった。
「……ねぇ、それならさ。尚更不思議なんだけど」
「はい、何がでしょうか。なんでもお聞きください」
「そのキャラウザいからやめて、後、顔上げてよ」
許しが出た事に、内心がっかりするサイハテ。
彼は変態なので、少女の初恋とプライドを汚す危険性があったこの状況でも、年下の少女に土下座して許しを乞うていると言うシチュエーションに興奮していたのだ。
本当に救いようがない変態である。
「なら、改めて……何が不思議なんだ?」
「だってさ。普通の男なら、女子中学生にそう言う事してもらうって、大喜びじゃない?」
陽子は自分の価値を理解していた。
母譲りの美しい髪と、気が強そうな顔立ちながらも、よくバランスが取れていて、子猫を連想させる美少女と言うのは、彼女が理解している自分の価値である。
何せ、入学して三ヵ月程度で、アイドルやオリンピック優勝者の知名度があれど、告白してきた男子の数が他校や上位学年含め、三桁に登ったのだから、理解しない方がおかしい。
そして、芸能界にいたので、彼女のような見目麗しい少女に、性行為をしてもらうと言うのが、現代的な価値観を持つサイハテにどんな意味があるのか、知っているのだ。
無理矢理するのではなく、自分がやりたい、と言っているのに彼が、しかも筋金入りの変態が断るのかわからなかった。
「……ああ、そう言う事か」
サイハテは、合点がいったのか、拒否した理由を話し始める。
「あー、こういった事はあまり言いたくないんだが、今回ばかりは言おう」
彼が話した内容は非常に自分勝手で、独善的なものだった。
「俺は、君を弄びたくない」
つまり、自分が嫌だから、したくないとサイハテは言ったのだ。
彼は言葉を続ける。
「妻にも君にも申し訳ないが、君が俺の子供を産むと言った時は、少しばかり嬉しかった」
兵器としてではなく、人間として見てくれたのが嬉しい。
そう言う意味なんだろうと、考えた陽子だったが、その予想は当たっている。
「いつか、その言葉に返答しようとは思っているのだが、俺は臆病者だからなのか、優柔不断なきらいがある。俺がその時にきっぱりと断っていれば、君は今みたいに迷走するなんてことはなかっただろう」
何を迷っているかは、経験の浅い少女では見抜けなかった。
しかし、断るか否かを悩んでいるのであって、受けるか否かを悩んでいる訳ではないと言うのは理解できた。今、サイハテの気持ちは陽子に向いているのではなく、未だ、妻に向いている。
かと言っても、全てが妻に向いている訳ではないようだ。
「えっと、つまりは?」
よくわからないので、聞いてみた。
「……君がどうでもいい存在なら、俺はここまで悩みはしなかったし、先程の行為も受けていただろう。抱きはしないがな、それだけは言っておく」
ぷいっと顔を背けるサイハテ。
光の加減なのか、心なしか頬が赤いような気がするのは、陽子の気のせいだろうか。
そして、変態の誰が得するのかわからないデレを見てしまった少女は、先程とは全く違う意味で顔が赤く染まる。
両手で頬を抑え、熱くなる顔を抑えようとする陽子だったが、その行為は無駄だった。
バクバクと跳ね上がる心臓を抑えようとするが、まるで部屋全体に響いていそうな位、爆音を出しているので、抑えられる訳もない。
「……それと、揶揄って悪かった。今更だが、一緒に行くか? そろそろここから旅立つからな、ケツ持ちをしている店に別れの挨拶ついでに、後任を推薦する為に行くんだ」
「うん、一緒に行く、でも待って、十分待って、お願いだから待ってぇ!」
「そんなに焦らずとも、待つ」
思ったより愛されていた事を知った少女は、今夜眠れそうになかった。
変態のヒロイン力が止まらなくなってきた。